寄稿/抗ウイルス加工技術・製品について/クラボウ繊維事業部 技術部・技術課 博士(学術) 梁井 啓史 氏

2021年02月26日 (金曜日)

やない・ひろし 2012年 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科応用生物学専攻博士前期課程修了。同年、倉敷紡績株式会社に入社、12年同徳島工場で染色加工の生産、品質管理業務に従事。15年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科生命物質科学専攻博士後期課程修了。20年から倉敷紡績株式会社大阪本社で抗菌、抗ウイルス加工技術の開発や評価試験業務に携わり、現在に至る。

1.はじめに

~ウイルスと人類の戦い~

 人類の歴史において感染症は大きな脅威であり、甚大な被害を受けてきました。感染症はウイルス、細菌、寄生虫などの病原体によって引き起こされますが、中でも細菌のペストやコレラ、ウイルスによるスペイン風邪(H1N1亜型インフルエンザ)はそれぞれ5千万人以上もの死亡者が発生したとされています。これは戦争を含めたあらゆる死因に匹敵する数であり、人類にとっていかに大きな脅威であるかが伺えます。一方で、感染対策や治療法も着実に進歩し、細菌に対しては特効薬である抗生物質の発見や合成化学療法薬剤の開発により、細菌自体を死滅させる治療が可能になってきています。ウイルスに対しては生体内で直接ウイルスを不活化させるような特効薬と呼ばれるものがないものの、ワクチンの開発による感染予防や、少数ながら抗ウイルス薬などの医薬品による症状の緩和により感染者数や死亡率が軽減されています。しかしながら、大流行を起こしたペスト、コレラなどは決して過去の感染症ではなく、近年においても感染者が発生している状況にあり、唯一、人類が克服した感染症は天然痘のみとされています。

 さらには1970年以降に新たに出現した感染症も多くあり、新興感染症と呼ばれています。細菌では腸管出血性大腸菌O157:H7による出血性大腸炎、ヘリコバクター・ピロリ菌による胃炎など、ウイルスではノロウイルス感染症、エボラウイルスによるエボラ出血熱、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による後天性免疫不全症候群(AIDS)、SARSコロナウイルス(SARS-CoV-1)による重症急性呼吸器症候群(SARS)、インフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09による新型インフルエンザ、MERSコロナウイルス(MERS-CoV)による中東呼吸器症候群(MERS)などがあります。その他、鳥インフルエンザや口蹄疫などの家畜病を引き起こすウイルスも存在しており、現在もなお世界では様々な感染症リスクが生まれ続けています。その中、2019年から現在にかけて感染爆発を引き起こしている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、またたく間にこれまでの日常生活を世界中から奪ってしまいました。もはやパンデミックは医療レベルが未熟な時代のものではなく、現代においても常にそのリスクがすぐ近くにあることを思い知らされました。

 このような状況下で少しでも感染リスクを軽減するために、各分野でさまざまな抗ウイルス性製品が注目され、繊維業界においても以前より開発が進められてきた抗ウイルス性製品の需要が急増しています。そこで本解説では世界中で脅威となっているウイルスの基礎知識から、抗ウイルス性繊維製品の効果とその評価方法についてご紹介します。

2.ウイルスとは

 突然ですが、生物の定義とは何でしょうか?動く、呼吸する、有機物であるなど、いろいろな意見がありますが、生物にとって最も重要なことは核酸やタンパク質を自己複製できるか、という点です。ウイルスは複製の設計図となる核酸(DNAまたはRNAのどちらか)を持ちますが、その設計図を読み取って組み立てる工場(細胞小器官)を持っておらず、自己複製を行うことができません。そこで、ウイルスは生物の細胞に侵入(感染)し、その細胞にある工場を利用して増殖します。このようにウイルスは自身だけでは複製できないため、学術的には非生物とされています。

 ウイルスの一般的な大きさは約10~100nmであり、花粉と比べると1/300~1/3000程度になります。基本構造は、図1のように核酸を持ち、それをタンパク質の殻(カプシド)が覆っています。さらにウイルスによっては、その外側に脂質とタンパク質からなるエンベロープを持っているものもあり、この有無によってエンベロープウイルスとノンエンベロープウイルスに分類されます。エンベロープウイルスにはインフルエンザウイルスやコロナウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、B型・C型肝炎ウイルス、麻疹ウイルスなど、ノンエンベロープウイルスにはノロウイルスやカリシウイルス、アデノウイルスなどが属しています。

