特集 アジアの繊維産業Ⅰ(12)/“ミニ中国”めざす/ベトナム/素材開発が加速、縫製は効率追求

2017年09月14日 (木曜日)

 日本にとって、第二のアパレル輸入相手国であるベトナム。“ミニ中国化”とも言うべき、繊維総合産地としての開発が急速に進む。特に素材やアパレルパーツの現地調達化は同国繊維産業の方向性に沿う形で本格化。縫製も高度化に向けた新たな動きがある。これらはコスト低減、リードタイム短縮を求める日本の市場環境を反映していることも忘れてはならない。

〈縫製産業は転換期へ〉

 2017年上半期、ベトナムからのアパレル輸入実績は数量が2億744万点(前年同期比12・2%増)、金額が1511億円(7・4%増)。ASEAN地域からの輸入の内、数量で45・9%、金額で49・7%を占め「チャイナ・プラス・ワンの筆頭国」と言える。

 昨年、この実績は数量が2桁%を下回る伸び率にとどまった。日本のほか、最大輸出相手の米国や欧州の市場が低迷し、ミャンマー、カンボジア、バングラデシュといった縫製1工程で関税免除のメリットを発揮できる周辺国へ流れた結果とみられるが、今年は増勢を盛り返す。休日が少なく年間290日稼働する使いやすさ、「勤勉で器用な人が多い」ことも存在感を高める優位性で、中国からの生産移管の受け皿となっている。

 アパレルの取り扱い比率が高い物流企業も、最終製品の日本向け物量が安定的に伸びる足元の状況を指摘。同時に日系競合企業の進出が続いており競争が激化しているため、サービスの差別化・高付加価値化が必要となっている。

 縫製では、こうした優位性を保つのにベトナム自身も、現地に工場を置く日系商社も必死な状況でもある。繊維が主力輸出産業だけに、周辺国へ縫製が流れる懸念は非常に強い。ベトナムの最低賃金上昇率は2桁%を優に超えていた従来から、17年が最大7・5%増、18年見込みが平均6・5%増と意識的に抑えられているが、それでも確実に上がっていく。この賃金コストへの対策がみられる。

 地域別に4分類されるベトナムで、最も高いホーチミン近郊の第一エリアにあるスミテックス・インターナショナルの主力専用工場サミット・ガーメント・サイゴンでは「今後の効率生産へ設備にも着目する」。第二エリアに多くの拠点を展開する東レインターナショナルのベトナムホーチミン駐在員事務所は「第三エリアへの進出を検討する段階」。

 ブラザーインターナショナル〈ベトナム〉も「省人化につながる最新機種への問い合わせが多い状況」を肌で感じており、転換期に差し掛かっている。

〈加速する現地素材開発〉

 一方、総合産地化へ鍵となる素材産業は発展の助走段階にある。市場の低迷から素材、縫製一貫生産によるコスト低減、リードタイム短縮に対する日本の顧客からの要望が非常に強いことが重要な理由。中国や日本からの持ち込みに頼ってきたものを現地調達化する動きが引き続き顕著だ。

 台湾をはじめ、韓国、中国から進出してきた外資系企業との開発連携が先行しており、「定番品ではある程度の基盤が整う」「環太平洋連携協定を活用した米国向けを見込んで盛んに直接投資してきた外資系メーカーのスペースが、米国の離脱宣言を受けて空いており、対日開発案件にとっては良い環境」との認識は共通。日系商社による、原材料開発機能の確立を目指した現地法人の設置が相次いだ。ロットの問題を在庫サービスで乗り越えて短納期を訴求する施策も目立つ。

 東亜紡織の合弁梳毛織物工場ドンナムウールンテキスタイルは、高度化へ向け、機能加工対応に着手。染料・繊維加工剤商社大手のオー・ジー長瀬カラーケミカル(ONC)は、素材産業の発展による提案先の拡大を見込んで、親会社の長瀬産業のベトナム法人ナガセベトナムを通じて販売体制を強化した。技術サービス拠点の設置も調査している。

 自由貿易協定や経済連携協定を積極的に結ぶベトナムにとって、川上・川中産業の整備は欠かせない要素だが、圧倒的な縫製産業に比べ、その基盤は弱い。そもそも発展を支える技術人材が不足しており、外資系メーカーに頼るしかない状況だ。外資系よりもう一段階低コストの現地系メーカーとの取り組みも、時間はかかると見られるものの、同国繊維産業の方向性と合致するため入り込みやすくなっている。

〈総合産地化へさらに前進〉

 繊維産地としてのベトナムへの関心が継続する。同国の繊維団体は現状の課題と今後の展望をどのように捉えているのか。ベトナム繊維&アパレル協会(VITAS)ホーチミン事務所長のグエン・ティ・トゥエット・マイ氏に聞く。

