紙上てい談/中東で生きる日本製テキスタイル/トーブ地市場で不動の地位
2016年04月26日 (火曜日)
中東民族衣装、トーブ向け生地は日本のテキスタイル輸出で最大ボリュームを占める。為替変動などの逆風を乗り越え、高級ゾーンでは不動の地位を築いている。一見しても大差なく見える商品バリエーションだが、ち密な開発が成果に結び付いている。トーブ地市場をリードする東洋紡STCの祝勝弘テキスタイル事業部長、シキボウの平田修営業第二部副部長、一村産業の北角学中近東衣料課長に、日本製がトーブ地市場で君臨する背景、今後の展望などを語りあっていただいた。(このてい談は各社の単独取材をまとめたものです)
【出席者】(社名50音順)
一村産業 繊維第1部 中近東衣料課長 北角 学 氏
シキボウ 繊維部門営業第二部副部長兼輸出衣料課長 平田 修 氏
東洋紡STC 繊維第2事業総括部テキスタイル事業部長兼原糸販売グループマネジャー 祝 勝弘 氏
〈トーブ変えたポリエステル/差別化も切り口様々〉
――各社の中東輸出の沿革からお聞かせください。
祝氏(以下、敬称略) 繊維が日本の基幹産業だった時代は、香港への輸出から先の仕向地の一つとして中東がある程度の認識だったと思います。それが1960年前後にポリエステルが登場したことで仕向地への意識が芽生えた。そして70年代以降にポリエステル65%・綿35%混紡品が登場し、欧米向けシャツ地と並んで中東輸出の重要性が各社で高まります。当社は綿をポリノジック「タフセル」などセルロース繊維に置き換えて、他社品との差別化を図り、市場で一定の評価を得ました。これが「ルキア」です。
続いてポリエステル短繊維とフィラメント交織品や、ポリエステルレーヨン混糸とポリエステル長繊維との交織品「スーパーロザンナ」を開発し、ここに基本ラインアップが確立します。中東向けで一定量が流れ出すのはこのころからです。
平田氏(同) 当社の中東輸出は約40年の歴史がありますが、開始当時から江南工場(現・シキボウ江南)加工品が主体でした。約20年前に綿100%品、綿混品からポリエステル100%品へと主流が置き換わると、主力をポリエステル品に+αの付加価値を付けた商品に切り替えてきました。
ただ私が担当になった2005年の時点では、現在トップブランドで残るHWMレーヨン「モダール」混の「セルグリーン」がほぼ唯一の商品で、主力のポリエステル短繊維100%品もありませんでした。しかし、当時活況だったドバイ向けで品ぞろえを増やし、この10年間で輸出量は約5倍に拡大しました。
北角氏(同) 当社は約35年の歴史がありますが、トーブ地拡大のきっかけは90年前後からの小松精練とタイアップしたモノ作りです。ケアしやすさ、シワのつきにくさで綿混品からポリエステルに潮目が変わった時期で、供給量や品位の安定度を生かして、ボリュームゾーン中心に「IMA」ブランドで、一気に日本品トップシェアを確立しました。これが現在も月平均150万㍍を販売する強固な開発・販売体制につながっています。
――それぞれの強みをどうとらえていますか。
祝 急激な円高と海外品の登場で日本品のみの競合から時代が変わって以降、ポリエステル100%品が苦戦を強いられるなかで再度、自社の強みを生かしたモノ作りへと抜本的な見直しを行いました。
注目したのは「マナード」に代表される長短混繊複合糸でした。これで顧客の求めるソフトでしなやか、ドレープ、ハリコシもある風合い商品の開発に取り組みました。1㌦=80円時代にもかかわらず、価格は従来品の2倍。それでも「買う、買わないは顧客に任せよう」と素材訴求の姿勢を貫いて投入したのが「ロイヤルミックス」です。通常品ならば1¥文字(G0-9396)3㌦が限度の中東市場で、5㌦超の高価格ながら好評を得ます。これで「高価だが何かが違う」という当社品への評価が固まりました。
