繊維街道 立志編  ヤマモト/オークラ商事 代表取締役社長 山本治彦 氏( 中)

2022年01月12日 (水曜日)

自ら販売管理システム構築

 IT業界で順調にキャリアを積む中で受けた父からの事業承継の打診を、山本はすんなりと受け入れた。

 実はその2年前にも一度、「継いでほしい」と言われましたが、まだITの世界でやりたい仕事が残っていたため断っていたのです。そこから外資系企業での業務も経験できたことで、2度目に言われた時には気持ちに区切りが付いていました。神田の店で、2人で飲みながら話したのを覚えています。「継ぐ」と答えると父は喜びました。

 2009年4月にヤマモト入社、紳士部に配属される。

 繊維業界での経験こそありませんが、「今まで培った企業向けコンサルティングやプログラミングの能力を生かせば、会社や業界に貢献できるはず」という確信はありました。一足早く入社していた長弟の存在も大きかったです。

 ところが実際に入ってみると、リーマン・ショック後の不況で予想以上に経営状態が悪化していました。社員がデスクの上に足を乗せて昼寝していたり、勤務時間中に音楽をかけたりする光景も衝撃的でした。前職の緊迫感にあふれた職場環境とは、あまりにもかけ離れていたので。危機感は募るばかりです。

 それでも、まずは現場から経験しようと、梱包(こんぽう)などの作業も行いました。扱う商品や業界特有の慣習など全てが新鮮でした。勉強のため、貯金をはたく勢いで服を買い集めたり、スーツの縫製を学びに行ったりもしました。

 1年後にはグループ会社のオークラ商事に移り、営業部の配属となります。テーラー向けのヤマモトに対し、オークラ商事はアパレルメーカーや縫製工場に向けて服飾資材を販売しています。既製服の普及が進んだことを受け、1958年にヤマモトから分社化されたのです。ここでも販売、営業の現場を経験しながら、ホームページの立ち上げやネットショップの運営も担いました。

 服飾資材を扱う現場に身を置くと、問題点が次々と浮かび上がる。山本は後継者として自ら改革に動きだす。

 とにかく目に付くのがIT化の遅れです。受発注はファクスが当たり前で、伸び切った多段階流通経路、複雑な商品流通といった業界の構造上の問題もあると感じました。

 社内を見ても、アナログという言葉では片付けられないありさまです。請求書はパソコンで出力していましたが、納品書作成や棚卸しは手書き。単価や粗利の管理がめちゃくちゃで、在庫管理はほとんどできていません。

 私は意を決し、自ら販売管理システムの開発に着手しました。午後10時ごろまで会社に残ったり、電車の中でもパソコンを操作したりして完成させたのがシステム「iTeams」です。受発注、売り上げ・仕入れや請求・支払いの管理、単価管理、在庫管理を一括でできるようにしました。

 こうした取り組みが業績回復という成果になって表れ、社員から信頼を得た手応えもありました。家業に入って4年目、社長に就任しました。

 会社を経営危機から立ち直らせた後、トップの座に就いた山本は、新たな企業成長への施策を打ち出していく。その柱となるのが、B2B向けの服飾資材専用ECサイト「アパレルX」だ。