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創刊70周年記念特集(2)/次の革命は2025年が起点/Special Interview/ノーベル化学賞受賞・旭化成名誉フェロー 吉野 彰 氏

2020年04月27日 (月曜日)

 リチウムイオン電池によるモバイルIT社会実現への貢献が評価され、2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰旭化成名誉フェロー。2025年には環境エネルギーに関する新たな革命が始まり、世の中は大きく変わると予想する。世界はどの方向に進み、繊維産業はどのように変化するのだろうか。

  ノーベル化学賞の受賞、改めておめでとうございます。現在の率直な思いを教えてください。

 昨年の10月に受賞が決まり、12月に授賞式典が行われたのですが、正直に言うと実感はまだありません。今回の受賞には大きく二つ理由があり、一つ目はリチウムイオン電池の開発によるモバイルIT社会実現への貢献です。この理由だけであれば喜びに浸ることができたと思います。しかし、もう一つあった受賞の理由がそれを許しませんでした。

 それは地球環境問題に対する貢献への期待です。サステイナブル(持続可能な)社会はまだ実現できておらず、これから本格的に取り組むべきものです。新たな課題を突き付けられ、「のんびり喜んでいては駄目」と言われた気がして、何かをやらなければという使命感が湧き上がっています。

  地球環境問題に貢献することの意義は。

 地球環境問題の解決に貢献することは世界共通の目標であり、日本はもちろんですが、幾つもの国・地域が解決に向けて動き始めています。一つの技術だけではなく、さまざま技術が登場し、それらが交わりながら新たなイノベーションが生まれ、環境問題の解決につながっていくのだと思います。

 別の言い方をすると、地球環境問題の解決を通じて新しい産業が生まれる可能性が秘められています。経済性や利便性を備えながら地球環境問題の解決にも貢献できる技術や製品があれば誰も反対しないでしょうし、売れるでしょう。重要なのは、それをどの国の誰が作るかです。最初に生み出した者が世界を制覇します。

  環境問題は国・地域でそれぞれの思惑があり、足並みをそろえるのは難しいのでは。

 確かにその通りです。なぜそうなるのかと言えば、環境問題を優先すると経済が成り立たなくなるからです。地球環境問題に資する技術・製品はたくさんあるのですが、普及しないのは経済性や利便性が伴わないからです。それらの課題が克服できれば、各国・地域の足並みもある程度そろうのではないでしょうか。

 実は、太陽電池など、経済性でもう一歩のところまで来ている技術や製品もあります。今のコストを半分にできれば瞬く間に浸透していくことでしょう。それを実現し、普及させるには政治的な力も必要になりますが、やはり技術革新がもたらすものであると考えています。

  リチウムイオン電池はET(エネルギー・テクノロジー)革命を起こすと予言されています。世界はどのように変わるのですか。

 先ほども言いましたが、地球環境問題に貢献する製品はたくさんあります。技術そのものは良いのですが、経済性と利便性が伴っていません。10%、20%のコストダウンは可能かもしれませんが、求められているのは2分の1、3分の1、5分の1に抑えることです。これは非常に難しいと言わざるを得ません。

 このため従来の考え方から脱却し、何らかの方法でコストを抑える必要があります。今は製造などでかかったコストを、一般消費者が高い金を払うという形で負担しています。しかし、コストはあくまでも製造する側の論理です。これからは消費者にいかに安く使ってもらうかを考える時代です。

 例えば、シェアリングがまさにその発想です。1人で使ってきたから価格が高かった。でも10人でシェアすれば、1人当たりのコストは10分の1にまで下がります。既にITの世界では当たり前になっていてクラウドがその代表例です。これが広がっていけば、物自体が高くても、使う人の負担は小さくなります。

 自動車は間違いなくそのような方向に進んでいます。コネクテッドのC、自動運転のA、シェアリングのS、電動化のEからなる「CASE」がまさにそれです。自動運転は製造コストが2倍になりますが、10人でシェアすれば1人当たりの負担は5分の1に抑えることができます。

  こうした革命はいつ目に見えてくるのでしょうか。

 本格的にスタートするのは2025年と予想しています。自動運転自動車や第5世代移動通信システム(5G)が一般に普及するのが2025年だからです。1995年にIT革命がスタートしたことに気付いた人が少なかったのと同じように、最初は誰も意識しないかもしれませんが、2030年には2025年がエポックだったと多くの人が振り返るでしょう。

 グローバル化が進展する中、発信源は当然あるでしょうが、革命は世界で同時に進行していきます。あっという間に広がり、乗り遅れると大変なことになります。2025年は大阪で万博が開催される年でもあるので、どのようなメッセージが発信されるのか、楽しみです。

  繊維専門新聞社のダイセンは1950年に創業しました。その当時、旭化成は売上高の66%が繊維関連でした。2018年度は8%にまで落ちています。これをどう見ますか。

 汎用的な繊維は衰退しましたが、中空糸の技術などはセパレータや人工腎臓などにつながっています。繊維関連事業の売上高は縮小しましたが、いろいろな技術のベースになっているのも事実です。旭化成に残っている繊維の事業についても、他の企業では作ることができない基幹素材ばかりです。これらはまだまだ伸ばしていけると信じています。

 繊維に限ったことではなく、日本の製造業は厳しい状況にありますが、悲観は要りません。基幹素材は優位性を保ったままでいるからです。ただ、優位性を保っているうちに次の手を打つ必要があります。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のような川下企業と連携して強いサプライチェーンを作る必要があります。

  日本の製造業は何に強みを見いだし、どのように磨けばよいのでしょうか。

 まずは川上を死守することだと感じています。ただし、川上だけでは次の開発目標を見失ってしまいます。やはり川下的な部分を補完するような構造にしておかないと、いずれ衰退していきます。理想は川下と組むことですが、そのほかに自分が作っている基幹素材を使う立場で評価できる機能を自社で持っていないといけない。

 川上が川下の視点や思考を持つことは重要なことであり、これは大企業だけでなく、中小企業にも言えます。日本には大きな企業を支える中小企業も数多く存在します。大企業が全てをできるわけではありませんし、世界最高レベルの技術を持つ中小企業は日本の製造業には欠かせない存在です。

 よしの・あきら 1948年大阪府生まれ。72年京都大学大学院工学研究科を修了し、旭化成工業(現旭化成)入社。2001年電池材料事業開発室室長、03年グループフェロー、05年吉野研究室室長、15年旭化成顧問などを経て、17年名誉フェロー。19年12月スウェーデン王立科学アカデミーより「ノーベル化学賞」