繊維街道 立志編 〈シモムラ専務  西山恵太 氏〉中

2021年09月28日 (火曜日)

織物の事業が加わる

 約2年の現場経験を終え、2005年から営業を始めた。まずは桐生産地を担当し、他の産地にも広げていく。富士吉田ではユニチカトレーディングとの商売が広がり、08年に事業所を開設。新潟にも販売を広げていく中で、後に原工場を引き受けることになる鈴倉インダストリーとの関係もできた。

 最初は社長から桐生産地の顧客を引き継いで、営業を始めました。撚糸した糸を桐生産地に販売するのですが、その糸を他の産地にも広げようと北関東や新潟にも行き始めました。新潟はそれまで取引がなかったので、織物組合に電話してどんな企業があるのかを教えてもらうところから始めましたが、そのような中で鈴倉インダストリーにも出入りするようになりました。

  撚糸・織物・染色加工を展開していた鈴倉インダストリーは07年、民事再生法を申請した。その後、自力再生に尽力したが、13年には撚糸と織物の原工場の運営を断念することになる。シモムラは14年に原工場を買い取ることとなった。

 商売が広がる中で撚糸のキャパシティーが足りなくなり、海外の工場を使うことを考えていました。そんな時にこの話があり、海外はいったん諦めて国内でやることにしました。最初は撚糸設備だけという話でしたが、ふたを開けてみると担保の問題があって、工場プラス設備一式でしか買い取れない形になっていました。社長とも相談して原工場全体を買い取る形となり、それが現在のソフィーナです。

 原工場を引き受けたことで、織物も事業に加わることとなった。同社にとって経験がなかっただけに手探りの状態で始まったが、周りの助力もあって進み出した。

 糸の方は多少の赤字は覚悟しながらも、販売を広げて数量を増やしていけば何とかなると考えていました。ただ、織物の方はそれまで注文を取ったことがありません。そこで、鈴倉インダストリーで働いていた人たちを再雇用しました。それでも一月一月、様子を見ながら進めていくような形で始まりました。この時には、糸を販売していた北陸の顧客や帝人フロンティアさんにも助けていただきました。特に第一合繊(現帝人フロンティアDG)が鈴倉インダストリーの技術を評価して仕事を回してくれたことが大きく、今も関係が続いています。