特集 アジアの繊維産業Ⅰ(3)/コロナショック下の日系企業は今/インドネシア編/感染抑止と構造改革を両立/東海染工のTTI/メルテックス/東洋紡インドネシア

2021年09月21日 (火曜日)

〈現地経済は復調の兆し〉

 最近まで世界でも最悪の感染状況にあるといわれたインドネシア。今年6月時点で新型コロナウイルスの1日の新たな感染者数は5千人ほどだったが7月15日には過去最多となる5万6千人にまで膨れ上がった。それ以降2カ月をかけて減少傾向をたどり9月初旬は再び1万人台を割り込むようになっている。

 かつてない感染爆発に見舞われたインドネシアだが、経済状況は少しずつだが着実に回復に向かっている。アジア開発銀行の7月の発表ではインドネシアの2021年の実質GDP成長率は4・1%。20年が1998年のアジア通貨危機以来のマイナス成長だったことを考えれば、今も不透明感が漂うものの状況は確実に改善へと向かっているとみてよさそうだ。

 現地の繊維・ファッション産業も少しずつだが状況は好転している。インドネシアでは感染の急拡大を受け7月から州や地域単位でモールなどの休業、消費者や事業者への行動規制を伴う「緊急活動制限」が実施されてきたが、8月10日にはジャカルタを含むジャワ島の4都市の商業施設で試験的に営業を再開するなど規制緩和が進んでいる。

 世界の消費の戻りもインドネシア生産の増勢を支える。中国、米国、欧州、日本でもワクチン接種が進み、それぞれのマーケットでの繊維製品の消費に回復が見られ、間接的にインドネシア工場の糸や生地の生産量アップにつながっている。

 こうした中でも、インドネシアの日系繊維企業は緊張状態を強いられる局面が続く。この夏、現地で新型コロナに感染し亡くなった日本人が急増したためだ。現地での感染で昨年からこれまでで20人弱が死亡したとされるが、そのうち5人が今年6月下旬から7月上旬に集中した。

 このため日系繊維企業は急きょ、日本人従業員を順次帰国させワクチン接種を受けさせるなどの対応に追われた。生産現場では、これまで以上に厳重な感染防止対策を続けながら業容の回復やこれまでの構造転換に取り組むという難しいかじ取りが続く。

〈“環境”という付加価値〉

 インドネシアは豊富な生産労働人口や中国に比べて人件費が低いことから汎用的な糸、生地を大量に作る拠点としてこれまで存在感を発揮してきた。ところが、毎年5%の経済成長に伴い、最低賃金の上昇ペースが速まり、日系企業とってはいかに付加価値ある素材を現地で作るかということが事業存続の鍵となる。

 とりわけ、世界的な環境意識の高まりを受け、リサイクル素材の開発や生産工程における環境負荷の低減に向けた取り組みが近年、活発になっている。東レインドネシアグループや帝人フロンティアインドネシアは再生ポリエステル原料やリサイクル糸の製造をビジネスに育てようと製販両面での投資を続けている。新型コロナ禍で動けない期間が続くが、アフターコロナを考えれば、今後、成長の起爆剤となりうる分野だ。

 日清紡テキスタイルのインドネシアグループはコストダウンを継続するとともに、環境・健康を軸とした機能性商品の開発を進める。同時に、環境配慮型工場への転換を加速し、インドネシア国内、中東、欧米向けのビジネスの拡大に力を入れる。

 ユニチカの紡績子会社、ユニテックスやユニチカトレーディングインドネシアは強みのパルパーの現地での拡販や高機能糸・生地の現地生産に力を入れる。今年はシキボウとの連携もスタート。お互いに強みとなる素材の販売で協力したり、共同で新素材を開発したりといった構想を持つ。

 先行きの見通せない中、日系企業はこれまで以上に感染抑止に力を入れながら、汎用繊維素材からの脱却やこれまで進めてきた事業構造の改革を、外部環境の好転や変化に合わせて少しずつでも実行する――。こうした忍耐強さと小さな前進を積み重ねる姿勢が重要な局面にある。

〈東海染工のTTI/新たな素材や分野に挑む〉

 東海染工グループのトーカイ・テクスプリント・インドネシア(TTI)は内販向けのプリント地・加工を主力とする。新型コロナウイルス感染症の拡大による需要の減退で、同社は「新型コロナ禍以前の受注内容や数量に戻るのはまだ先になる」とし「完全に戻らない可能性もある」とみる。

 このため加工数量の減っている中でも投資ができる体質にするためにコスト削減による利益確保に重点を置く。加工のための原材料で値上げされる品目が多いため、品質を維持した上でコスト削減効果がある代替品への変更を進める。

