特集 魅惑のウール/求められる新たな価値観
2016年12月19日 (月曜日)
天然素材の中でも高級素材として君臨してきたウール。その品位と風合い、天然の機能はさまざまな用途で最適な繊維として現在でも認知されている。だが近年、ウールを取り巻く環境は厳しい。毛織物の用途として大きいのはスーツだが、日本では労働人口の減少や“クールビズ”の普及によってスーツ需要の減退が進んでいるからだ。こうした課題を克服するためには、テキスタイルに新たな価値観を付与するモノ作りが必要不可欠である。
スーツ地の付加価値として改めて重要性が高まっているのが“ストーリー性”だ。原料やモノ作りの過程を商品に付随するコンテンツと位置付ける提案である。“ションヘル”織機(シャトル織機)による昔ながらの製織や国内の自然・風土を生かした染色整理加工、過去のテキスタイル・アーカイブからの復刻素材などを、その情報も含めてアパレル・流通に提供するプロデュース型提案の強化である。
〈レディーススーツの重要性高まる〉
もう一つ毛紡績のテキスタイル事業にとって重要なのがレディーススーツ地の拡大。女性の社会進出が拡大する中、確実にキャリア層を中心にレディーススーツの需要が高まる。郊外店なども明確に女性をターゲットにした店舗作りを加速させた。
レディーススーツは、メンズスーツとパターンもデザインも異なっているため、それに応じた物性や機能が求められている。
そのためには毛紡績の強みとしてウール使いの上質感を打ち出しながらも、合繊複合なども活用した柔軟な商品開発が必要になるだろう。
〈感性+機能で可能性広げる/堅調に推移する紳士服地/東洋紡テクノウール〉
ウールを科学する東洋紡テクノウールは、独自の発想とテクノロジーでウールの新たな可能性を切り開いている。同社は紳士服地、ビジネスユニフォーム向け服地、学生服地、糸販売を事業の4つの柱とする。
今期はここまでビジネスユニフォーム向けは若干厳しい状況だが、学生服地が少子化の中でも伸ばしているほか、紳士服地も健闘しており、2017年3月期の16年4~9月業績は「おおむね予定通りに進ちょくしている」(伊藤均社長)。
今期は百貨店や量販店の衣料品販売が苦戦する中でも、同社の紳士服地販売は比較的堅調に推移する。背景には団塊世代のリタイアでスーツ着用人口が減少する一方で、若い人も含めてスーツにこだわりを持つ人が増えていることがある。原毛産地や羊種にこだわったキャラクターウールを活用し、ウールそのものの特徴を生かした、同社ならではの差別化素材が高い評価を得ている。
中・高級ゾーンが堅調な郊外店向けでは、これまでストレッチや軽量など機能性を求められることが多かったが、これに加えて色や柄、風合い、見た目の印象など、感性面を重視するニーズも増えつつある。
女性の社会進出が進み、活躍する女性が増えていることから、女性が会社に着て行く服を郊外店が積極的に展開している。それだけに、感性+機能で付加価値の高い服地を提案することで、伊藤社長は「この分野にウールが入り込んでいく余地は十分ある」と指摘する。
同社は10月にホームページをリニューアルした。インターネットでも旬の素材の積極的な発信を行っている。
〈ストーリー性を生かす/秋冬へも「キューバビーチ」/ニッケテキスタイル〉
ニッケテキスタイルは17秋冬に向けて頂点素材「MAF」のほか、春夏で人気の「キューバビーチ」を秋冬にアレンジしたスーツ地を提案する。ニッケが保有するテキスタイルアーカイブを生かした復刻素材やオリジナル素材も開発し、ストーリー性を生かした提案を進める。
同社の16年度の紳士服地販売は、量販店向けが苦戦も郊外店・専門店、百貨店アパレル向けが堅調に推移したことで前年並み販売数量を確保した。特に17春夏で好評だったのがストロングメリノウールを使用した夏物素材「キューバビーチ」。1960年代のヒット商品を現在風にアレンジしながら復刻したもので、独特の風合いやストーリー性が評価された。このため17秋冬では、頂点素材のMAFとともにキューバビーチの秋冬バージョンも開発。通常の36双糸使いに加えて50双糸使いもラインアップに追加した。この他にもアーカイブを利用した復刻素材の開発でストーリー性を併せ持った商品を提案する。