  ――2017年繊維輸出状況を教えて下さい。

 17年上半期の繊維輸出額は139・8億㌦で前年同期比10%増でした。16年は年間実績が285億㌦(15年比5%増)で、11~15年に毎年15~17%伸びていたのに比べると鈍化しましたが、今年は回復傾向です。年間でも16年比9~10%の成長を見込んでいます。

  ――16年に伸び悩んだ理由は。

 世界的な経済低迷に加え、人件費をはじめとしたコスト増により縫製がミャンマー、バングラデシュ、カンボジアといった関税フリーのメリットを受けられる国に流れたためです。

  ――伸び率は抑えられていますが、ベトナムの人件費上昇は変わらないと思います。17年に回復した理由は。

 16年に始まった競争力を高める政策の効果でしょう。税関手続きやプリント設備管理が簡素化され、これまで義務だったホルムアルデヒド検査も、顧客の高い品質要望に応える安心・安全のモノ作りを浸透させたことで緩和ではなくなりました。ベトナムは17のFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)を二国間・多国間で結んでおり、サプライチェーンを効率化することは政府間の約束です。VITASも国内繊維企業から意見を集め、これらの簡素化について政府に要望してきました。

  ――環太平洋連携協定(TPP)から米国が離脱しました。ベトナム繊維産業の方向性に変更はありますか。

 米国は4割を占める最大の輸出相手国なので、二国間FTA交渉での関係強化を求めます。欧州とのFTA(EVFTA)も18年の発効が決まれば期待できるでしょう。ベトナムにある繊維企業の商機を広げる通商政策を重視していく戦略は変わりません。TPP発効を見据え台湾、韓国、中国などの海外直接投資やローカル企業の投資が加速し、ベトナムの課題である川上、川中産業の基盤づくりが進展する効果もありました。

  ――EVFTAの展望は。

 発効に向けて、韓国企業からの生地輸入が増えている印象があります。韓国は欧州とFTAを発効済みで、ベトナムをサプライチェーンに加えることができるからでしょう。韓国系企業から「VITASに入会したい」という希望が非常に多くなっています。

  ――ベトナム繊維産業が重視する投資は。

 約6千社ある企業の内で特殊糸、生地メーカーの比率は10%に満たず川上、川中企業はまだまだ脆弱です。染色加工も環境規制に適合させながら増やさなければなりませんし、ODMまで対応できるよう、デザイナー育成も課題ですね。

〈QR体制構築が課題/豊島ベトナム〉

 豊島ベトナムは自社縫製工場を生かした販売拡大や、現地でのサプライチェーン構築によるQR体制の強化を図る。

 同社は2016年2月、豊島の縫製子会社に商社機能を付け加える形で設立。縫製工場は対日向けに年200万枚のカットソー生産に加え、外注も活用し現状は250万枚の販売規模を持つ。

 将来的には「自社工場を持つ強みを生かし欧米市場の開拓に取り組む」(堀部和義社長)ことで、規模倍増を目指す。

 昨年からは現地生産するテキスタイルと、自家工場以外を活用した縫製品の国内外販売もスタートした。テキスタイルは加工反を対日輸出する縫製工場向け。現地の川中企業との取り組みを強化し差別化素材の拡販を進める。外注生産による縫製品はパンツ、シャツ、ジャケット、セーター、雑貨などを手掛ける。現在は対日輸出が主力だが、一部ベトナム内販及び第3国輸出も視野に入れる。

 QRの構築も課題とし「中国と同じくサプライチェーンを作り上げて、QRを付加価値にできる体制を目指す」考えだ。

〈素材開発機能を確立/トーレ・インターナショナル・ベトナム〉

 トーレ・インターナショナル・ベトナム(TIVN)は9月から営業を始めた。東レグループのベトナム事業における“橋頭堡”と位置付けられる。TIVNの若林茂社長は「現地企業との素材開発機能が当面、最大のミッション」と語り、台湾、韓国、中国から進出する生地メーカーとの取り組みを広げながら、「売上高を早期に15億円にする」。その後、30億円を目指して事業を拡大していく。

 6人体制でスタートしており、既に「生地工場に邦人技術者が入り込んでいる」状況。年内には早速、2~3人の増員を計画しており、東レグループの人材をフル活用するほか、現地系企業を開拓するベトナム人スタッフ、外資系パートナーと円滑なやりとりができる第三国人材を求めるなど、開発速度を高める。

