繊維街道 立志編 〈シモムラ専務  西山恵太 氏〉上

2021年09月27日 (月曜日)

製販一体を目指す

 シモムラ(石川県小松市)は、糸商社として2002年に創業した。個人商店の形から始まった同社だが、「製販一体」を重視して業容を広げ、創業から20年弱で売り上げは30億円規模に拡大した。この間、協力工場と深い関係を築くとともに、倒産した鈴倉インダストリー(新潟県長岡市)や北陸化繊(石川県宝達志水町)の工場を譲受し、M&Aでフクイセイシ(福井県大野市)を子会社、園田産業(石川県能美市)を関連会社とし、糸加工・製織・糸染めの生産体制を整えた。

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  シモムラは、02年に実父の西山成幸社長によって設立された。勤めていた会社が民事再生を申請し、当時の上司や現在も関係が深い上田撚糸などからの助言もあって独立。当時、高校生の西山恵太専務(以下敬称略)はその姿を見ていたが、まだこの仕事に就くとは思っていなかった。

 シモムラの創業は高校2年生の時です。自宅の一室に机が持ち込まれ、社長と事務員の2人だけで始まりました。当時は、大丈夫かな?とも思いながら見ていました。父はいつも忙しそうでしたが、会社勤めの時とは顔つきが違ったことが印象に残っています。それが、今の自分に影響しているのかもしれません。

  創業時は、まず糸を買うところから苦労する。東レ、上田撚糸、増井や地元糸商などに助けられながら商売を続けていた。その姿を近くで見ながらも、高校生の西山は繊維と関係ない別の会社に就職するか進学しようかと考えていた。そして卒業後は自衛隊に入るが、半年後に辞めて19歳でシモムラに入社する。

 最初は自衛隊に3年勤めると考えていたのですが、赴任地が何もない茨城県のへき地になり、地元に戻りたくなりました。帰ってきてから何もしないわけにはいかないので、社長に頭を下げて仕事をさせてもらうことにしました。

  地元に帰り社長から入社の許諾を得たが、「現場が分からないと、この仕事はできない」ということで、まずはモノ作りの現場を経験する。上田撚糸に1年勤めた後、仮撚工場で半年の経験を積む。その合間に社長の営業に付き添い、仕事を覚えていった。この時の経験とシンプルな疑問は、現在の「製販一体」を重視する姿勢につながっている。

 最初はシモムラの業界での役割が分からず、なぜ生産しているところが直接売らないのだろうと思っていました。その疑問は今も忘れないようにしています。これまでやってこれたのは、協力してくれる工場があるからです。こちらの要望を嫌がらずに受けてくれるからこそで、これからも作るところに利が残るようにやっていきたい。今も無理をお願いするケースはありますが、根本として製販一体を目指したいと思います。