2020年春季総合特集Ⅱ(2)/繊維産業10年後の未来/ウエアラブルが普及している

2020年04月21日 (火曜日)

 「ウエアラブル」をキーワードとした事業が軌道に乗りつつある。この事業は、物を売ることが中心だった繊維企業に、サービスを提供することで対価を得るという新たなビジネスモデルをもたらす可能性を秘めている。現状と今後の方向を追った。

〈クラボウ/「スマートフィット・フォー・ワーク」/“共創”通じマルチデバイス化推進〉

 クラボウは暑熱環境下での作業リスク管理を支援するシステム、「スマートフィット・フォー・ワーク」を展開しており、2020年度から他社との連携を本格化させる。

 シャツタイプだけでなく、イヤータイプ、ウオッチタイプなどにも広げることでマルチデバイス化を進め、新規需要の創出を加速する。

 2017年3月に大阪大学、日本気象協会、信州大学などと取り組む産学連携プロジェクトを立ち上げ、その後、5月からスマートテキスタイル「スマートフィット」を使った約200人を対象とするモニター調査を開始した。

 建設業や運輸業に従事する作業者から暑熱環境下における作業リスクを低減するための対策が求められており、クラボウは心拍センサーなどが備わったスマートテキスタイルの活用で作業者にリスクが迫りつつあることを知らせるシステムの開発を目指した。

 5月から9月にかけて、建設現場の作業員らから心拍の状況、衣服内の温度、加速度といったデータを測定。延べ7千人分のデータを元に、暑熱作業リスクのアルゴリズム、体調変化推定のアルゴリズムを大阪大学、日本気象学会などとともに開発した。

 その後、引き続き建設会社や運送会社を対象に2回目のモニターを実施。前回の7千人分のデータを詳しく解析するとともにリアルタイムの気象情報を連動し、アルゴリズムの精度を向上させた。

 暑熱環境下での作業リスク管理を支援するシステム、スマートフィット フォー ワークを完成させ、18年5月から販売を開始した。

 18年は20社が採用。19年度の採用企業は50社に広がっておりその業種は建設、運輸、保全・メンテナンス、製造などに及ぶ。

 同社はウエアラブル市場について、「まだまだこれからのマーケット」とみており、20年度からは“共創”をテーマに掲げ他社との連携に着手する。

 2月に開かれた「第6回 ウエアラブル・エキスポ」に出展し、ミズノとイヤータイプで、セイコーインスツル、富士通とウオッチタイプで、東洋紡、ミツフジとシャツタイプでそれぞれ需要創出に取り組んでいくことをPRした。

〈ミツフジ「ハモン」/高まる“見守り”需要に応える〉

 10年後の「ハモン」は人の相棒になっているだろう――。独自技術の銀めっき導電性繊維を活用した生体情報マネジメントシステム、ハモンを展開するミツフジ(京都府精華町)の三寺歩社長が示すビジョンだ。電極となる銀めっき繊維、ウエア、トラスミッター、アルゴリズムの自社開発でウエアラブル市場でさらなる拡大を目指している。

 ハモンは発売から3年を経た現在、約400社7千ユーザーに導入され、中でも建設業で進む。取得した心拍などの生体データから眠気やストレスなどを可視化することで、作業者の暑熱対策や休憩のタイミングを判断することができるため、事故防止の一助となる。三寺社長は「暑熱対策での効果分析には、ある程度の時間がかかる。有効だと判断されれば導入数はさらに伸びていくだろう」と話す。

 今春、前田建設工業、産業医科大学(福岡県北九州市)との共同研究で、心拍数から深部体温の上昇変化を推定できるアプリケーションを開発。日常的な測定が困難とされる深部体温の推測が可能となった。さらに今冬、クラボウと作業者見守りなどのウエアラブルプラットフォームでの協業に合意。今後クラボウのスマートフィットのプラットフォームとの連携を進める。

〈期待されるヘルスケア分野〉

 作業者見守りのほか、ヘルスケアとスポーツ、メディカル分野も有望市場だ。特にヘルスケア分野は、自治体と連携して地域住民の健康管理のためのツールとしての役割が期待されている。トランスミッターを装着するウエアや導電性繊維電極テープなどを生産する福島県川俣町内の福島工場では、住民参画の実証実験が計画されている。さらに工場隣接地では、同町、立命館大学との産官学連携で「福島イノベーションビレッジ(仮称)」構想の実現に向けた動きが2021年から始動。健康や食、スポーツ分野で新しい技術や産業を生み出していく。

