特集/ウール総合戦略

2001年03月15日 (木曜日)

常識覆し新規需要獲得

*日本生産の存在理由みえた

 毛紡績業界の厳しさが他繊維業界にも増して際立ってきている。消費低迷、製品輸入増大と、それに対応できない業界の構造問題があり、事業規模縮小が続いている。各社は事業部制導入や工場統廃合、人員整理などの対策を打っているが、それ以上の速さで海外製品の存在感が高まっているため対策は目に見える形では成果を上げていない。

 トーア紡は楠工場をトーアテック株式会社として分社化しコストダウンを強化、大垣工場は今月閉鎖する。宮崎トーアの毛糸生産は年八百トンに削減した。日本毛織は事業部制を導入、東洋紡は羊毛事業構造改善策を進めている。

 そんな中、毛業界では「海外生産とはっきり区別できる日本製の特徴は機能性と複合素材だ」(藤本正伸東洋紡ティピーエス取締役部長)、「国内で残る条件は差別化テキスタイルとスピードだ」(山口基彦カネボウ繊維羊毛テキスタイルグループ統括マネージャー)など日本製品の生き残り策が見えてきた。

 カネボウ繊維「パラミータ」は気軽に着られる洗いざらし感覚カジュアルウール素材で01秋冬向けで発売を開始。クラボウ「クレモール」はハイテク加工による毛100%での2ウエーストレッチ織物。着やすく動きやすい素材を目指した。日本毛織はイタリアの化学薬品メーカーとの技術提携でナチュラル2ウエーストレッチ「アロストレッチ」を売り出した。優雅な質感と弾力あるソフト風合いが自慢だ。

 差別化テキスタイルの方向性は機能と感性の二方向。機能では水洗い可能素材と温度調整素材が強力だ。「ウールは水洗いできない」というこれまでの常識を覆し、綿など「洗える素材」との競争に優位に戦えることになった。また「ウールは保温性がある(つまり夏には向かない)」という常識を覆す素材も現れた。もちろん「保温性」は冬物素材販売に有力なセールスポイントになるものだけに否定する必要はないが、一方で敬遠されていた夏物で「ウールこそ夏素材に最適という売り方もできる」(岩浜順二日本毛織テキスタイル事業本部販売第1部メンズ第1課)ようになった。カネボウ繊維のカジュアル素材は「ウールは堅苦しいスーツなどに向いた素材」という誤解を解くために必要だった。

 このようにこれまでの常識「洗えない」「夏に向かない」「スーツに使うもの」という常識を覆すことで新規需要を取り込もうとする日本の羊毛紡績テキスタイル業界の動きがある。それとともに生産スピードでの柔軟な対応があれば日本への発注はまだまだ捨てたものではない。

*急速に比重高まる/日本毛織

 日本毛織は日清紡、帝人とのトライアングルプロジェクトを継続。この中から出てきたのがオフィス環境型メンズウエアを提供する「エコシス28℃」企画だ。夏の清涼企画は業界で大きな関心を呼んでいるものだが、日本毛織はダーバン「モンスーン」企画にも最適素材を提供して実績を作っている。

 織物設計・薬品・整理加工の三位一体によるツーウエーストレッチ織物「アロストレッチ」はスーツ地の中で急速にその比重を高めている。イタリアの化学薬品メーカーと技術提携した製品でウール織物にアコーディオンのような屈曲を作り出した。2000秋冬シーズンでは全体に占める「アロストレッチ」の比重は一五~二〇%になったが、01秋冬シーズンでは四〇%になる予定だ。風合いがソフトでしわになりにくいという特徴がマーケットで受け入れられた。

 「オーディン・オプティム」はオーストラリア科学産業研究機構(CISRO)、ザ・ウールマークカンパニーとの共同開発による異型断面ウール(オプティム)を使った織物。繊維の直径を三~四マイクロメートル減少させることで、より細くなり繊維強度も適度にアップさせ、着用時の軽さとフィット感を向上させた。もともとは丸いウールの断面を大切なスケール(うろこ)は傷つけずに、ひねり、伸ばし、水晶形の断面構造に変化させる技術が生かされた。

*感性重視で特徴出す/東洋紡ティピーエス

 東洋紡ティピーエスは東洋紡グループとして、オーストラリアのトップメーキング工場・カナボラスウールトップメーキング社、マレーシア工場、楠工場の連携の上で動いている。01秋冬テキスタイル商談は昨年並みの金額を計画するが、「商談は一カ月遅れ」の動きだとする。

 同社は紳士服地が主体。海外製品との差を生み出せるのは機能と複合素材。加齢臭対応「デオドラン」、マナード糸で繊細な「GKEマナード」、ウール・キュプラ混で異色染めによる先染め感を特徴とする「ビアンコーレ」、ナチュラルストレッチ「ベレーザストレッチ」、ソロスパン糸使い「シングレックス」などが製品ラインアップに上がっている。