 現地企業との協業体制を固めることで、タイやマレーシアにある東レグループ製造拠点の素材を使ってベトナムで縫製するサプライチェーンの構築につなげる考え。加えて、「日本と連携しながら、TIVN独自の商流で直接貿易による製品OEM/ODMも提案していきたい」と展望を語る。

〈柔軟なライン構成が強み/サミット・ガーメント・サイゴン〉

 スミテックス・インターナショナルのベトナム主力工場サミット・ガーメント・サイゴンは前身の3工場を統合して2000年にスタート。紳士布帛重衣料から始まり、日本向けの要望に応える形で今は半分が婦人服、最近は中・軽衣料も手掛ける。

 ライン構成の柔軟性は特徴の一つで、1ライン30人、合計26ラインを基本にシーズンごとの計画によって15人編成のミニライン、サンプル用5~6人編成のマイクロラインも設置する。薄地中・軽衣料への対応では人員・設備を固定して専用2ラインでノウハウを蓄積してきた。

 縫製ラインは後の工程にすぐに移行できるようにしつつ、自社と第三者で検品を合計3回行う。仕上げ前後に検針し、無駄の排除と不良品・仕掛品の極小化を目指している。

 賃金上昇が避けられない中で、効率性の追求は不断のテーマ。

 スムーズな流れを作る管理手法をポイントとするが、緻密なオペレーションの積み重ねに加え、「今後の効率性追求に向けては設備に着目すべきタイミング」(真田弘工場長)とする。

 年内には裁断前後の効率性を設備投資で強化。縮絨加工機を更新し、自動延反機最新設備を1台追加する。

〈“マルチな工場“めざす/SBサイゴンファッション〉

 日鉄住金物産のベトナム独資工場SBサイゴンファッション(SBSF)は、1996年設立。従業員300人(縫製人員160人)で、品質を重視して百貨店アパレルブランドやセレクトショップ向けにコート、ジャケット、ドレスなど婦人中心の中高級布帛製品を年間約20万着生産する。特にこの2年は管理体制の簡素化やミシン場の前後工程につながりに力を入れてきた。「組織とオペレーションを改革し、戦える効率性にした」(後山哲志社長)。

 さらに「コンパクトで器用な工場を目指す」とし、生産品種の拡大と欧米企業向け生産に取り組む。閑散期に当たる4月には布帛中・軽衣料品の生産を開始。カットソーの受注も積極化する方針でカットソー用ミシンに投資したほか、刺しゅう用特殊ミシンも導入した。

 欧米ブランド向けでは中・軽衣料のトライアル生産を始める。SBSFの5ラインの内で専用ラインを構成して11月に着手する。後山社長は「これしかできないではなく、これをやるにはどうしたら良いか考えるように従業員の意識を持っていく」と、マルチな工場を目指す。ノウハウを蓄積して、同じくベトナム主力工場のSBパールファッションにも横展開するなど自社縫製工場の対応力を高める。

〈販売体制、サービス強める/清原ベトナム〉

 縫製副資材専門商社、清原のベトナム法人である清原ベトナムは主力の婦人服向け商材開発と利便性の高い販売サービス強化を着実に進めている。

 外資系・現地系メーカーとの協業で開発した商材の在庫販売での供給が裏地・芯地・ダウンパック・スレーキといった基本商材で「一定の成果を出している」(津田清社長)。ことに加え、今期は芯地のバリエーションや、伸び止めテープなどラインアップを増やした。

 これまで単品での出荷が多かったが、ホーチミン近郊で日系物流企業の倉庫を契約。複数アイテムをパッケージ販売するサービスも開始した。リードタイム短縮、小ロット対応の機能を高めた。販売強化を目的に、6月に邦人スタッフを1人増員した。独自で資材を調達する縫製工場を念頭に販路を広げる。

 日本の顧客要望に応える形で「日本や中国から送り込んでいたものが、現地調達に変わる動きが一歩ずつ進んでいる」状況だ。

 タイに代わる形で「将来的にはベトナムが資材のハブになっていく」との展望を語る。

〈加工剤拡販へ機能強化/オー・ジー長瀬カラーケミカル(ONC)〉

 染料・繊維加工剤商社のオー・ジー長瀬カラーケミカル(ONC)は、親会社である長瀬産業のベトナム現地法人ナガセベトナム(NVN)を通じて染料・助剤・機能加工薬剤のベトナム国内向け販売を積極化している。

 2014年に取り組みを始めた同事業では、日系企業や外資系企業の現地製造委託先へ、ONCの上海現地法人、長瀬欧積有色化学〈上海〉の生産品や日本の特殊仕上げ加工剤などを輸入販売。6月にハノイのNVN本社に駐在員を1人増やした。

