特別記念対談/顧客満足のアパレル・サプライチェーンを目指して/垂直型の価値連鎖を(日覺氏)/デジタル革命で広がる勝機(柳井氏)
2018年06月08日 (金曜日)
デジタル技術の目覚ましい発達は、消費者の意識や行動を大きく変えようとしている。顧客を満足させるアパレル・サプライチェーンとは何か。『繊維ニュース』創刊2万号を記念し、東レの日覺昭廣社長とファーストリテイリングの柳井正会長兼社長に対談してもらった。東レの繊維事業は2018年3月期決算で売上高9136億円・営業利益724億円と過去最高を計上した。ファーストリテイリングは同8月期決算で売上高を2兆円の大台に乗せ、ユニクロ事業では海外が初めて国内を上回る見込み。
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――デジタル技術の飛躍的な革新によって、消費者の意識や生活はどう変わりつつあるのでしょうか。
柳井氏(以下、敬称略)インターネットやスマートフォンが全世界に普及し、瞬時に情報が伝達されるようになりました。情報を発信するのもメディアだけでなく、誰でもがSNS(会員制交流サイト)を使って放送局や新聞社になれる。消費者は情報を主体にして行動するようになった。リアルとバーチャルとがシームレスになり、つながったということでしょうか。
日覺氏(同)消費者の動向は柳井さんのご専門ですが、統計を見ると、国内の一世帯当たりの「被服及び履物」年間支出額は大幅に減っており、市場が縮小しています。しかし販売チャネル別では、百貨店などが大きく減らす一方で、専門店チェーンやネット通販は伸びています。明らかに消費構造が変化していると言えるでしょう。情報が瞬時に伝わる現代では、コミュニケーションを密にして、対応していくしかありません。
柳井 そうした変化は日本だけでなく、世界で同時進行しています。この大革命の時代は企業にとってチャンスです。ゼロからスタートしても成功できる可能性があります。ボーダーレスは国境だけでなく、産業や業界のカテゴリーの境目にも当てはまります。
――実際に内外で異業種からアパレル業界に参入する事例が幾つも見られます。
柳井 どこにでも、誰にでも勝てる可能性はあるわけですが、勝負は短期間で決まります。決して生易しいことではありません。正しい考え、志と目標を持たないと駄目ですね。失敗しなくても、ニッチで中途半端で終わってしまう。
日覺 ネット上での小売りに成功し、アパレルのプライベートブランドの開発に乗り出したとしても、優れた開発力、技術力、生産力に支えられた重層なサプライチェーンがないと、世界を狙えるような強い競争力を発揮するのは難しいでしょうね。
――両社は2006年から戦略的パートナーシップを結んでおり、16年から20年の第Ⅲ期では5年間で取引額目標1兆円を掲げています。
柳井 2000年4月に全役員を連れて、前田勝之助会長(当時)を訪問し、協業をお願いしたのがきっかけです。前田会長は経済誌で「グローバルに見ると繊維は成長産業である。流通構造を改革すれば競争力が発揮できる」と主張されていました。その時から世界一になりたいと思っていたので、そのためには東レさんと組む必要があると考えました。
――当時、東レは糸・わたからテキスタイル、縫製品までのトータルインダストリー構想を打ち出していました。
日覺 素材から最終製品まではチェーンでつながっています。本当に競争力を発揮するには、部分の最適化ではなく、トータルでの最適化が必要です。いくら競争力のあるファイバーを生産・販売したとしても、売りっ放しで何にどう使われているのかが分からないのでは、全体の最適化は不可能です。
海外には東レより生産能力が大きい合繊メーカーは幾つもあります。しかし、東レはファイバーの素材開発から、その特性を生かしたテキスタイル開発、そしてテキスタイルの機能性、意匠性を生かした縫製品の企画まで、顧客に対する付加価値を創造するために、多段階の製造工程からなるサプライチェーンを連携させ、垂直的なバリューチェーンを構築しています。
柳井 それを日本国内だけでなく、グローバルに展開されていることも不可欠な要素です。
日覺 そのグローバルな事業展開に、ファイバーメーカーとしての技術開発力と三大合繊をはじめとする多彩な商品群、前述のサプライチェーンへの対応力、この三つを組み合わせた3軸経営のビジネスモデルが当社繊維事業の強みとなっています。
――ファーストリテイリングは「情報製造小売業」への変革を掲げています。
柳井 冒頭で話題になったデジタル化、グローバル化の中で、お客さまの情報を分析し、お客さまが要望される商品をすぐ商品化できる業態に転換しようということです。
デジタル技術の進歩によって、サプライチェーンは情報でつながりますが、実体であるモノや人も無理なく、無駄なく、最短でつなぐ必要があります。
――戦略的パートナーシップ第Ⅲ期では、デジタル技術の活用も重要テーマになっています。
柳井 人工知能(AI)が発達し、人間の知性を超えることによって人間の生活に大きな変化が起きるという概念、シンギュラリティー(技術的特異点)というものがあります。しかし、人間の感覚は五感にとどまらず、六感も七感もあります。AIが人間に取って代わることはあり得ません。
一定のアルゴリズムをコンピューターに入れ、ディープラーニング(深層学習)させれば、囲碁や将棋で人間に勝つのは当たり前です。自動車の自動運転もできるでしょう。しかし交通事故が根絶することはあり得ません。