平田 シキボウ江南での自社加工品が特徴です。連続染色によるハリコシある独特の風合い、いわゆる「セミハード」「セミソフト」などです。先ほど申し上げた数量の伸びも、液流染色とは異なる連続染色での処方確立の成果です。これなくしては、ここまで中東輸出が拡大することもなかったと言えます。これが他社との何よりの差別化要素です。
実際、ブランドを付けていない江南加工品のポリエステル短繊維100%品も、こなれた価格帯と独自の風合いで人気が高く、販売先からはブランド化の要望が来ます。「江南フィニッシュ」のシールを商品に張っていることもあって、現地読みでは「KONAN(コナン)」として、認知度は確実に高まっています。とくにカタール・ドーハではかなりのシェアを占め、トップブランドはシキボウ品だと思います。全体の販売数量も今期は前期比で3割増の見通しで、このためシキボウ江南の加工スペースや人員も増強しました。
北角 私は中東輸出を担当して7年目ですが、これまで先輩が築いてきたシェアトップを守る一方で、これまでの少品種大量生産から、多品種化、高度化に取り組んできました。ポリエステル短繊維を経糸に、スパンあるいはフィラメントとの交織品を中心に扱っていますが、この3年はフィラメント100%、綿混、レーヨン・リヨセル・モダール混そしてトリコットなど可能性のあるものはすべて試しています。
高価格品の比率もこの5年で、3割から4割まで高まり、ボリューム品だけではないということが、需要家にも広がっています。これに伴いボリューム品の価格帯も上がっています。
〈圧倒的な品質力がカギ/白度・風合い 中東の眼で〉
――現在も変わらず日本品がトップゾーンを占める理由はどこにあるのでしょう。
平田 圧倒的な品質力で間違いないと思います。普通の日本人には同じにしか見えない数種類の白を厳密に区別する白度管理や、風合いなど商品の品質管理の厳重さは群を抜いています。中東向けを量産型商品の市場と見ている海外生産品ではここまでのことをしません。これが一番のポイントで逆に言えば、それがすべてと言っても過言ではありません。
ですから、ときに粗相があると苦言もひと一倍です。安価な海外品ならともかく、「高い日本品でなぜ」となるのでしょう。他社も同じでしょうが、最終段階の加工仕上げ工程では、「中東の目、触り方で」という中東専用の品質基準を設けるなど特別の検査体制をとっています。
北角 ありきたりに思えますが、絶えず開発を続ける姿勢も大きいですね。小松精練の担当者とは、最低年4回の出張から帰るたびに現地のトレンドに応じて生地の滑りやドライ感など、綿密にコンセプトを打ち合わせて開発しています。
日本品は糸から違います。例えば、番手ムラがなくきれいな糸使いの上に、ときには端番手も使うなど、ほかがまねできないモノ作りが行われています。
海外品はどうしても少品種大量生産という工業的なビジネスですから、相場勝負で価格変動も激しい。日本のメーカー品はそれがなく、顧客のリスクが小さい。そうした富裕層の顧客をつかみ、期待を裏切らないサービスの存在も大きいですね。
祝 供給量の限界も背景にあります。白度・風合いの管理から梱包・仕立て・ヒートカットを含めて大変難しい中東向けは日本の染工場でさえ新規参入が難しい。そうなると、「限りある日本品をどこから買おうか」となります。こちら側も、ブランド毀損の心配がない信頼ある顧客に限定した販売方針のため、需要が高まると品薄感も出てきます。誰もが買える海外品や商社品に比べて、メーカー品は最終消費者の信頼も高い。
円安下で値下げする商品も目にしますが、「そういうことはしてくれるな」と顧客側から要望があるほどです。値を下げてほしい気持ちもあるはずですが、販売する立場としてほかの商品が下がるなかでも、品位を保ちたい思いが強い。ですから、景気が悪化して販売が落ち込むときも真っ先に売れなくなる低価格の海外品、商社品に比べ減少幅は極めて小さい。
〈一日にして成らず/数えきれない開発品番〉
――ブランド価値を維持するには何が必要ですか。
