ダイワボウホールディングス 取締役専務執行役員大和紡績社長 北 孝一 氏/パイオニア精神がDNA/自己責任と自己改革を徹底/衣料、産資、合繊を強みに

2016年04月28日 (木曜日)

 「当社は開発から販売まで自前で事業モデルを作っていくスタイルを続けてきた。そういったパイオニア精神がDNAとして受け継がれている」――ダイワボウホールディングスの北孝一取締役専務執行役員兼大和紡績社長は指摘する。紡績からスタートし、早くから縫製に進出したことや、レーヨンや合繊、産業資材分野など多彩な領域で事業展開することを強みとする。

  ――ダイワボウグループはこれまで、その姿を大きく変えてきた歴史があります。

 当社は今年4月で創立75周年を迎えます。歴史を振り返ると、1941年に紡績4社合併によって誕生してから、49年に大和機械工業(現オーエム製作所)が分離し、51年にはレーヨン事業に参入しました。64年には合繊事業がスタートし、40年代にはインドネシアやブラジルなど海外への進出も行いました。82年にはダイワボウ情報システム(DIS)が設立されます。

 90年代に入ってからは、ほかの大手紡績は依然として紡績主体で国内での大規模な生産を続けていました。ところが当社は紡績単独では事業の先行きに行き詰りを感じることになります。

 そこでインドネシアにダヤニ・ガーメント・インドネシア(DGI)を、中国に蘇州大和針織服装を設立して縫製事業に参入します。これは2000年代に入ってから人件費上昇といった問題もあり、2011年に中部ジャワにダイワボウ・ガーメント・インドネシア(DAI)を設立することにつながります。

 98年にはダイワボウ・インダストリアル・ファブリックス・インドネシア(DII)を設立し、海外での産業資材事業も立ち上げました。

 つまり、常に繊維事業を中心に構造改革を続けてきました。時代に応じて事業の在り方を変えてきたわけです。とくに90年代は選択と集中を進め「紡織・縫製」「合繊・レーヨン」「産資」という現在の繊維事業の事業領域が固まりました。

  ――繊維事業が事業の在り方を大きく変えることができた要因はどこにあったのでしょうか。

 ターニングポイントは06年に分社化したことです。各事業を製販一体とした主要6事業会社体制にしました。これにより、事業ごとにバランスシートとキャッシュフローが明確になった。そこで初めて担当者が自分の担当している事業の問題点や課題が見えるようになりました。

 課題が見えるようになったから、自己改革を行うことができるのです。当社のグループ規範は「真実と公正」「自己改革と自己責任」「迅速と完結」です。分社化によって事業の状態を真実として公正に見えるようになり、自己責任で自己改革を迅速に完結することができたと言えるでしょう。

 一方、分社化によって繊維事業の中でも事業ごとに壁ができてしまったというデメリットもありました。経営資源が分散してしまうと問題もあります。

 09年にDISと、11年にオーエム製作所と経営統合し、ITインフラ流通事業、産業機械事業、そして繊維事業という主要3事業体制となったことで、繊維事業として、とくに技術的統合を進める必要がありました。そこでグループ連携会議を作り、事業会社間の協業を進めたのです。

 また、繊維事業全体での海外販売を視野に入れ、大和紡績香港を設立しました。大和紡績香港を通じて、衣料、合繊、産資の各事業が協業して海外市場を開拓しようという狙いがあったわけです。こうした取り組みが現在、成果を上げつつあります。

  ――販売や輸出でも商社などに頼らず、自社で市場開拓を進めるケースが多い。

 繊維事業はこれまで、開発から販売まで自前で事業モデルを作っていくスタイルを続けてきました。特殊分野や特殊品に取り組むケースも多かったと言えるでしょう。常にユーザーと取り組むスタイルです。そういったパイオニア精神がダイワボウのDNAとして現在にも受け継がれているのではないでしょうか。

  ――15年度も終わりましたが、業績を振り返ってどのように分析されていますか。

 繊維事業は利益面が大変好調でした。成長分野で販売が拡大しています。例えば衛材関係。メードイン・ジャパンへの評価が高まり、インバウンド消費の追い風もありました。

 ダイワボウポリテックの播磨工場やダイワボウ・ノンウーブン・インドネシアの生産能力増強など合繊・不織布を中心に国内とインドネシアで投資を続けてきた効果も出ています。ダイワボウレーヨンも衛材用途などが販売をけん引しています。地味ですが、グループ会社のカンボウプラスも安定して利益を出しています。

 一方、ダイワボウノイを中心とした衣料品事業は14年度に赤字となるなど苦戦していましたが、15年度は一部不採算品からの撤退や高付加価値品への転換など構造改革によって収益が改善しました。DGIからDAIに一部生産を移管した効果や、アパレル向けの製品販売が伸びています。

 大和紡績香港も対米のインナーやカジュアルが好調でした。アパレルのダイワボウアドバンスも専門店向けへのシフトが成功し、黒字浮上しています。

 

 ――16年度の課題と重点戦略についてお伺いします。

 引き続き衛材分野がポイントになります。インバウンド需要に加え、中国・アセアン地域で需要が拡大しています。こういった分野にダイワボウポリテックとダイワボウレーヨンが協業しながら原綿、原反、製品を含めて商品を供給します。そのために国内の生産能力も段階的に増強します。

 また、ダイワボウプログレスやカンボウプラスを中心とした産業資材分野も海外、とくにアセアン市場での販売を拡大させます。インドネシアなどアセアン諸国ではインフラ投資が加速していますので建築・土木用途などを中心に資材需要が高まっています。だから、まずは現地マーケットを押さえることが重要。そのためにインドネシアで人材の投入も進めています。

 一方、衣料品はDAIを起点として大和紡績香港を通じた自前のビジネスを拡大することに取り組みます。米ニューヨーク事務所も重要な役割を担うことになります。カジュアル製品も有力ブランドからの受注が今期も堅調に推移しそうですから、こちらは中国生産で対応することになります。また、レディースインナーの受注も拡大していますから、これも今期は大きく伸ばしていきたいと思います。

 独自素材にも力を入れます。例えばフタロシアニン加工は様々な用途への応用が期待できます。信州大学繊維学部との共同研究も進んでいますので、こういった取り組みも生かしながら、衣料品事業は確実に利益を出していくことが重要です。

  ――幅広い分野で楽しみな取り組みが増えてきました。

 当社は衣料品、合繊・レーヨン、産資という三つの領域で事業を展開していることが強みですし、繊維事業のコアコンピタンスでもあります。こうした強みをさらに発揮させるためにも、投資も行いながら国内工場の高度化も進めていきたいと考えています。

 きた・こういち 1972年大和紡績(現ダイワボウホールディングス)入社。事業管理部長、経営企画室長、総務部長などを経て2003年取締役、09年ダイワボウホールディングス取締役常務執行役員、10年ダイワボウホールディングス取締役専務執行役員兼大和紡績社長。

〈私の好きな1曲/青春時代特有の哀調〉

 クラシックファンである北さん、とくに好きなのがモーツァルトのバイオリン協奏曲3番、4番、5番。「モーツァルト19歳のときの、いわば青春時代の作品で、青春特有の哀調がある」という。「作曲時と同じ年ごろだった学生時代に1カ月間、欧州を放浪し、オーストリア・ザルツブルグにあるモーツァルトの生家も訪問したほど」。そしてお気に入りの演奏家がアルテュール・グリュミオー。「まさに“銀の音色”」と、その艶やかな音色と抒情性について語り出すと止まらない。