 働き方改革の一環として進むワーケーション。リゾート地や地方など、普段の職場とは異なる場所での柔軟な働き方が健康増進にどう影響を及ぼすのか。JTBとともに生体データを活用した実証実験も行っている。結果、ストレス度合いの70%が職場に通う“痛勤”によるものではないかということも分かってきた。「テレワークがさらに浸透すれば、競争力の高い郊外や地方の価値が上がってくるのではないか」と三寺社長。10年後に向けて、より働きやすい環境創出に向けて、ハモンが果たす役割は大きい。

〈東洋紡「ココミ」/システムでの販売を模索〉

 東洋紡はスマートウエア向けにフィルム状の導電素材「COCOMI(ココミ)」を展開する。優れた導電性能を持ち、厚さが約0・3㍉と薄くフレキブルで曲面にもフィットするため、体の動きにフィットする自然な着心地のスマートウエアを商品化できるのがココミの特徴。

 東洋紡は動物向けの販売を先行させており2016年、動物向けセンサーソフトウエアを開発・販売するアニコール(横浜市)が採用。競走馬の心拍数測定用腹帯カバーをココミで商品化した。

 時速70キロにも達する競走馬の全力疾走時、従来の電極では剥がれてしまい正確なデータを取ることができなかったという。

 しかし、ココミを装着すれば生体情報を安定的にモニタリングできる点が評価された。この用途での販売は「既に1000枚を超えた」としており、今後は豪州などの海外市場をにらんだ取り組みに意欲を示している。

 動物関連では、犬や猫といったペットを対象とするウエアの開発を進めており、総合研究所が中心となって「ペットの心拍数を図って何ができるのかを検討している」段階。ペットビジネスを展開する企業との取り組みを20年度中に具体化したいとしている。

 このほか、17年にはユニオンツール(東京都品川区)と長距離ドライバーの居眠り運転検知システムの共同開発に着手。18年には東海大学とスポーツ分野での生体情報計測用ウエア「スマートセンシングウエア」に関する共同研究契約を締結し活動を開始した。東北大学、ユニオンツールなどとは“産後うつ”を研究するため、妊婦用のスマートテキスタイルを開発している。

 2月に行われた「第6回 ウエアラブル・エキスポ」にはココミによる心拍計測用の「スマートセンシングウエア」標準シリーズを出展。着用者の幅広い体形を想定したタンクトップ、Vネック、スリーブレス、シームレスブラの4タイプを商品化した。

 熱中症対策や医療、介護のようなゾーンで今後、普及・浸透するとみており、「完成間近の開発案件を早く世に問いたい」考えだ。現状では素材販売にとどまっているため、システムとしての販売を模索していく。

〈東レ「ヒトエ」/次のターゲットは筋電〉

 東レは2013年に「hitoe(「ヒトエ)」の開発に着手している。当時、シルクと導電性樹脂とを組み合わせたスマートウエアの開発を進めていた日本電信電話(NTT)との共同で取り組んだ。

 この試みは、14年3月に装着するだけで心拍数、心電波形などの生体情報を測定できるウエアラブル、ヒトエとして具体化した。

 ヒトエは電気を通す導電性高分子を含浸させたポリエステルナノファイバーで商品化したストレッチニット。通常のポリエステルニットとは異なり、ヒトエの場合は高分子が細かな隙間に入り込みしっかり固着しているため、長期間の着用や繰り返し洗濯をしても優れた耐久性を示すという。

 身体に密着し、心臓の近くでデータを測定できるため、リストバンド型やほかのスマートウエアなどに比べ「正確に心電波形をとれる」というのがヒトエの特徴。

 東レは16年夏から「ヒトエ 作業者みまもりサービス」の提供を開始した。サービスには心拍数などの取得、クラウドシステムによる取得データの可視化、危険が推定される可視化項目を取得したときのアラート(警報)の発信が含まれる。

 建設業の現場作業者向け、製造業の工場ワーカー向けを中心に販売実績を積み重ねてきており、「まだ黎明期」と見る作業者見守り関連分野での浸透・定着を目指した販促ワークに今後も力を入れていく。

 当初はデータをクラウドに転送するシステムで展開してきたが、19年1月以降、個人のスマートフォンにシステムをインストールできるアプリを導入し、第2世代に位置付ける「ヒトエみまもりサービス」を打ち出した。

 今年は「筋電にチャレンジする」ため、2月上旬に開かれた「スポーツビジネス産業展」に出展。ゴルフのスイングのような大胆な動きを連続的に測定し可視化する技術の具体化を大学やスポーツアパレルの研究機関と共同で開発したい考えだ。

 NTTもスポーツ分野での取り組みを進めており、ヒトエをベースとするウエアラブル生体センサーなどを駆使した科学的なトレーニング支援技術を開発。アシックスなどの協力を通じ、ラグビー選手を対象に実施した実験でその有効性を実証したという。