適度なふくらみと繊細な表面感など感性を重視したテキスタイルに特徴がある。同社にとってストレッチテキスタイルの中でポリウレタン繊維などフィラメント使いのストレッチは主たるものではない。ナチュラルストレッチ素材と加工ストレッチ素材が主体となって販売されている。

今年期待しているのがアクリレート系繊維「エクス」だ。吸湿発熱性が特徴のこの繊維は原料が薄いピンク色をしているが、これが染料では染まらない。このためウール織物で使う場合に染色の点で難点が指摘されていた。

 最近の改良でこの繊維を粉末にし織物表面に振りかけてコーティングすることで基布の色に影響を与えずにその機能だけを付加することに成功した。ウール混紡糸としての使い道から一歩進歩を果たした。

*ウォッシャブルどこまで

 日本製生地生き残りのキーワードとして「機能性」がよく話題に上るようになった。「ウールスーツが洗える」ということで、これまでの常識を覆し、売り文句の一つが加えられた。しかし、業界の一方では「水洗いスーツ素材はこれからそんなに増えると思えない。要望があればやる程度にする」との発言もある。

 この考えは「安い繊維商品は水で洗う」という常識から出発している。綿やポリエステルなどの安い商品は水で洗うものだが、高級商品は水で洗わないと消費者は知っている。その常識を壊す必要はないとの考えだ。ウールスーツが洗えるというのは便利かもしれないが、実際に「どうしても洗いたい」という消費者はそんなに多くないとみている。水で洗わなくてもいいと思っている消費者に無理やり洗わせることはない。

 洗濯業者のウール水洗い導入・転換も一時の熱意が冷めたとの見方も。家庭洗濯した後、きちんとプレスする技術があるのかという疑問もある。こうしたことからウールテキスタイル業界にはウオッシャブル素材がそれほど伸びないという懐疑もあるわけだ。

 そうはいっても昨年の大きなヒットとなったのはウオッシャブルスーツ素材だ。アパレルがキャンペーンを張り消費者にも認知が高まった。しかし、とくに人気があるのはズボン・スラックスの分野であり、上物も含めた洗濯要望はそれほどでもない。こうした疑問は消費者分析をもっと頻繁にやらなければ結論は出ない。テキスタイルからアパレル、小売店を通じてそうした分析を強化することがSCM(サプライチェーンマネージメント)の本来の意義だろう。しかし現実には商品配送をどれだけ早くするのかなどの点ばかりが取り沙汰されている。

*地球環境保護第一に/トーア紡

 トーア紡は新しい世代の羊毛「ソフトローリング」や地球環境保護を第一に考えたウール「オーガニックウール」を重点提案素材としている。「ソフトローリング」は豪州メリノの中で百三十トンの生産しかなくトーア紡がそのうちの二〇%、二十五トンを輸入するもので希少価値が高い。

 大きく深いクリンプと長い繊維、太さが均一でねじれのないストレートな繊維により紡績性が高まり均一な品質の糸ができる。この糸でテキスタイルを作ると目風がクリアで高級感のある外観となり、豊かな地艶と深い発色性も得られる。

 「オーガニックウール」は高度なマネジメントによって自然環境のバランスを保つ農法で作る。羊本来の免疫力を高め寄生虫や病気をコントロールする。「トーア紡スーパーウール」は超極細番手ウールでメリノウールの頂点商品として高級アパレル向けに展開する。

 「まるTiミラ」抗菌加工はメンズユニフォームなど、「コスメティックウール」(シルクコラーゲン加工)はレディースウエア向けで実績がある。シキボウ、東レとの共同開発「アゼック」はメンズ主体に展開する。

 水洗い可能素材やストレッチ素材も幅広く準備して商戦に臨んでいるが機能だけの打ち出しというよりも、ウールが本来もっている感性、タッチのよさを訴えるテキスタイル販売戦略を採っている。

*差別化とスピードで/カネボウ繊維

 「製品の海外生産が加速度的に進み輸入紳士スーツは年間六百五十万着。日本からの持ち帰り用生地はこのうち四割程度ではないか」というのは山口基彦カネボウ繊維羊毛テキスタイルグループ統括マネージャーだ。持ち帰り生地の比率は少し前までは五割とみていたが今は四割に低下したと分析する。

 こうした需要縮小の環境で生き残るための条件は差別化テキスタイルとスピードだとする。ウール本来の原料のよさをアピールすると同時にファンクションをつけて特徴を出す必要がある。QR(クイックレスポンス)の前提としてメーカーとしてのリスクを持ち売れ筋情報を提供するのも重要だ。

