2020年春季総合特集Ⅰ(4)/トップインタビュー/東洋紡/環境に折り合えるかが重要/社長 楢原 誠慈 氏/インドラマとナイロン66新工場

2020年04月20日 (月曜日)

 東洋紡は4月1日付の組織改正で、これまでの5本部を「フイルム・機能マテリアル」「モビリティ」「生活・環境」「ライフサイエンス」の4ソリューション本部体制に再編した。素材別の組織から顧客や社会の課題解決につながるソリューションを提供する取り組みを強化していくため、市場ごとにくくり直した新しい組織へと移行した。4月から中期4カ年計画の後半戦へと突入した同社。残る2年を新しい組織でどう切り開いていくのか。楢原社長に聞いた。(インタビュー日は3月19日)

  ――10年後、日本の繊維産業はどのように変わっているとみていますか。

 繊維の中でも、世の中に貢献できる事業は残っているでしょう。ただし、日本の繊維の規模が大きくなっているとは思えません。汎用品だけでなく高機能、高品質の素材が新興国でもどんどん生産されるようになっていきます。そういう状況を踏まえると、今後も生き残っていけるのは環境に折り合える商材、環境に優しい商材になるのではないでしょうか。

 リサイクル素材、バイオマス由来の素材、生分解性素材といった領域で、日本のメーカーは世の中の先頭を走っています。これらをもっと普及・浸透させていくのがわれわれの責任です。繊維だけでなくフイルムも同様ですし、環境に優しいフイルムの繊維への応用にも力を入れていきます。

  ――10年後の東洋紡の繊維事業は。

 例えばエアバッグやスーパー繊維は当社が得意とする技術開発力、高品質なモノ作りが評価してもらえる分野であり、今後も一定量を確保できるとみています。高強力繊維「ツヌーガ」が注目されていて、耐切創手袋向けの販売が好調です。海外でも同じような素材の開発が進んでいますが、われわれには数年先を走っているアドバンテージがあるため、まだまだ伸ばせると思います。

 エアバッグも、クルマそのものが今後、大きく変わっていく過程にあり、世の中の課題解決に貢献できる事業として成長を続けるでしょう。10年後も当社の柱であり続けるとみています。しかし、10年後の当社はフイルムや樹脂、ライフサイエンス、環境に優しい商材を主力に展開する企業になっていると思います。

  ――ライフサイエンスに期待している。

 まだそれほどの規模ではありませんが。ここは当社の得意分野です。新型コロナウイルスに感染しているかどうかを診断するPCR検査の試薬に当社の製品が採用されました。現在、原料を20倍増産できるように生産体制を組み替えています。われわれの技術が世の中の役に立っているわけです。非常事態に直面しているわけですから、最優先で増産を進めています。

 当社は酵素で診断する事業にも取り組んでいます。ノロウイルスの場合、検体を採取するのが難しいだけでなく、前工程で検体を処理する必要があり、これに時間がかかります。ところが、当社のノロ診断キットを使えば1時間もかかりませんから、病院で患者さんに待ってもらえるようになります。

 人工透析用の膜の場合、これまでの膜を使うと一定の割合で患者さんにショック症状が起こりました。当社の膜は一切ショック症状を引き起こさないことが世界中で認知されてきて、あちこちから供給を要請されています。ライフサイエンスも10年後には当社の柱に育ってくれていると考えています。

  ――組織再編を実施しました。

 リーマンショックを境に当社は改革から成長のステージへと転換しました。しかし、この10年で事業規模はそう大きくなっていません。構造改革の時期が長かったため、どうしても短期的志向に陥りがちでした。もっと中長期的な視点で今後の成長に取り組めるよう、社内のマインドを変える必要がありました。これまではフル操業になった時点で思考停止していました。そうではなくて、何のためにこの事業と取り組んでいるのか、マーケットや社会の課題解決のための事業であることを認識するために素材別ではなく用途別の組織に再編し社内のマインドも変える、というのが今回の狙いです。

  ――モビリティを独立させました。

 これが一つの目玉です。これまではエアバッグ、エンプラの各部門が別々に顧客に提案してきました。これを一緒にすることで情報の共有化が進みますし、ユーザーニーズに沿った共同開発への機運も高まります。もっと両者が連携し、自動車、航空機、あるいは鉄道関連分野を攻めていこうじゃないかということです。

  ――中期計画が3年目を迎えています。

 昨年、敦賀事業所第二で工場火災を発生させてしまい、影響は甚大でした。中期計画に掲げる最終年度で300億円の営業利益という目標の達成がだいぶしんどくなってしまいました。売り上げにおいても、エアバッグ用ナイロン66の設備を焼失させたことが当初計画よりも100億円前後の減収要因となってしまいました。

 エアバッグでは、インドラマとの合弁で先方の工場敷地内に年産1万㌧の新工場を建設します。新型コロナ感染拡大の影響で調印式の日取りが決まっていません。しかし、設備は既に発注済みですし、後は建て屋を立てるだけです。2020年の年末か21年の年初に試作糸の生産に着手します。

  ――衣料繊維事業は相対的に苦戦を続けています。

 頭を下げて買ってもらっている商材は今後も減っていくでしょう。衣料繊維の規模はもう少し小さくなるのかも知れません。しかし、「Zシャツ」のような当社でしか作れないような商材、環境に優しい商材には力を入れていきます。

 「エクスラン」(アクリル)は苦戦していますが、これ以上、規模が縮小すると事業として成立させられません。好調なアクリレートとのセットで頑張っていきます。

〈10年前の私にひと言/もっと自信をもっていいんだぜ〉

 10年前といえば、東洋紡が構造改革にめどをつけ、当時の坂元龍三社長が成長のステージに転換すると表明した頃。「私も盛んにポジティブシンキングと言っていた」。ところが、財務・経理畑が長く「本当にしんどかった時期を知っていた」だけに、もうひとつ積極果敢さに欠けていたという。PHP社の買収においても、仮に業績が悪化した時、東洋紡単独で持ちこたえられるかが気になり、インドラマとの共同ワークになった。「もっと自信をもってやっていいんだぜ」と、今になって思っているそうだ。

〈略歴〉

 ならはら・せいじ 1988年1月東洋紡績(現・東洋紡)入社。2006年1月グループ経営管理部長、同年4月グループ経営管理室長兼財務経理部主幹、同年12月財務経理部長、09年4月参与財務部長、10年4月執行役員、11年6月取締役兼執行役員、14年4月代表取締役社長兼社長執行役員