 川上・川中産業への投資が加速し、今後も提案先が広がるとみる中、独自技術サポート機能も検討。「ラボ設立を視野に事業の可能性を調査している」(繊維と不織布の販売・マーケティングを担当する藤岡貴彦マネージャー)と言う。川中産業を支える技術スタッフが不足する同国で、技術指導やアフターサービス機能を持つことは製品販売につなげるためにも重要性が高いという。

〈原料から縫製品まで展開/ヤギ〉

 ヤギは今年3月にそれまでの事務所に併設する形で設立したホーチミンの法人と、2015年夏に事務所を構えたハノイ事務所で東南アジア戦略を加速する。

 ホーチミン法人の主な機能は①OEM/ODMの生産、品質管理②国内関連会社などへの原料・テキスタイル販売――。OEM/ODMは「外せない事業」と位置付けながら主に高価格・高品質製品を日本に納める。売り上げも拡大中で、今後もレベルアップを図る。その一環が「アトリエ化」。量産に入る前の縫製品を先に1枚仕上げ、それを改善提案に生かし、不良品ロスの低減につなげる取り組みだ。

 原料・テキスタイル販売は「まだこれからの事業」だが、タイや香港などのグループ拠点と連携しつつ、伸ばしていく。シャツ・ブラウス地として綿100%や綿・ポリエステル、綿・「テンセル」などを取り扱い、将来的には備蓄も行う計画。まずはイチメンなど国内関連会社向けで実績を積む。

 製品の品質管理、原料・テキスタイル販売に続く「第3の事業」も検討する。

〈工場、素材を開拓/蝶理ホーチミン駐在員事務所〉

 蝶理のベトナム事業で製品OEM/ODMの生産管理を担当するホーチミン駐在員事務所は、縫製工場の開拓と現地素材の掘り起こしに取り組む。

 蝶理がベトナムで生産する衣料は百貨店アパレル向けを主体とした婦人服全般、スポーツウエア、カットソー。スポーツウエアでは既存パートナーとの関係を深める。取り組み先を増やすのは婦人服やカットソーで、「日本向けに適合しやすい小ロット対応の工場が新規立ち上げを含めて多くなっている」(汪奮毅所長)環境。5~10年の長期的な取り組みを前提に、技術者を派遣して品質の完成度を高める。

 素材を現地調達する要望もベトナムが生産移管の受け皿となる中で高まるため、協力工場が手配する素材の中から現地生産品を集め、日本の市場に適合する生地を情報共有する。

 台湾系や韓国系企業と、一定程度の基盤がそろうスポーツ向けカットソー素材などから取り掛かるという。

 安定したサプライチェーン構築と生地背景の開拓で、現地法人の蝶理ベトナムと合わせた取り扱い高を3年以内に100億円にする。

〈配送網強みにサービス強化/SGホールディングスグループ〉

 SGホールディングスグループは3社の現地法人があるベトナムでの対日アパレル物流事業で、物流加工機能や原材料配送機能を持った倉庫の活用を促進し、陸送越境物流も拡充。ワンストップサービスを強化する。

 同事業は物量で60~70%を占める現地事業の主力の一つで着実に伸びるが、他社との競合が激しくなっており、差別化に取り組む。

 物流加工機能は、2016年11月に稼働したホーチミン2拠点目のニョンチャック倉庫で、売れた分だけ原反や付属品を配送するサービスのほか、検品・検針とアソート作業を行う。

 越境物流では、混載陸送サービスを強化する。日立物流と連携し、ラオスを経由地としてハノイとバンコクを結ぶサービスを既に始めている。これを軌道に乗せ、ホーチミン、プノンペン、バンコクを結ぶ便に連携を広げることも想定する。

〈現地素材開発 本格化/三井物産アイ・ファッション〉

 三井物産アイ・ファッションにとってベトナムはASEAN地域生産の最重要拠点。素材と縫製を一貫生産する目的で、現地素材の開発に力を入れており、4月に三井物産のベトナム法人に、素材に精通した人材を配置した。

 スポーツ向け定番品、ユニフォーム向け独自素材などの開発から着手しており、婦人ファッション向けでもロットを見込みやすい分野を念頭に取り組む。ホーチミン周辺の南部で紡績から染色加工まで一貫対応できる現地の韓国系、台湾系メーカーを中心に取り組む。

 得意とするスポーツウエア向けでは台湾系企業との取り組みを織・編みで深掘り。ユニフォームアパレル向けでは韓国系企業と独自開発を進めている。ボトムス用の綿複合品やストレッチ素材、スポーツ向けの合繊タフタや丸編みの定番品では、ある程度の基盤が整うとの環境認識を示す。