特集 高性能繊維/成長へ前向きな姿勢崩さず

2020年09月08日 (火曜日)

 高性能繊維・スーパー繊維の市場は順調に拡大してきた。その流れに水を差したのが新型コロナウイルス感染拡大だ。都市封鎖(ロックダウン)が実施された欧米市場での落ち込みが大きく、2020年の販売は前年と比べて苦戦が続く。ただ、中長期的には成長が期待できるとして、各社は前向きな姿勢を崩していない。

〈中長期的には市場は拡大〉

 アラミドや高強力ポリエチレンなどに代表される高性能繊維・スーパー繊維は19年まで着実な成長を遂げていた。環境や安心・安全への意識が世界中で高まったことが背中を押し、一部の繊維は需要に供給が追い付かない状況が続いていた。そうした流れを一変させたのが新型コロナ禍だった。

 主力用途の一つだった自動車は生産台数が減少し、航空機分野も低迷した。都市封鎖に伴う工場の操業休止で耐切創性手袋や作業服(防護衣料)の需要が縮小した。企業によってばらつきはあるが、おおむね4~6月は厳しかったようだ。少しずつ回復が見られるものの、先ははっきりと読めない。

 とはいえ、各社ともに中長期的には市場は拡大すると捉えている。新興国を中心に安心・安全への要望が高まり、高性能繊維・スーパー繊維の活躍の場が広がると予想しているからだ。各メーカーは、ウィズコロナ・アフターコロナを見据え、高機能化や新用途開拓に改めて注力している。

 そうした中で要求が高まりそうなのがサーキュラーエコノミー(循環型経済)への対応と言える。マテリアル・ケミカルリサイクルは難しい部分もあるが、端材の再利用・再活用は活発化しそうだ。

〈増産・増設に意欲/クラレ〉

 クラレは1990年にスーパー繊維「ベクトラン」の操業を開始しており、この2~3年はフル操業・フル販売を続けてきた。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、欧州連合(EU)域のユーザーのロックアウト、生産調整に影響され、「5月ごろから苦戦に転じた」と言う。

 ベクトランはポリアリレート系の高強力繊維。引っ張ってもなかなか切れない高強力、水を吸いにくい低吸湿性、耐摩耗性などに優れている。同社はこれらの物性を生かしベクトランをロープやスリングベルト、ケーブル、テンションメンバー、漁網、航空宇宙、スポーツ用品などの用途に打ち出してきた。

 生産量に限りがあるため、20年度は好採算なアイテムへの用途転換による収益性の改善・向上を重視。小回りを利かせられる生産体制、多彩な品種構成を生かし、「改めて新規用途の開拓に力を入れたい」との方針を掲げている。

 商品開発においては、もっとも細い品種(28DTX・5F)を10Fや20Fにマルチフィラメント化した長繊維の開発を急いでおり、織物などの用途で求められているという柔らかさの実現を目指している。

 第5世代移動通信システム(5G)の普及・浸透に伴う需要の増大を見込んでいるほか、現状の設備能力ではこれ以上の引き合いに応えていくことができないため、ベクトランの増産を検討し始めた。

 新型コロナ禍で「まだ状況が不透明」なため20年度は見送り、22年度からの中期5カ年計画の早い内に増産計画を経営側に提案し、旺盛な需要に対応すべく生産体制の増強に着手する。

〈今後も方向性変えず進む/帝人〉

 パラ系とメタ系の両方のアラミド繊維を販売する帝人。新型コロナウイルス感染拡大もあってオートモーティブ関連分野で負の影響を受けるものの、「中期の方向性は変わらない」と強調する。メタ系では防護衣料分野での拡販に力を入れ、パラ系では量やプレミアムゾーンで存在感を示す。

 メタ系アラミド繊維「コーネックス」は、長期耐熱性や難燃性などの特徴を持ち、各種フィルターや防護衣料(消防用防火服、工場ユニフォーム)などに使われる。この中でフィルター分野は需要が縮小基調にあり、価格抑制要求も強まっていることから、防護衣料向けの比率を高める。