 次に、ウイルスが増殖するには、まず宿主となる細胞に結合する必要がありますが、いずれのウイルスも表面に細胞に吸着して侵入するための鍵を持っており、その鍵に合う鍵穴を持つ細胞に感染することができます。インフルエンザウイルスとコロナウイルスを例にとって詳しく見ると、その構造は図2のようになっています。

 インフルエンザウイルスはエンベロープを持ち、その表面にはヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)というタンパク質が存在します。HAはH1~H16の16種類、NAはN1~N9の9種類が存在し、それぞれの組み合わせによってさまざまな亜型が存在します。過去にパンデミックが発生したものでは、1918年のスペイン風邪(H1N1亜型)、1957年のアジア風邪(H2N2亜型)、1968年香港風邪(H3N2亜型)が知られています。現在、毎年流行している季節性インフルエンザはその中のH1N1亜型、H3N2亜型が主となっています。鳥インフルエンザではH5N1亜型などがあり、高病原性であることやヒトへの感染が確認されていることから新たなパンデミックの発生が懸念されています。

 このHAが宿主細胞の表面にある受容体(シアル酸含有糖鎖)に特異的に結合することで感染が成立し、次のステップとして細胞へ侵入します。NAは細胞内で増殖したウイルスを細胞から放出させる(出芽)役割があります。図3は宿主細胞にインフルエンザウイルスが感染した状態の電子顕微鏡写真で、細胞から出芽する際はひも状になっています。一方ウイルスに感染した細胞は、最終的には破壊され死んでしまいます(変性する)。

 コロナウイルスは図2の様にウイルス表面にスパイク(S)タンパク質という突起が並んでおり、太陽の光冠や王冠の様に見えることから、ラテン語の「crown」に由来する「corona」が命名されました。このスパイクタンパク質が宿主細胞の表面にあるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)をはじめとする受容体に結合することでコロナウイルスは細胞へ侵入します。新型コロナも同様の仕組みで感染することが報告されています。

 このようにウイルスは自身の表面に鍵となるタンパク質を持ち、細胞へ吸着、侵入するのですが、言い換えれば、その鍵を失うと感染できなくなる、つまり不活化状態になるということです。ウイルス表面のエンベロープは、アルコールや界面活性剤などの消毒剤により壊されやすく、エンベロープが破壊されたウイルスは鍵を失うため、感染できなくなります。一方、ノンエンベロープウイルスは脂質膜であるエンベロープを持たないので、アルコールなどでは破壊されにくく、次亜塩素酸など比較的強い消毒剤による処理が必要であり、エンベロープウイルスと比べると不活化されにくいという特徴があります。

3.抗ウイルスとは

 風邪を引いた時に処方される、いわゆる風邪薬はウイルスの感染経路を断ったり、風邪の症状を緩和させるものであり、直接ウイルスを破壊したり減少させるものではありません。抗生物質(抗菌薬)は抵抗力低下による細菌の日和見感染を予防するためのものであり、ウイルスには効果がありません。それでは抗ウイルス機能を持つ繊維製品は、ウイルスにどのように作用するのでしょうか。

 新型コロナウイルスの出現により、「抗ウイルス」という言葉をよく見掛けるようになりましたが、繊維業界においても抗ウイルス加工薬剤、抗ウイルス加工技術や素材が次々に開発されています。例えばクラボウの抗菌・抗ウイルス繊維加工技術「クレンゼ」、東洋紡の「ヴァイアブロック」、シキボウの「フルテクト」、日清紡テキスタイルの「バリエックス」、東レの「マックスペックV」などさまざまな製品が展開されています。これら繊維製品が実際にどのようにウイルスに対して作用するのかをご紹介します。

 そもそも繊維製品における抗ウイルスの定義は、JISL1922では「ウイルス表面のたんぱく質を変性させ得る又は構造に損傷を与え得る性能」とされています。つまりウイルスを直接破壊する作用が求められています。例えば、先に述べたようにウイルスのエンベロープを変性または破壊することで、ウイルスを感染できない不活化状態にするといった作用も含まれます。このようにウイルスに直接作用する消毒剤として界面活性剤などが良く知られており、新型コロナウイルスにも効果があることが確認されています(表1)。

 この中の陽イオン系界面活性剤である第4級アンモニウム塩系薬剤が繊維製品にも多数利用されています。第4級アンモニウム塩はウイルスのエンベロープを破壊することが報告されており、繊維に固定化することで繊維上に付着するウイルスを不活化することが可能となります。その他にも銀や銅などの無機化合物やナノ粒子を加工した素材もあり、金属イオンの効果や、金属触媒による活性酸素等の効果で、ウイルスを破壊するといった作用メカニズムを持つものもあります。