 差別化素材ではイタリアの原料商シュナイダー社が扱うニュージーランドメリノ素材「オーセンティコ」をニット糸、織物の両方で展開。高感度で最高の品質、プレステージ性を持った素材だ。同ブランドはメリノニュージーランド社の商標だが、梳毛糸と梳毛織物でブランド専用使用権を得ている。

 同ニット糸は防縮加工でAOX(吸収性有機ハロゲン)を最小限に低減させ、染色加工では金属を一切使用しないメタルフリー染色技術を確立した。このほか18・5マイクロン中心に原料を選んだ「スーパー100」やパイル形状糸を使い軽さと膨らみを出す「クロワッサン」、銀繊維を使い夏涼しく・冬暖かい「X―age」、ナチュラルストレッチ「ビスレッチ」、カジュアル感覚「パラミータ」がある。

*特化テキスタイル充実/クラボウ

 クラボウ羊毛事業部はオゾン処理防縮加工「エコウオッシュ21」、ファッションの領域を広げた延伸技術による「コリーラナ」、旭化成との提携商品「ウールプラス天才ソロ」など特化されたテキスタイル群を展開している。

 「コリーラナ」はこれまで考えられなかった超極細番手糸を可能にした。本来の特性を失うことなく繊維直径を元の八割にまで細くし、平均繊維長も一五〇%程度に長くした。軽さを生かしたアウターウエア企画、モヘアなどの獣毛細番手、テンセル複合、通常ウールをブレンドしたバルキー糸・ブークレ糸など幅広いウールの可能性を開いた。

 「ウールプラス天才ソロ」は旭化成の提携でクラボウだけが扱う。独特のストレッチ性が出て、すでに01春夏店頭に商品が登場しているがさらに秋冬素材での拡大を狙う。ソロスパン糸「ソロフィル」、「クラロンK―2」を使用した中空糸使いによる「スピンエアーW」、ウール・レーヨン混ジャージ「R・I・F」も用意している。

 中国での製品と生地生産の動向に関心は高いが、クラボウでは中国での日系紡績による生地生産増加は一巡しており極端に伸びていないとみている。つまり現地調達の生地量は、今くらいの水準でこれ以上極端に伸びるとみていない。逆に国内生産生地の役割が重要となる。

*やすらぎの上質感提案/御幸毛織

 御幸毛織は今秋冬素材のテーマとして「ニュー・イーズ やすらぎの上質感」を掲げる。今秋冬もファッショントレンドは、2000秋冬に引き続き「クラシック」であるとの分析からツイードを重視。ツイード本来の重量感や素材感は保ちつつ現代風に軽さとしなやかを付与した。ホームスパン調のスーツ地、アンゴラ・シルク・ウール混、ニット風、ソフトなハリスツイードなどの素材を提案する。

 ミユキ・テキスタイル・テクノロジー・ミックスの手法は(1)より軽量なテキスタイル化の実現(2)ウール、綿、麻、シルクなどの良質天然繊維を優先(3)特殊加工によるストレッチ性――を基本とする。

 なかでも環境問題を意識して天然素材を優先的に提案する。ウール100%素材以外にもウール綿混やウールシルク混などウールを基調とした天然複合素材を打ち出す。とくにスーツのカジュアル化が進みウール綿混素材の受注は今秋冬シーズンでも増えると予想する。今後は三者混・四者混素材の受注も増加しそうという。

 ストレッチ素材はポリウレタン混の従来品のほか、高級ゾーンに向けてウール100%のナチュラルストレッチを提案する。カラーはベージュと茶系がトレンドだが、杢糸などによる微妙な色合いも注目を集める。柄はウインドウペン、グレンチェック、ヘリンボーン、ハウンドツースが中心となる。

 同社によると消費低迷の影響から今秋冬素材の受注状況も例年より遅れているという。三月の二週目現在でまだ二〇~三〇%程度のオーダーしか入っていない。

*豪州のトップバイヤーIWLオーガニックウールに期待/伊藤忠ウール

 豪州産羊毛の三十五年連続トップバイヤーを誇るイトチューウールリミテッド(IWL)は、様々なウールプロモーションを手掛けている。高級スーツ地向けのスーパーファインウールの拡販、「オーガニックウール」など差別化羊毛の提案などがそれだ。

 スーパーファインウールとは直径一九・五ミクロン以下の極細ウールで高級スーツ地などに使われる。日本では衣料に対する低価格志向からか消費者の目は向きにくいのが現状だが、「スーパーファインウール使いは世界的なトレンド」(田中成佳同日本支社長兼営業第2部部長)で、とくにイタリアなどで人気を博している。