特集 スクールユニフォーム(1)/制服が未来を作る子供たちを支える

2019年05月29日 (水曜日)

 少子化の波が学生服業界に深刻な影響を与え始めつつある。今年入学した中高の生徒数は前年に比べ増えたものの、来年以降は再び減り、学校数も減少の一途をたどる。市場縮小が明確になるにつれ、学生服メーカーの市場での競合が激しさを増す。LGBT(性的少数者)に配慮した制服の広がりや、教育支援といったサービスの強化など、市場の変化への対応力がますます求められる時代に入ってきた。未来を作る子供たちにとって制服が果たす役割は重要性を帯びてくる。

〈MC校数は直近10年で最低/LGBT配慮で中学校は増加〉

 総務省が今月4日に発表した2019年4月1日現在の子供の数(15歳未満人口)は、前年に比べ18万人少ない1533万人で、1982年から38年連続の減少となり、過去最少となった。

 昨年12月に発表された文部科学省の18年度「学校基本調査」(確定値)を見ても、小学校と中学校の在学者数が“過去最低”を更新。高校も前年に比べ減少し、小中が減る一方なだけに、これから増える要素はない。

 当然、制服モデルチェンジ(MC)校も減少傾向にある。ニッケの調査によると、今年のMC校は中高合わせて155校となり、直近10年で最低となった。高校と私立中学校はMC校数が減ったものの、公立中学校ではLGBTに配慮した制服の採用によって増加した。東京、大阪など都市部でMC校数が多い傾向は依然として変わらない。

 来入学商戦に向けたMC校数については今年より増えそうだ。トンボによると、4月末の時点で前年より10校ほど多く、「20年はオリンピックイヤーでもあり、来年は全般的にもMC校が増える可能性がある」(谷本勝治執行役員営業統括本部販売本部長)。

 しかし、新入生の数は再び減少に転じ、MC校数が増えると言っても、ピーク時1992年の411校に比べると半数にも満たない。なかなかMC校が増えない中で、制服供給先の学校に対し、生地やデザインの一部を変える“マイナーチェンジ”を提案する傾向が強まる。

 オゴー産業(岡山県倉敷市)は、制服採用校や他社商品を併売する地域の学校に対し、“ブラッシュアップ”という形で新たな生地、シルエットなどによる制服の提案を強化。「1、2割しかシェアがない併売の地域でも選んでもらえる商品の開発や売り方を工夫する」(片山一昌経営企画部長)ことで販売増につなげる。

 トンボは昨年の総合展から、より要望に合わせて素材やシルエットなどを「分かりやすくブラッシュアップでの提案ができる」(谷本執行役員)仕組みを構築。MC校の新規獲得だけでなく、同社の制服を採用する学校に対しても他社にシェアを奪われないように提案力を高める。

 各社もできるだけ既存の制服をリニューアルする形での提案を進め、学校へ自社製品の採用維持に努める。一方でMC校の獲得を増やしても、工場も人手不足で増産がなかなか難しくなる中、安定した供給も課題になる。菅公学生服は今年11月、群馬県高崎市と宮崎県都城市に倉庫を設置。トンボは茨城県笠間市に土地を取得し、21年までに物流センターの建設を計画する。

〈大手は堅調にMC校獲得/市場の変化に戸惑いも〉

 今入学商戦での制服MC校数は全般的に少なかったが、学生服メーカーの大手は着実にMC校の獲得を伸ばしている。明石スクールユニフォームカンパニー(明石SUC)は、MC校の獲得が前年を上回り計画通り推移した。「個々の学校への対応力を強めてきた」(柴田快三常務営業本部長)成果が出てきた。

 菅公学生服は教育ソリューション事業や直接訪問による学校へのアプローチが奏功し、MC校の獲得、店頭商品、スクールスポーツとも「販売目標を達成した」(問田真司常務)。トンボもブランド「イーストボーイ」の採用校が2桁台に乗ったほか、自社ブランド「バーシティメイト」によるファッションデザイナーの松倉久美氏とのコラボ企画も採用校を増やした。