祝 商品開発が根幹です。顧客の要望に応じて、ほかと違う商品を絶えず出し続けてこそ、ブランドイメージも高まります。つまり、モノ作りと販売が直結しています。ですから、65/35のルキアはベーシックなラインアップのみですが、スーパーロザンナはシーズンごとに番手、密度、風合いを変えた新しい品番を絶えず開発しています。
ときには一本の糸に3種の素材が入ることもある長短混繊複合糸使いのロイヤルミックスに至ってはそれこそ品種は無尽蔵です。ポリエステル100%品でも素材にこだわり、レギュラー以外の特殊なわたで開発します。ですからブランドは3つでも品番数は数えきれないほどになり、開発品番は毎シーズン400を優に超えます。
平田 やはり自社での加工を最大に活用したオリジナルな風合いと、品質面の確立がブランド維持のカギです。ただそれが、一朝一夕ではできないのも事実です。今でこそセルグリーンは58¥文字(G0-9393)幅の1¥文字(G0-9396)当たり5㌦強の価格を維持していますが、投入当初、コスト割れもするような価格だった時代もありましたから。商品バリエーションや切り口の充実も必要です。例えば、一昨年からは消臭加工「スーパーアニエール」を投入するなど新しい試みも始めています。
販売でも、限定した顧客に販売しながら、現地での価格安定にも非常に留意しています。為替変動の度に価格を変えると顧客の信用を失います。これまでも、生産コスト増での値上げはありますが、為替が動いただけでは、現地価格を変えていません。
北角 相場に合わせて価格を変えては信頼を損ねて、長期的には商売にならず、少なくともメーカーとしての販売姿勢ではありません。品番も、かつては問屋への販売が大半で30品番ほど持っていけば同じものが売れた時代もありました。この数年はテーラーやリテーラーへの販売を強化しています。これらの客先の構成比が10¥文字(G0-AC9E)は増えています。
多品種化もこの動きに対応した商品開発で、今では一回の出張に200品番はそろえ、約80品番で受注を得るようなイメージです。数年前の商品にリピートがかかることもありますから、常に構えておく必要もあり、生機品番だけで常時200種はあります。
トーブ地輸出ほどの量を動かせるビジネスはほかにありません。ボリューム品からトップゾーンまで広い商品を扱える点はテキスタイルマンとしても、非常にやりがいがあります。しかも、自分で価格を決めることもできます。わたしはファッション分野育ちですから、相場よりもモノ自体の価値を見てもらいたい。できることが限られた大変ニッチな市場ですが、その面での楽しみもあります。
〈ドルベ―スで採算あり/工場稼働への貢献も大〉
――円高など激しい環境変化のなか事業を継続してきました。
祝 継続の決め手は市場で築いた商品の高いステータスでした。為替が円安から円高へ移行する局面では、円安時の成約を円安時に払い出しますから、マイナスが広がります。ただ、逆の局面では、利幅は膨らむ。しかし、円建てで採算が悪化しても、顧客との直接交渉によりドル建てで値決めしますし、商品価値を高めて単価は上げていました。
円高で採算は悪化しても、ドル建てで十分収益性がある。しかも、値上げ後も物量が落ちず、加工を行う庄川工場だけでなく、紡績、織布の各工場の稼働貢献度も非常に大きいものがあります。
一方で円高時には海外拠点からの生機調達も含めて検討し、採算好転までに物量を確保しておくための対策も打ちました。
平田 当社でも加工場の稼働貢献は大きな要素です。シャツ地などほかの事業が海外生産に移るなか、濃色のユニフォームと白のトーブ地が、ちょうどよいバランスでシキボウ江南の稼働を支えています。セルグリーンなど高価格品は富山工場の糸を江南で織布していますが、大半はインドネシア子会社のメルテックスで生機生産していますので、その稼働にも貢献するところ大です。ですから、これまでに、為替変動で利幅が問題になることはあっても、事業継続が議論に上ったことはありません。