 加工数量を増やすために、これまで同社が手掛けてこなかった分野の受注獲得にも力を入れる。例えばレーヨンのプリント、無地染め、バティック、サルーン、ヒジャブといったイスラム民族衣装、ポリエステル素材への分散プリントなどの受注を取り込む方針。

 2021年上半期(1~6月)はインドネシア国内で行政が主導する大規模な社会的制限の中での操業だった。昨年の下半期後半の加工数量は新型コロナ禍以前の5割程度にとどまった。21年に入ってやや持ち直し、新型コロナ禍以前と比較して6~7割程度にまで改善した。前年よりレバラン大祭に向けた製品の作り込みが多かったことが伸長の要因。

 現在、シフト制の24時間で工場を稼働させている。各機械の状況に応じた稼働体制で日産は6~8割程度となっている。7月からは再び新規感染者が激増し、受注が大きく減少。8月に入って再び回復しているが今後の見通しは不透明だ。対日、第3国ビジネスは19年比8割程度にまで戻ってきているもよう。

〈メルテックス/紡績、織布の復旧急ぐ〉

 シキボウのインドネシア紡織加工会社、メルテックスの主力は綿・ポリエステル混糸で用途はユニフォームやシャツといった衣料から産業資材向けまで幅広い。日系の商社から受注が多く底堅く入っているもよう。

 糸の生産拠点が近年、中国からベトナムへとシフトしていることが好調の背景にある。同社の藤井英司社長によると現在、ベトナムの紡績工場の多くがフル稼働の状態にあり、ベトナムで受け切れない需要が、インドネシアに来ているという。メルテックスの紡績は今年1月ごろから回復基調に入り、7月にはフル稼働にまで回復した。

 受注回復の要因として、中国や欧米経済が徐々に正常化し始めていることがある。これまで糸在庫を調整してきたアパレルメーカーなどの需要が急激に高まり、需給バランスがタイト化している。新疆綿問題も中国での紡績を避ける動きにつながり、ベトナムやインドネシアでの紡績需要の増加につながっている。

 一方、織布・加工部門は主力の日本向けで需要の低迷が長期化している。一部、インドネシア内販は資材向けで安定しているものの、スクールシャツ地はインドネシア内のオンライン授業の普及で需要減が継続。

 織布加工部門の不振を補うべくアフターコロナに向けた新たな商材開発に取り組む。近い将来、燃焼時の二酸化炭素の排出量を抑制する特殊ポリエステル繊維「オフコナノ」を使った紡績糸の生産を始める。トルコオーガニック綿の商材開発や「GOTS」「OCS」「GRS」といった環境素材の国際認証を取得済みで“環境”を付加価値とした商材の日本向けの提案を強める。

 同社は9月8日の工場火災により紡績、織布工程の操業を現在停止している。加工工程は操業を継続。被害のあった工程の復旧を急ぐ。

〈東洋紡インドネシア/化成品は回復、繊維は停滞〉

 東洋紡インドネシアで機能樹脂の化成品事業の業績が回復している。樹脂の加工・販売を手掛けるセクションで、とりわけ自動車関連の受注の戻りが顕著。現地で自動車を購買する際にかかる奢侈(しゃし)税の免税措置が延長されたことによる影響が大きいようだ。

 インドネシア国内の自動車生産台数は現在2019年比で80%ほどだが、最終的に21年は20年比150%が見込まれている。インドネシアで人気の日本車向けの樹脂パーツを受注する同社の化成品事業は引き続き堅調な回復が続く見込み。

 衣料繊維はスポーツ衣料、ニットビジネスシャツ、ユニフォームなどカテゴリーごとに商況が異なるが、全体で見ると前年比で若干のマイナス。日本向け一般衣料や布帛シャツは引き続き厳しい。三国間貿易や既存の商材の動きはほぼ横ばい。

 だが、業容拡大につながる新規の商談の機会が新型コロナ禍の影響で取れない状況が続く。インドネシア国内で7月から1カ月ほど発令された緊急行動制限によりショッピングモールのほとんどが休業したことも在庫過多の要因となり新たな需要が生まれにくい環境を作っている。

 今後の対日戦略としては、同社の強みであるZシャツに代表されるニット製品を生地から縫製まで一貫管理することで高品質を維持しつつコスト上昇を抑制し業績の改善に貢献する。

 同社は「現地での緊急行動制限が続いているため今後も経済の低迷が長引き、経済の回復にはまだ時間がかかる」とする一方、「この国は人口ボーナス期が続き中高所得者層は着実に増えている。市場としてのポテンシャルは高く、早期にコロナが収束することを期待する」とコメントする。