一方、機能素材は防シワ性とストレッチ性に優れる「トラベルック」が好調。海外アパレルでも採用が進む。こうした成果をさらに国内販売に波及させることを狙う。機能も防シワ性、ストレッチ性、濃色加工などで進化させる。縫製技術との融合も進める。既にパーツストレッチに関する特許を日本、中国、欧州連合(EU)で取得し、米国でも審議中だ。このため海外市場に対しても機能素材の積極的なプロモーションを実施する。
レディーススーツ地も強化する。特に家庭洗濯対応のウオッシャブル機能、ストレッチ機能に重点を置き、値頃感も併せ持った素材開発を進める。
〈ベトナム生産を活用/来期は量的拡大も目指す/東亜紡織〉
東亜紡織のテキスタイル事業は、中国に加えてベトナム生産の活用で改めて量的拡大を目指す。縫製の東南アジアへのシフトが一段と加速していることから、ベトナムから東南アジアの縫製拠点への原反供給などを強みとする戦略だ。
同社の紳士服地生産は中国とベトナムの合弁会社が主力。2015年は中国生産とベトナム生産の比率は50対50だったが、16年は35対65になるなどベトナム生産が順調に拡大した。郊外店向けを中心に当初は無地スラックス地の生産からスタートしたが、新たに無地スーツ地や柄物スーツ地の生産も始まった。
ベトナム生産の拡大を生かし、来期(17年12月期)はテキスタイル事業で改めて量的拡大を目指す。これまで、販売が高付加価値品にやや偏重していたことを改めるほか、一部商品開発でのロス削減などでコストダウンを進める考えだ。中国生産は合弁2社に生産を集約し、濃染加工や機能素材などベトナムでの生産が難しい商品の生産を担う形とする。
一方、今期も順調に拡大しているレディーススーツ地の販売にも力を入れる。特に郊外店でレディーススーツの販売が伸びていることから、東亜紡織としても来期から新たにレディーススーツ地の専任部署を新設することで開発・提案体制を強化する。
レディーススーツは紳士服と比較してパターンやデザインが大きく異なるため、スーツ地として求められる物性や性質も異なる。このためポリエステルリッチ品も含めてレディーススーツに最適化したテキスタイルを開発・提案することを推進する。
〈伝統的生産技法を活用/オーダー向け小口対応にも挑戦/三甲テキスタイル〉
三甲テキスタイルは、大垣工場で生産する“メードイン・ジャパン”のテキスタイルにさまざまな物語性を付与したモノ作りと提案を進める。中でも重点素材となるのが、伝統的な毛織物生産技法を現代によみがえらせた最高級素材「1001」である。
同社のテキスタイル販売は、郊外店向けが減少する一方で、百貨店アパレル向けのジャケット地、スラックス地、コート地など単品アイテム用の生地販売が増加傾向だ。アパレルが感性的価値を持ったテキスタイル求める傾向が強まったことで、取り組み型の商品企画で物語性などを打ち出す提案が成功している。
このため17秋冬に向けても“ションヘル”織機による製織など生産工程にストーリー性のある素材を打ち出す。特に戦略素材となるのが最高峰素材「1001」。生産する大垣工場は染色整理加工に通常の工業用水ではなく、地下水を利用している。低速で丁寧に製織した生地を地下水で染色整理加工することで、大垣で毛織物工業が勃興した当時の伝統的生産技法を現代風に蘇らせた。
国産を打ち出すことで、オーダースーツ向けなどの小口対応にも挑戦する。オーダースーツは生地に付随するストーリー性が商品の付加価値として消費者に訴求できる用途である。また、需要拡大が期待されるレディーススーツ地に関しては、やはり国産の強みを生かし、郊外店で販売されているレディーススーツでは満足できない層の女性をターゲットにしたブランドへの提案を進める。