繊維街道 立志編 三星毛糸 社長 岩田真吾氏 (下)

2021年11月25日 (木曜日)

持続可能な産地思い描く

 2009年尾州へ戻り家業を継いだ。そして1年も経たないうちに社長に就任。20代の若き経営者となった。

 父から「せっかく戻ってきたんだから早く社長やれよ」と言われ、入社10カ月後の10年4月に社長に就任しました。自分もスピードは重視する方ですが、この時ばかりは父に圧倒されましたね。そのまま父は会長に退き週1回ぐらいの出社になりました。私がやりやすいように気を利かせてくれたのだと思います。

 当時はリーマンショック直後で厳しい状況でしたが自分のコンサル企業での経験を生かせば、数字は上向くと思っていました。しかし、1年後の業績を見ると横ばい。決算書を見てがくぜんとしました。この1年自分は何をやっていたんだと。それからは必死に汗をかいて海外展開やオリジナル商品の開発に力を入れ、12年には「プルミエール・ヴィジョン」へ単独出展、15年には自社ブランド「MITSUBOSHI1887」を立ち上げました。気付けばすっかりウールに魅了され、今では自他共に認めるひつじマニアです(笑)。

  一定の成果を上げつつも19年にある決断を下す。同社の祖業でもある染色整理事業の撤退だ。

 グループ会社の一つだった三星染整は染色整理事業を手掛けていましたが、昭和の頃のような大量生産・大量消費が前提で、今の時代にそぐわず明るい未来が描けませんでした。父に三星染整の時代的役割は終えたと話しますが首を縦に振りません。2年間かけて話し合いを続け、19年に「分かった」と一言だけ言われました。そして同年10月に工場を閉じました。転職を希望する従業員は全員世話をし、お客さまへのご迷惑も最小限に抑えることができたのではないかと思っています。

  これからという時に新型コロナウイルスが猛威を振るう。しかし産地全体のことを考えるきっかけにもなった。

 新型コロナ禍の中で周りを見た時に、産地自体が衰退してしまったら自社も生き残っていけないと考えるようになりました。これまで産地の活動に積極的に関わってきませんでしたが、その時は自分の中のスイッチがパチッと180度変わる音がしました。産地全体で立ち上がらなければと思い仲間を募ったところ、自分を含めて尾州の後継ぎ11人が発起人として立ち上がりました。最終的に50社以上が集まり、20年に開催した産業観光イベント「ひつじサミット尾州」は、初開催ながらも1万5千人が参加し、大成功を収めることができました。

  今後の重要なポイントとして持続可能性を挙げる。

 ウールは生分解性がある上に反毛もでき、実はサステイナビリティー素材として可能性を秘めています。昔からあるがゆえに目新しさを感じにくいかもしれませんが、新しい魅力の発信を進めていきます。繊維産地は人間の多様性を尊重する意識を高めることも必要だと考えます。例えば当社はLGBTQ(性的少数者)が働きやすい職場を評価する任意団体「ワークウィズプライド」の指標で3年連続ゴールドを受賞しており、多様な人材を受け入れる体制を整えています。尾州の他企業を含めてLGBTQに関する研修会も実施しました。こうした思いを産地内に広げていきたいですね。

  サステイナブルな産地、尾州。実現に向け岩田は歩みを続ける。

(この項おわり)