最後に勝つのは、正しい志と明晰な頭脳、温かい感情を持った人間集団が、ツールとして、あらゆるモノがネットにつながるIoTやAIを使いこなした時です。
日覺 AIが発達すれば何でもできるようになるかのような議論があります。40年ほど前にコンピューターを使った研究をしていましたが、超大型でも今のパソコンの機能には及びませんでした。それができるようになったのは、ソフトが発達したからだけではなく、大容量メモリーなどハードの開発が進んだからこそ可能になったのです。
この考えを繊維産業に当てはめるなら、ハードは素材や生産機能に関する技術、ソフトは消費市場の動向やトレンドなどの情報を捉えたマーケティング技術でしょう。戦略的パートナーシップで、素材メーカーである当社が担うのはハードの部分、ソフトは情報製造小売業を標ぼうされるファーストリテイリングさんの領域です。
柳井さんが、AIが人間に取って代わることはできない、あくまでツールだとおっしゃいましたが、まったく同感です。AIは人間が作ったプログラムやアルゴリズムがあって、初めて役に立つのです。デジタル技術がどんどん進み便利になったからといって、人間の基礎的な教養や技術をおろそかにしていると、本当にAIに支配されかねません。やはり、生産の現場、販売の現場を見てアクションすることが必要です。
柳井 ソフトウエア開発を手っ取り早く行うアジャイル開発という手法が注目されていますが、いいかげんな人間が使うと大変なことになります。基本的なことができない人間に高度なことはできません。別の言い方をすれば、「答え」より「問い」が大事です。答えはAIで簡単に出てきますが、問題意識を持って問いかけるのは人間ですから。
――第4次産業革命とも言われる、この変化の大波は今、どの段階にあるのでしょうか。
柳井 まだ始まったばかりですが、情報革命が一般産業にもいよいよ及んできた。これから世界中の産業構造ががらりと変わるでしょう。10年後どうなっているか、予想は全くつきません。
日覺 当社の工場では、どんなトラブルがいつ起きやすいのか、製造工程のあらゆるデータと製品品質との相関をITの活用で解析し、スピーディーな品質改善につなげています。また、内外の工場同士をつなぎ、効率化を進め、コストを低減させています。
03年から14年間で、世界で約10億枚を販売した「ヒートテック」は紡糸、編みたて・染色、縫製の各工程が各国に点在しており、それを全てコントロールし、納期通りに供給するには、ITをフル活用しなければ不可能です。「インダストリー4・0」という表現もありますが、「インダストリー4・2」くらいの水準にあると自負しています。
これからもデジタル技術の進展を踏まえ、それを究めていきます。
――両社は日本企業ですが、世界を舞台に事業を拡大しています。グローバル競争で勝つには、何が必要ですか。
柳井 宇部の企業である前に山口県の企業であれ、山口県の企業である前に中国地方の企業であれ、中国地方の企業である前に日本の企業であれ、日本の企業である前にアジアの企業であれ、アジアの企業である前に世界の企業であれと言い続けてきました。志ですね。
それと同時に、日本人のDNA、日本企業のDNAの良い点を自覚し、それを磨いて生かすことが大切だと思います。
今8月期に海外ユニクロ事業の売上高が、国内ユニクロ事業を超える見込みですが、「ユニクロ」がグローバルブランドとして海外で認知され、「ライフウエア(究極の普段着)」というコンセプトが受け入れられているからでしょう。
日覺 日本企業のDNA、日本的経営の優れている点は、「長期視点の経営」「人を基本とする経営」だと思います。これを公益資本主義と呼びますが、人間の本性に合致した考えであり、世界に通用することが実証されています。
その対極にあるのが、米国式の金融・株式資本主義です。投資家・株主の利益を最優先に、短期の財務諸表上の利益だけで経営判断をしています。
素材メーカーの立場から具体論を述べると、製品の品質や性能、コストで他社に勝ることが、日本でも海外でも、どの市場でも決定的に重要です。組立メーカーは最適な部材を外部から調達すればいいのですが、われわれの素材開発には長い年月がかかります。
合繊素材の質感を表現するのに、「ウールライク」など「何々ライク」といわれることがあります。合繊を天然繊維の質感に近づけるべく、努力してきたのは事実ですが、長年の研究開発により、天然繊維とは別物の繊維として、独自の質感や機能を有した合繊が生まれています。環境面などで合繊の果たす可能性は無限にあります。
一方で素材メーカーはいくら革新的な素材を開発したとしても、それだけで市場を作ることはできません。その素材を最終製品にして市場を創出するパートナーが必要です。「ヒートテック」はその代表例でしょう。
――ありがとうございました。
ファーストリテイリング 会長兼社長 柳井 正 氏
(やない・ただし) 1949年、山口県生まれ。71年早稲田大学政治経済学部卒。72年小郡商事(現ファーストリテイリング)入社。取締役、専務を経て、84年代表取締役社長。2002年代表取締役会長。05年から代表取締役会長兼社長。01年からソフトバンク社外取締役。
東レ 社長 日覺 昭廣 氏
(にっかく・あきひろ) 1949年、兵庫県生まれ。73年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、東レ入社。2001年エンジニアリング部門長、取締役、常務、専務を経て07年代表取締役副社長。10年から代表取締役社長。