日本繊維機械学会 会長 金沢大学 理工研究域 教授 喜成 年泰氏に聞く/「繊維のモノ作りはどう変わるか」/“本物”だけが生き残る時代 カスタマイズした設備・技術が必要

2018年01月01日 (月曜日)

 IoTやAIといった新たな情報テクノロジーの進化によって製造業は“第4次産業革命”“インダストリー4.0”といった新たな革新への可能性が開かれている。その中で繊維のモノ作りはどのように変わるのか。日本繊維機械学会会長で繊維機械研究会の会長も務める金沢大学の喜成年泰教授に話を聞いた。

  ――近年、IoTやAIといった新しいテクノロジーについて急速に関心が高まりましたが、何が背景にあるのでしょうか。

 これは情報技術の発達に伴い、必然的に出現した現象です。むしろモノ作りの現場の方が先行していて、言葉や概念の方が後から出てきているとも言えます。実際に既に繊維機械展示会などを見ると、多くの繊維機械メーカーがIoTを実現するシステムを提案しています。例えば村田機械さんは精紡機からワインダーまでを統合的に管理するシステムを実用化していますし、島精機さんも革新的なPLM(製品ライフサイクル管理)システムの販売を開始しました。その意味で繊維分野は技術的にかなり先行していると言えるのですが、それでもここに来て急速に“第4次産業革命”“インダストリー4・0”といった概念が登場したのは、情報通信による接続が、より拡大される可能性があるからです。つまり、従来のシステムは基本的に1企業内、あるいは特定の工程内だけでの話でした。しかし、今議論されているのは、企業や工程を超えて、サプライチェーン全体を情報通信技術によって繋ぎ、効率的なモノ作りを実現しようという考え方です。それこそ売り場と生産現場の情報を直結させること。これは従来とはまったく異なる考え方です。そこから、繊維のモノ作りも従来型のマスプロダクション(単品大量生産)ではなく、ユーザーのニーズに細かく対応しながらも効率的な生産を行うマス・カスタマイゼーション(多品種大量生産)を実現できるというイメージが出来上がりつつあります。

 しかし、ここで問題になるのがセキュリティーです。理論的にはあらゆる工程がIoTによって接続されることで効率的なモノ作りが可能になることは分かっている。しかし、情報セキュリティーの面を考えると、どこまで実際に接続していいものか判断に迷う。これはもう、経営判断の問題です。だから、日本でIoTのようなものがどこまで普及するかは、経営者の判断にかかっているとも言えそうです。

  ――そもそも日本の繊維のモノ作りが変わらなければならないという考え方の前提として、現在のモノ作りにどのような課題があると考えますか。

 日本はエネルギーコストやレイバーコストが高く、設備投資コストも高いという現実があります。このため大量生産効果を狙った生産が難しい。そこで高機能、高性能、高感性のモノ作りに特化する方向を採ってきました。その方向性の上に、最近ではスマートテキスタイル、繊維強化複合材料、新しい風合い開発などがあります。しかし、これらの分野でも非常に大きな開発費が必要になっています。ですから現在、国内でのモノ作りをやっている企業というのは極めて競争力と体力のある企業だけになりました。そして、ここで重要になるのがクイック・レスポンス(QR)になっており、その延長線上にマス・カスタマイゼーションという課題が出てきたわけです。なぜなら、どのような分野でも価格競争だけでは消耗戦となりますから、そこで日本の繊維企業が勝ち残るのが非常に難しくなっているからです。

  ――今後、IoTやAIといった技術は、どのように導入され、それによってモノ作りもどのように変わっていくのでしょうか。

 モノ作りだけでなく“売り方”も大きく変わる可能性があります。例えば店頭での販売情報が直接に生産現場にもたらされ、従来以上にロスを削減したQRが可能になるかもしれません。あるいは消費者に関するビッグ・データをAIで分析することで在庫リスクを減らすといった可能性もあります。しかし、ここで注意すべき点は、情報が共有化されたとき、その情報は誰のものかということも考えなければならないということ。情報共有化のためのプラットフォームを提供するところ、あるいはサプライチェーンの中の特定業種だけが情報共有化によってもたらされる利益を独占してよいのかという問題があるからです。場合によっては現在以上にサプライチェーンの中での勝ち組と負け組の格差が拡大する危険性があるのです。

  ――そういった懸念も含めて、日本の繊維企業は新しいテクノロジーの採用を含めて、どのようなモノ作りを目指すべきなのでしょうか。

 情報が共有化されるということは、他社と同じようなモノ作りしかできない企業は、より低コストの競合他社に代替される危険性があるということです。だから情報が共有化されるからこそ、絶対に他社に代替されない“本物”の技術や差別化商品を持っている企業だけが利益を確保できることになります。ですから、繊維企業はこれまで以上に「人まねをしない」「追っかけて開発しない」という姿勢が重要になるのでは。そしてメーカーの側もカスタマイズされたモノ作りが可能になる設備が必要です。そういった設備投資を自社で開発・改造できる企業が生き残ることができるのでしょう。

 ハードで勝つのか、ソフトで勝つのかは、個々の企業によってそれぞれ異なります。しかし、既にそういった方向で成果を上げている繊維企業が日本には多いのではないでしょうか。元々、繊維産業は情報産業的な側面があります。例えばジャカードのパンチカードなどは、まさにデジタルデータ化の原点でした。ですから他の産業と比べても先進的なテクノロジーを活用し成功することができると思う。そのためには、企業だけでなく、大学や公設試験場、あるいは学会などと連携することがますます重要になっていくと思います。