 大手だけでなく中堅メーカーも健闘する。吉善商会(東京都中央区)は、主力にする首都圏私立校の入学者数増加や、新規案件の獲得で前期より売り上げが拡大。「納期遅れがなく、スケジュール管理がうまくいった」(吉村善和社長)。スクールネクタイ製造大手のハネクトーン早川(東京都千代田区)は、例年より追加の受注が多く、売り上げは前年を上回った。最近はLGBT対応だけにとどまらず、生徒自身が着たい制服を選べる学校が増えている。この流れに伴い「リボンタイプではなく自分で結ぶネクタイの需要も増えている」(早川智久社長)。

 一方で、売り上げを伸ばしたとはいえ、「今年は想定していた以上に生徒数が減少し、結果的には計画通りだった」(明石SUCの柴田常務)との声も聞かれ、少子化による市場縮小が想像以上に進んでいることを実感。大手以上に中堅メーカーは深刻で、成長を描きづらくなってきた。

 都市部で公立の全日制の高校が生徒数を減らしている一方で、地方の通信制の高校が生徒数を増やすなど、市場の変化が目立ってきた。さらにLGBT対応によってメーカーはますます細かい対応に迫られる。一部の地域では女子の制服販売でこれまでスカートを購入してもらい、パンツはオプションという形だったのが、今年からスカートかパンツのいずれかを選べるようになり、「在庫をどれだけ確保すればいいのか読みづらくなってきた」(メーカー担当者)。名簿も男女別の記載がなくなり、確認の手間が増えるなど、市場の変化に戸惑う場面も増えつつあるようだ。

〈これからは苦難の時代?/市場創り出す事業を探る〉

 平成から令和の時代へと変わり、学生服業界を改めて振り返ると、トンボの近藤知之社長は「スクールユニフォームは完全に成熟期だったと思う」と話す。デザイナー制服からスタートし、ブランド制服へと変わり、1990年代前半のバブル期には価格が上昇。今はまた下がりつつあるものの「業界にとって一番いい時代だったのではないか」と指摘する。

 ただ、少子化によって市場の縮小は着実に加速し「これからは苦難の時代になってくる」と近藤社長は指摘する。「学生服は新たに何かを“創り出すマーケット”ではないだけに、生徒減によってなかなか売り上げを伸ばせなくなる可能性が大きい」。業界全体が市場縮小への危機感を抱く中、各社は制服供給だけでなく、別方向からの学校へのアプローチを強めつつある。

 菅公学生服が昨年11月に各地で開いた総合展「スクールソリューションフェア」は、会場に一歩足を踏み入れると、製品が置かれていないことに来場者がまず驚かされる。学校が抱える課題を総合的に支援する教育ソリューション事業を本格化させ、展示会の方向性を2年前から大きく変えてきた。

 これまで外部機関に依頼することが多かった教育プログラムを同社が主体となって作成し、未来を見据えた学校づくりをサポート。来場者は毎年増加する傾向で、「目先だけでなく将来的にどうしていきたいかを考えている学校に対して非常に関心を持ってもらっている」(菅公学生服の尾﨑茂社長)と言う。

 事業が広がる中で「より専門性を持った社員が必要であり、特化してその専門性を高めていかなければいけない」(問田常務)ことから事業を分社化し、8月をめどに新会社を立ち上げる。2020年からの教育改革が本格的に実施され、教育現場で人づくりへの「課題が大きくなる」可能性から、今後のニーズへの対応力を強める。