 中でも期待するのがASEAN地域や化学プラントがある中東などでの伸び。新工場の立ち上げや安全に対する意識の高まりで大きな市場が形成される可能性があると予想する。「新市場では、(顧客は)ゼロベースで採用を検討してくれる。機能面やスペックで勝負できる」と話す。

 パラ系では「トワロン」のオランダでの増設計画を着実に進めるほか、「テクノーラ」はプレミアムゾーンを中心に販売拡大に取り組む。パラ系では、補修需要が拡大しているインフラ・土木が堅調に推移すると予想する。“アラミド繊維は適さない”とされていた係留索の提案も改めて進める。

 社会的要請が高まっているサーキュラーエコノミー(循環型経済)の推進にも重点を置いている。トワロンでは端材や使い終わった製品を回収し、パルプ化して価値のある物に生まれ変わらせる。テクノ―ラやコーネックスについても環境への対応を積極的に図っていく。

〈高性能化の加速が焦点に/東洋紡〉

 東洋紡は高強力ポリエチレン繊維「イザナス」の高性能化で、欧州市場への参入や日本での新用途開拓を図る。高性能糸の開発・販売は事業を拡大する上で大きなポイントと捉えており、強度を向上した商品やクリープ(伸びなど)を改良したタイプをラインアップに加えていく。

 新型コロナウイルス禍は、スーパー繊維の需要縮小をもたらした。特に都市封鎖に伴う工場休止などが実施された欧米の落ち込みが大きいといわれている。イザナスは日本での販売が全体の約90%を占め、輸出比率が高いスーパー繊維と比較すると影響は少なかった。

 その半面で、日本市場だけでは伸び代が限られるという問題点もある。繊維機能材事業総括部はイザナスの成長に向けて欧米市場にも打って出る方針で、高性能糸をその中心商材に据える。4月から釣り糸向けの「SF」シリーズの展開を始め、8月には高強度糸のサンプルワークを開始した。

 国内では浮体洋上風力発電設備を係留するロープに注視している。長期間係留すると繊維が少しずつ伸びる(クリープ)が、それを改良する製品の開発に入っている。釣り糸向けや高強度糸を含めた高性能糸は500㌧規模に育てたいとし、高性能糸製造に特化した工場の建設も検討する。

 高強力ポリエチレン繊維「ツヌーガ」では接触冷感性を生かし、寝装品関連での展開強化を狙う。欧米向けでマットレス側地を提案しているが、採用が進み始めているという。PBO(ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール)繊維「ザイロン」は消防服などでの拡販に力を入れる。

〈特性生かして需要を開拓/東レ・デュポン〉

 東レ・デュポンは、パラ系アラミド繊維「ケブラー」の特性を生かした用途開発を強化する。耐切創性や耐熱性ではワークウエア分野の深耕を図り、構造物の補強・劣化補修用途から新たに耐衝撃性の特性にも目を向ける。社会的要請が高まっている環境対応にも注力し、糸・生地の再利用なども進める。

 ケブラーの販売は、ゴム資材やブレーキパッドなど自動車関連向けが6割強を占めている。非自動車分野では耐切創性手袋用途で実績を重ねてきたが、今後は需要の拡大が見込めるワークウエアやインフラ関連(構造物補強など)での展開も加速する。

 ワークウエアでは、鉄鋼会社やガラス製造会社などと連携している。それぞれの作業内容に合わせて仕様を変更したウエアを提供しており、採用も着実に増えてきた。機能性はもちろん、作業性を加味していることなども評価につながっている。生地製造会社や縫製会社と組んで開発を進めている。

 インフラ関連は、高度経済成長期に建造された高速道路や橋などで補強・補修の必要性が高まっていることから拡販の余地が大きいとみる。炭素繊維をはじめ、競合する繊維素材は多いが、耐衝撃性といったケブラーが持つ特性の訴求、顧客と一体となって工法開発に取り組むことで差別化する。

 社会的要請が増えてきた環境対応も積極的に進めている。自社の工場内で発生したくず糸などをパルプ状にして再利用しているほか、顧客の工場などから残糸を回収し、協力工場で紡績糸などに再生するなど、さまざまな活用法にも取り組んでいる。