4.抗ウイルス性評価方法

 ではこれらの抗ウイルス性繊維製品の性能評価はどのようにして行われるのでしょうか。

新型コロナの感染確認方法として、PCR(PolymeraseChainReaction; ポリメラーゼ連鎖反応)検査をよく耳にしますが、PCRはウイルスを検出することは可能であるものの、ウイルス量の測定やどれだけウイルスが減少したのかを評価することには向いていません。そのため繊維製品においては抗ウイルス性能を把握するために、ウイルスがどの程度減少するかを定量的に評価することのできる手法が開発されています。

 繊維製品の抗ウイルス性試験方法は国際規格ではISO18184、国内規格はJISL1922で定められています。両規格ともエンベロープウイルスはインフルエンザウイルス、ノンエンベロープウイルスはノロウイルスの代替としてネコカリシウイルスが対象ウイルスとされています(ノロウイルスは生体外で培養する技術が確立されておらず、評価試験には不向きなため)。以下にJISL1922の概要を示します。

①一定量の繊維片にウイルス懸濁液を接種する。

②一定時間静置し、繊維片とウイルスを作用させる。

③繊維片からウイルスを洗い出し、回収する。

④回収したウイルス液をそのウイルスに適した宿主細胞に感染させ、一定期間(数日~一週間程度)培養した後、感染価(細胞感染性を有するウイルスの量)を測定し、抗ウイルス加工布と未加工布(またはJISで定められた布地)の感染価を比較して抗ウイルス活性値を算出する。

⑤感染価測定試験が成立していることを確認するため、ウイルス回収液自体に毒性がないか、繊維片からの加工剤の溶出がないかを対照試験として本試験と同時に実施する。

 評価のポイントとなる感染価の測定は、プラーク測定法やTCID50測定法など数種類の試験方法が認められていますが、これらはウイルスが感染した細胞の変性(形態変化)を観察することでウイルス数を定量することができます。ここでは各試験機関で採用されているプラーク測定法を紹介します。プラークとは細胞に感染して増殖したウイルスが次々に隣接した細胞にも感染を拡大し、感染により変性した細胞が集合体として目に見える大きさになったものです。

 プラーク測定法では図5の手順により、得られたプラーク数をカウントすることでウイルス感染価を算出します。そして、抗ウイルス未加工布と抗ウイルス加工布の感染価を比較し、その差が抗ウイルス性能の指標となる抗ウイルス活性値として算出されます。この抗ウイルス活性値が3.0以上で「十分効果あり」(未加工布に対して加工布のウイルス量が1/1000以下になっている)、抗ウイルス活性値が2.0以上3未満(ウイルス量が1/100~1/1000)であれば「効果あり」と判定されます。

 これらの試験を行うに当たっては、繊維からの加工処理剤の溶出など、抗ウイルス性能以外の要因が試験結果に影響を与えていないことを対照試験として実施し、問題がないことを確認して評価試験が完了となります。

 また、抗ウイルス加工繊維製品は一般社団法人繊維評価技術協議会によるSEKマーク認証も行われています。試験対象ウイルスはインフルエンザウイルス、ネコカリシウイルスのいずれか又は両方を選択でき、評価基準は抗ウイルス活性値が3.0以上となっています。

5.最後に

 繊維製品は医薬品ではないため、病気の予防や治療につながるような表現ができません。そのため、細菌やウイルスの具体的な種類やその作用メカニズムを製品に表記することができず、「ウイルスを減少させる」といった表現しかできない実情があります。しかしながら、今回ご紹介したように抗ウイルス性繊維製品はウイルスへの効果がしっかりと確認されていますので安心してご使用いただきたいと思います。中には、新型コロナウイルスへの効果が確認されている繊維製品もあります。

 今回の内容で少しでもウイルスについての理解が深まり、皆さまの予防活動にお役立ていただければ幸いに思います。新型コロナウイルス禍の影響はまだまだ大きく、先が見えない大変な状況が続いています。日常の中でも衣服に付いたウイルスを家庭に持ち込んでしまう、あるいはそれが食事の時に口に入ってしまうといったリスクを心配、不安に感じておられる方も多くいらっしゃるかと思いますが、抗ウイルス性繊維製品であればそのリスクを低減させることができます。皆さまが安心、安全に生活できるよう、これからもより一層の開発、製造を進めてまいりたいと思います。最後までご覧いただき、ありがとうございました。