2020年新年号/日本には世界トップシェアを確保している繊維がある

2020年01月01日 (水曜日)

 世界的に需要拡大が続く炭素繊維。風力発電翼や航空機用途などが成長し、2030年には35万トンに達するとの試算もある。その中で高いシェアを誇るのが日本だ。高い技術と品質、そして長期視点での取り組み。炭素繊維には日本企業の強さが詰まっている。

〈東レ 専務兼複合材料事業本部長 森本 和雄 氏/幅広い用途への対応が強さ/テクニカルサポートを〉

  ――炭素繊維は日本の企業が高いシェアを誇っています。

 日本の企業は簡単には撤退しません。高いシェアを維持できている理由はその辺りにあるのではないでしょうか。当社も生産を開始して約50年がたちますが、この間ずっとバラ色の収益を出してきたわけではありません。欧米企業はすぐにリターンを求めますが、日本企業は長期ビジョンに基づいた開発投資をしています。その結果として顧客の信頼につながったのではないでしょうか。

  ――東レの商品や品ぞろえの強みはどこにあるのですか。

 策定中の次期中期経営課題(中経)では三つの分野に注力します。一つは航空・宇宙や自動車関連向けのモビリティー、二つ目がエネルギー、最後の三つ目がライフクオリティー&セーフティーです。レギュラートウとラージトウの両方を持っており、この三つの全てをカバーできることは大きな強みと言えます。

 炭素繊維は旺盛な需要が続き、中国や韓国の企業は生産増強を図ってくるでしょう。中国は炭素繊維に17%の関税を課していますが、それでもわれわれの製品を購入しています。品質が評価されていると自負していますが、これからは中国品の品質も向上するでしょうし、品ぞろえや製品の品質で手を抜くことは許されません。

  ――中国企業との差はまだ大きいのでは。

 最前線にいる人たちのレポートを読み、自分自身も直接現場で話を聞くと、確実に縮まってきたと感じます。品質ではなく、産業という意味です。中国品は日本製と比べ品質は劣っているかもしれませんが、価格は抑えられています。コスト重視の傾向が強まっており、価格面は日本品よりも優位に立っています。

  ――需要は伸びるということですが、期待できる国・地域は。

 大きく伸長するのは米国と欧州です。中国も伸びるのですが、東レ製品の対象となる市場がどれだけあるかでしょう。われわれは出荷ベースの約3割が航空機用途ですので、やはりボーイング社が拠点を置く米国と仏・エアバス社がある欧州がメインになります。その航空機は2025年ぐらいにはミルドサイズが主流になってくるでしょう。

 炭素繊維には、繊維と中間基材、コンポジットの三つがありますが、東レの強みは中間基材で熱硬化と熱可塑の二つを展開できることです。熱可塑では買収したトーレ・アドバンスト・コンポジットが欧州と米国に拠点を持ちます。航空機はミドルサイズ機を中心に熱可塑の中間基材の採用が増えると予想され、ここでも強みが出せると考えています。

  ――航空機用途向けの戦略と、そのほかの用途はどうですか。

 ボーイング社については垂直統合型ビジネスが推進できています。一方のエアバス社に対しては東レの糸が活用されているのですが、中間基材まで直接提案できるようにすることが課題です。当社には糸だけでなく、樹脂も中間基材もあります。サプライチェーンマネジメントを組む利点を伝えたいですね。

 航空機以外では自動車分野にも目を向けていますが、中間基材の販売を一層強化します。中間基材にはプリプレグもあれば、炭素繊維複合材料のSMCもあるのですが、特に自動車分野ではSMCは不可欠です。コスト抑制も課題として横たわっています。

  ――どのような対応を図るのですか。

 次期中経ではマテリアルシステムをきっちりと構築したいと思っています。

 単なる糸売り、中間基材売りではなく、どのように使えばコストがミニマイズできるかというような部分にまで踏み込んだ提案です。

 さらに衝撃や熱などに対する解析技術を持っており、糸から成形加工に至るまで一貫したテクニカルサポートを提供していきます。

〈帝人 帝人グループ執行役員兼炭素繊維事業本部長 乾 秀桂 氏/熱可塑性で優位性を発揮/メジャーサプライヤーへ〉

――帝人の炭素繊維事業の強みは。

 炭素繊維事業本部では、炭素繊維そのものとそれを加工した中間材料(プリプレグ)を取り扱い、その先の複合材料(コンポジット)は別の部署が販売しています。炭素繊維には特性として強度と弾性率があり、その掛け算でさまざまな品種が生まれるのですが、ラインアップは他社と大きく変わりません。

 われわれの強みは中間材料です。プリプレグは熱硬化が一般的で市場の8、9割を占めているのですが、注目されているのは短時間成形できる熱可塑のプリプレグです。航空機用途を含めて、将来は主流になるといわれており、帝人の熱可塑の技術は他社よりも進んでいると思っています。

  ――他社との差は開いているのですか。

 ノンクリンプファブリック(NCF)という技術も持っています。一方向に並べた炭素繊維の束を化学繊維で縫い付けたシートを用いることで成形時間の大幅な短縮につながり、コスト効率の向上に寄与します。熱可塑性プリプレグとNCFの技術については相当な優位性があると認識しています。

 熱可塑やNCFの需要が拡大すると予想して継続的に力を入れてきました。熱硬化を得意とする企業も熱可塑に目を向け始めています。他社に追い付かれず、さらに差を広げていけるような活動を足元でも行っていますし、将来に向けても取り組む必要があると考えています。

  ――具体的にどのような活動をしているのですか。

 航空機では、2018年に熱可塑性樹脂を使用した一方向性プリプレグテープが一次構造材で米・ボーイング社から認定を受けました。共同開発とは言えないかもしれませんが、一体となって商材開発を行っていきます。技術を生かして、顧客が満足する製品を作るという取り組みを航空機メーカーと進めています。

 現在の航空機は熱硬化の一次構造材を使うケースがほとんどですが、今後、航空機は効率化の観点から小型の単通路機(ナローボディー機)が主流になるといわれています。小型機は将来、月間70~80機作られるようになり、1日に3、4個のパーツが必要です。短時間成形が可能な熱可塑性の材料が間違いなく求められます。

  ――航空機以外で拡大を狙う分野と事業戦略は。

 あくまでも航空機用途に重点を置きながら事業を展開していきますが、太い柱が一本だけではいけないのも確かです。スポーツやレジャーなどの用途の開拓にも力を入れる方針であるほか、アーバンエアモビリティー(UAM、都市航空交通)やドローンにも注目しています。

 事業戦略では糸売りからプリプレグでの展開へのシフトを加速していきます。2019年度上半期(4~9月期)の時点で糸売りは、数量ベースで炭素繊維事業本部全体の7割を占めていますが、25~30年度には糸売りとプリプレグ販売の比率を逆転させます。

 念頭に置いているのはプリプレグのメジャーサプライヤーです。商品開発力の強化を図ると同時に、営業力を高めてオーダーを獲得し、品質を含めて安定的に生産・供給できる体制をさらに固めます。組織もグローバル化に対応できる最適な形にしたいと考えており、21年の春には新体制を発足します。

  ――日本企業が炭素繊維で高いシェアを獲得できている理由は。

 端的に言えば日本企業が粘り強いからではないでしょうか。米国や欧州の企業はすぐに結果を求め、うまくいかなければ2、3年で事業を撤退します。欧米の企業は長い視点よりも短期的な視点が多いのですが、日系は時間をかけて育てようというところがあります。粘り強く取り組んだことがシェア向上につながったのだと思います。