2017春季総合特集(43)/村田機械/取締役繊維機械事業部長 正井 哲司 氏/ユーザーの効率向上に集中/IoTの潮流にも対応

2017年04月26日 (水曜日)

 「繊維機械の付加価値を高めるためにも、ユーザーの生産効率向上とメンテナンス工数の低減を実現する開発に集中する」――村田機械の正井哲司取締役繊維機械事業部長は強調する。そのためIoTといった新たな潮流への対応にも力を入れる考えだ。新事業領域としてカーボンナノチューブ(CNT)糸の開発も開始し、繊維機械に続く柱となる事業の育成にも取り組む。

  ――近年、繊維分野でもIoTやAI、ロボットといった新たな技術革新への動きが強まっています。こうした中で、注目の変化としてどのようなことを上げることができるでしょうか。

 繊維機械の分野で言うと、やはり定番的なモノ作りのための機械の需要がどんどん減っていることが挙げられるでしょう。そうした流れの中で、当社の渦流精紡機「ボルテックス」の認知度が高まっていったという側面があります。従来以上に付加価値の高いモノ作りが可能な機械やシステムが求められているということです。そうした中で、IoTといった考え方への注目も高まっているのです。

 繊維機械メーカーとして、これまで機械・電子系の技術を蓄積してきました。しかしIoTといった分野では、従来とは異なるノウハウが必要です。ボルテックスと自動ワインダーに搭載されているヒューマンインターフェース「VOS(ヴィジュアル・オンデマンド・システム)」は、機台ごとのさまざまな稼働データを収集・蓄積できます。しかし、これらのデータがユーザーの間でこれまで十分に活用できていなかった面があります。そこで、機台同士をネットワークでつなぎ、どの機台からも稼働状況の確認を可能にした「VOSサークル」の役割が大きくなります。今後は、こういったデータをどのように活用するのかということが重要になるでしょう。

 ここに来てIoTへの関心が高まっているわけですが、ある意味で繊維産業は自動化を進める過程で、いち早くIoTの実用化を進めてきたと言えます。だからこそ機械メーカーには既に独自のノウハウがあるのです。

  ――2016年度も終わりましたが、繊維機械事業の商況はいかがでしたか。

 期初にはかなり厳しい予想を立てていましたが、終わってみれば好調な結果となりました。中国の大手ユーザーからの受注などがあり、ボルテックスと自動ワインダーが共に販売台数を伸ばしました。中国経済については慎重な見方をしていたのですが、予想以上に回復したと言えるでしょう。インド市場も自動ワインダーを中心に堅調を維持しています。ボルテックスの認知度も上がってきました。バングラデシュも自動ワインダーが好調でした。

 現在、自動ワインダーは「プロセスコーナーⅡ QPROプラス」、ボルテックスは「ボルテックスⅢ870」という最新型を提案していますが、ともに新機種の安定性などへの評価が高まっています。このため自動ワインダーは現在も世界の販売シェアで1位をキープしていますし、ボルテックスの販売台数も増加しました。特にボルテックスに関してはビスコース繊維との相性が良く、ボルテックス糸の抗ピリング性などリング糸とは異なる糸品質への評価が高い。ポリエステル100%糸など新しい糸の紡績でも実績ができ始めました。やはりユーザーの好みに合った糸を生産できることや、そのための周辺機器も充実していることが人気につながっています。加えて、2インチ紡績も対応可能になりました。こちらは高機能繊維の紡績にも活用できる機種として販売が始まっています。

 このため16年度は売上高、利益ともに前年を上回る勢いで推移しました。

  ――17年の課題と重点戦略は何でしょうか。

 自動ワインダーは現在、当社を含めて世界の大手メーカー3社体制となっています。この中でシェアをどうやって高めていくのか。やはり機械の付加価値を高めるしかありません。そのために新しいデバイスを開発し、搭載していくことが重要です。切り口としては、やはりパッケージ品質の向上でしょう。その上で省エネルギー、高生産性、稼働のフレキシビリティーの追求は永遠の課題です。

 ボルテックスに関しては、紡績できる糸種の拡大が重要になります。ビスコース繊維やポリエステル・綿混だけでなく、ポリエステル100%や綿100%といったさまざまな原料への対応を進めています。資材用途などを視野に入れると太番手への対応も必要です。既に8番手まで紡績できるようになっています。

  ――先ほども話題になったIoTといった新しい技術への対応も重要になりますね。

 既にVOSを含む情報分析・遠隔サポートシステムを自前で持っていますから、独自に対応する力があると自負しています。さらにグループ会社であるサイレックス・テクノロジーが工業環境向けの無線モジュールやアクセスポイントを開発しています。こうしたデバイスを繊維機械に搭載することで各機台の状況を一元的に管理することができるようになりました。収集したデータを当社で集約し、解析した上でユーザーにレポートすることも可能です。

 IoTにはさまざまな可能性がありますが、やはりまずはユーザーの生産効率向上とメンテナンス工数の削減という目的に集中してシステムの開発を進めます。

  ――新規事業領域へも挑戦しています。

 自動ワインダー、ボルテックスに続く柱となる事業の育成も進めなければなりません。そこで2月に「ナノテック2017」に出展して披露しましたが、CNT(カーボンナノチューブ)糸の研究素材の提供も始めました。これは今後、スマートテキスタイルやウエアラブルといった用途でさまざまな応用の可能性があります。例えば、ナノテック展ではCNT紡績糸のニット生地を紹介しました。これは伸縮させることで導電性の電気抵抗値が変化します。こうした性質は、例えば繊維製品によるセンシングといった使い方などで可能性があるでしょう。もちろん、すぐに結果が出るような分野ではありませんから、じっくりと事業を育てていく考えです。

  ――17年の繊維機械の市況については、どのようにみていますか。

 中国やインドは引き続き堅調な需要が続くのではないでしょうか。中国では新疆ウイグル自治区での大規模投資プロジェクト「新疆綿紡プロジェクト」も進められていますから。バングラデシュも好調が続きそうです。一方、ベトナムはTPP(環太平洋連携協定)の先行きが分からなくなったことでやや不透明感があります。

  ――国内市場については。

 もちろん国内の紡績への提案にも力を入れます。国内紡績は現在でも核となる開発は国内工場で行っています。そういった開発に機械メーカーとして携わらせていただくのは極めて重要なこと。その意味で、当社は常に“日本・ファースト”。国内では自動ワインダーの更新時期にも差し掛かっていますから、こうした需要に対しても積極的に提案を行いたいと考えています。

 まさい・てつじ 1983年村田機械入社。繊維機械事業部制御開発グループ技術部長などを経て2011年執行役員技術統括部長、17年4月から取締役繊維機械事業部長。

〈思い出の味/再現できない“おふくろの味”〉

 正井さんにとって思い出の味といえば「母親がよく作ってくれた里芋と豚バラ肉の炒め煮。里芋には片栗粉がまぶしてあり、それが味を吸ってとてもおいしかった」とか。学生時代、京都に下宿していた正井さんが西宮の実家に帰省すると、いつも母親が好物を作ってくれたそうだ。ぜひもう一度あの味を味わいたいと「ときどき妻に作ってもらうのだけれども、どうやってもあの味が再現できない」とか。たとえレシピが分かっていても、簡単に再現できないところが、やはり“おふくろの味”が“おふくろの味”であるゆえんかもしれない。