祝 中東市場がファッション衣料と違う点も大きいですね。素材はポリエステルが主体、色は白クリームに限られ、シーズン性も少ない。流通形態も仕立てが主体で既製服は少なく、素材の良さが訴求できる。為替変動以外の面では、人口増加や産油国としての経済成長もあり、市場安定性が高い有望市場です。
――海外品追い上げの心配は。
北角 品質面では、海外品は工業生産品であって芸術品とは言えないのが実体です。なかには、製織から加工まで一気通貫でロスも少なく、品質的にも成長著しい海外品もありますから、将来的に油断はできません。ただ、ボリューム品でなら十分なレベルに達したものがあっても、多品種小ロット生産で作りこんでいくと明らかな差が出てきますから、まだ、しばらくの間、リードは保てるのではないでしょうか。
祝 中東諸国は親日で、クレーム対応の真摯(しんし)さや、乱暴な売り方をしない点からも日本への信頼度が高いように感じます。現地では生産国別の価格帯ランクがあり、日本品というだけで非ブランド品もそれなりの扱いを受けます。逆にある国のメーカー品は高品位でも、ディストリビューターが同じ商品をそれぞれ別の価格で売り、メーカーの顔が見えず、価値がつかめないという声を聞きます。そうなると一定以上の値は付きません。
〈基本は有望・安定市場/政情・原油安の懸念も〉
――地政学的リスクも含めて、今後の懸念・課題は何でしょう。
祝 一番大きいのは原油価格の下落ですが、イスラム国やシリア内戦など政情不安の影響ももちろんあります。まず原油安で国家収入が落ちています。周辺諸国の紛争への軍事介入で関連支出も増えています。このため付加価値税導入も検討に入ったと聞きますから、経済の先行きに懸念がないとは言えません。
ただ、基本的に人口は増加基調で、購買力も上昇傾向ですから、治安確保と原油価格安定という大前提があれば、急拡大はしなくても安定成長が見込めます。トレンドはあれ、商品は限られ、市場性も安定しているなかで個々の商品開発に注力してニーズに対応していく、これが基本路線です。
平田 人口はこれからも増加するものの、若い世代が増えることの影響も懸念といえば懸念です。ただ、需要が減ることはなく、とくにトップゾーンは変化が少ないと思います。あと製品化の流れ、そのシェアがどう推移するかも気にはなりますね。
北角 まだ規模は小さいですが、今後、既製品ビジネスは確実に拡大していくとみています。現在の既製品市場は大半が中国品ですが、このゾーンに高品質な日本品を入れていくことにも取り組んでいます。現状では縫製キャパシティーにも限界があり、そこまでの量にはできませんが、きちんと顧客を捕まえています。
以前にファッション衣料を担当していたので、縫製品ビジネスへの移行が急速に進み、テキスタイルビジネスが一気になくなったのを見ています。一定の危機感も持って、この取り組みを進めています。
祝 若年層の増加やインターネットの普及でトーブ離れが進む半面、アラブ人は民族意識も非常に高く、トーブを着ることに対する自尊心は非常に高い点は見逃せません。ホームウエアなどが置き換わることはあるでしょうが、彼らにとっては公共の場で着用する衣装、いわばユニフォームでもあります。そこには安定需要があります。減少する分と人口増がどう均衡するか、確かに計り知れない部分もありますが、需要増は見込めると考えています。
また、若年層は当然、購買力が低く、高額品がこの先売れにくくなるかもしれない懸念もないわけではありません。ただ、酒を飲んではいけないアラブの男性が、お茶を飲みながら語り合う。そのときの話題は、互いのトーブの風合いが上位だとも聞きます。色もスタイルも限られたなかで、それぞれ人と違うものを求めるとなると、結局、風合いの差別化が勝負になります。まだまだ、十分にやりようがあるのではないでしょうか。
――ありがとうございました。