 昨年は記憶に残る災害が多かっただけに、明石SUCが新たに開発した小学校向けの防災学習教材が広がりを見せる。同社は「明石SUCセーフティプロジェクト(ASP)」として、産学連携で防災教育や防災関連商品の開発に力を入れる。昨年の総合展で低学年から高学年用までの3種類のワークブックに加え、教員用の学習指導書、DVDを披露。同教材によって自然災害の恐ろしさを生徒に分かりやすく教えることができる。総合展で「高い関心を集めた」(河合秀文社長)ことから今春既に採用する小学校もあり、今年中に中学校、高校向けの教材も打ち出す。

 トンボは毎年11月29日の「いい服の日」にちなみ、「トンボアイデア・デザインコンクール」を開催。昨年の9回目は12月1日に開き、全国の学校生徒からのアイデア・デザイン画の応募が初めて1万点を超えた。30年以上続く「WE LOVE トンボ絵画コンクール」とともに、「メセナ活動によって生徒の個性を引き出す」(近藤社長)ような取り組みを加速し、ブランディングを強める。

 各社の取り組みはすぐに収益事業になるものではない。しかし、市場での競合が激しくなる中で、いかに学校との関係を強めるかが、今後の成長を描く上でますます重要になる。

〈4月施行2法の影響懸念/迫る値上げの判断〉

 来入学商戦はMC校が今年より増える見通しで、一部の企業は堅調に採用校の獲得が進んでいる。ただ、生地や人件費などコストアップが常態化し、大手メーカー同士の競合も激しさを増す。来年から新入生も再び減少に転じ、これからの成長戦略が描きづらくなる中、各社の戦略も新たな方向性を見据える。

 トンボは、新3カ年中期経営計画を来期(20年6月期)スタートさせる。近藤社長は「売り上げ重視から利益重視へとかじを切り替える」と話す。売上高が伸び悩めば利益を圧迫するのは必至で、明石SUCの河合社長も「在庫を含めて無駄なコストを増やさないようにする」と述べ、警戒感を強める。

 4月に施行された法律も学生服業界にとっては逆風になりそうだ。一つは働き方改革関連法で、繁忙期の残業時間の上限が1カ月100時間未満でないと罰則が課せられる。入学式前にどうしても制服を納入しなければならない季節集中型の業界にあってトンボの近藤社長は、「残業時間を減らそうと思えば人の数を増やすしかなく、人件費が増え、コストアップの要因になってくる」と懸念する。

 運送会社による集荷時間も早まり、「土日の対応がスムーズにいかなかったりするなど苦労する部分もあった」(明石SUCの河合社長)ため、他社の動きが影響するケースも考えられる。

 各社で働き方改革への対応策も進む。明石SUCは今年から人工知能(AI)を使っての集計作業を開始。手書きの文字を自動でデータ化するなどで、精度の向上、時間の短縮につなげる。

 瀧本は奈良市立一条高校の新入学生に向けて初の指定制服のネット販売を導入。

 高橋周作社長は「採寸そのものにかかる時間、人手、採寸後の集計作業など諸々の手間と時間を省くことができ、関わる人の働き方が大きく改善した」と話す。

 一方で同じく今月施行された改正出入国管理法については、新しい在留資格に「肝心の繊維業が入っていない」とトンボの近藤社長が指摘する。学生服メーカーは大半が国内生産で、国内の協力工場を活用するケースも多く、中には実習生に頼らなければいけない工場も少なくない。日本人の採用すら難しい状況にあって「協力工場を活用するわれわれにとっても厳しい環境になる」(近藤社長)。

 さまざまなコストアップが追い打ちをかける中、素材メーカーからの値上げ要請も本格化する。現状では「学生服メーカーに打診しても全く受け付けてもらえない」(素材メーカー関係者)との声も聞かれるが、ワークウエアなど他のユニフォーム分野が今年の秋冬物から本格的に値上げを実施する中、学生服分野もいつまでも値上げしないわけにはいかない。

 少子化とコストアップ、さらに教育改革やLGBT対応などによる制服市場の急速な変化は、これからの学生服業界そのものも大きく変えていきそうだ。