特別インタビュー/東レ/社長 日覺 昭廣 氏/厳しい環境下で中経は一定の成果/次のテーマはサステイナブル
2022年10月03日 (月曜日)
東レは、2022年度(23年3月期)に中期経営課題“プロジェクトAP―G 2022”の最終年度を迎えた。この2年半は新型コロナウイルス禍の影響を受けたが、日覺昭廣社長は「事業拡大計画は遅れてしまったが、やるべきことにきちんと取り組んだ。需要の回復を待っている状況」と話すなど、厳しい経営環境下で一定の成果を収めている。次の中経については「サステイナブルがメインのテーマになる」との見解を示し、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー(循環型経済)などに関する取り組みを加速する。
――22年に入って世界情勢は大きく動きました。実際に何が起こり、何が問題になっているのですか。
一つは新型コロナ禍からの経済の回復です。それ自体は良いことなのですが、企業経営に変化をもたらしています。21年には、いわゆる「コロナ特需」があって、リモートワークの定着によるIT関連の部材やABS樹脂、素材を含めたマスクなどの需要が拡大しました。全て消費に回ったのではなく、サプライチェーンのさまざま箇所で在庫が膨らむという結果になりました。
22年も新型コロナ禍は収束には至っていませんが、経済自体は全体として回復に向けて動いています。ただ、コロナ特需がなくなったことで在庫問題が表面化してしまい、既に業績への影響が出始めています。平時と比べてかなり在庫が膨らんでいると考えられ、この調整には今年度いっぱいかかる可能性があるのではないかと危惧しています。
もう一つは、ロシアのウクライナ侵攻による原燃料高です。原燃料価格は、ウクライナ危機前の21年下半期から既に上昇基調にあったのですが、ガスや石炭の価格がさらに高騰しています。欧州ではガス価格高の影響が大きく、当社グループも炭素繊維を製造する際の焼成や染色関連が厳しい状況にあります。中でもイタリアのガス価格は突出して高いとされ、燃料代だけで利益がなくなるといわれています。
――生産コストの上昇に対してどのような対策を取っているのですか。
緊急プロジェクト的な取り組みとして、東レ本体で培ったノウハウを各拠点に提供しています。これによって省エネなどを支援しています。イタリアの子会社などには9月初めに日本からチームを派遣し、生産コスト改善のための施策を進めています。そのほか電力の切り替えもあります。インドネシアの拠点では石炭火力発電が一部残っているのですが、採算の観点から簡単には転換できませんでした。石炭価格がこれだけ上昇していると転換実施の余地が大きくなっていると言えるでしょう。
――米国と中国の摩擦は変化があるのですか。
米国にとって中国はモノ作りの一大拠点であることに変わりはありません。実際、米中通商問題が取り沙汰されていた時も貿易は伸びていました。こうしたことを考えると、新型コロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)でモノ作りを行えなくなることの方が政治的摩擦よりも大きく影響します。中国政府によるゼロコロナ政策がいつまで続くのかがポイントになりそうです。
――こうした動き、変化に対して日本の繊維産業はどのように対応すれば良いのでしょうか。
新型コロナ禍に加え、世界各国・地域での異常気象、ウクライナ危機などからサステイナブルに対する意識が強くなり、リサイクル繊維やバイオ由来原料合繊の需要が拡大しています。環境に配慮した素材を受け入れる土壌が大きくなってきたとも言えます。日本企業は早くから繊維のリサイクルなどに取り組み、技術を蓄積してきました。それらが生かせる時が訪れています。
ワンシーズンだけ着て、次のシーズンに買い替えるのではなく、「長く着用する」という考えも広がっています。長持ちする糸や生地が求められますが、耐久性などに優れた高品質な繊維を生み出すことにも日本企業は長けていますし、世界をリードしています。サステイナビリティーや環境負荷低減への流れは日本の企業にとって優位に働くと言え、期待できるのではないでしょうか。
――東レに話を移すと、22年度が中経の最終年度です。上半期(4~9月)はどのように推移していますか。
前年度上半期は新型コロナ禍の影響から脱して順調でした。下半期に入って原燃料高の影響が出始めていたところに、ロシアによるウクライナ侵攻がありました。22年度は4~6月には改善の方向が見えていたのですが、先ほどお話ししました在庫問題や中国のロックダウンの影響で第2四半期は想定よりも下振れしています。さまざまな問題が顕在化しているので、年内いっぱいは低迷が続くかもしれません。
ただし、事業によって状況は変わります。昨年までは厳しかった炭素繊維関連やケミカル関連は復調しています。炭素繊維は、ラージトウが風力発電翼用途で需要が拡大しています。レギュラートウは一般産業用途やスポーツ関連が順調に推移し、航空宇宙分野の需要にも回復の兆しが見えます。航空宇宙分野が復調すると玉不足になる可能性があり、炭素繊維製造設備の増強を検討しています。
米国と韓国、フランスの各拠点でそれぞれ1系列増やすことを考えていますが、実際に行うとするとかなり大きな投資額になります。最低でも500億円以上は必要だと想定しています。民間航空機などで需要が本格拡大すると予想されている25年に間に合わせるには、24年中に体制整備を終えていないといけないでしょう。それまでの需要増には現有設備の増速などによる生産能力増で対応します。
――来年度にスタートする次期中経の全体の方向性は。
カーボンニュートラルへの挑戦やサーキュラーエコノミーの推進などを中心とするサステイナビリティーがメインテーマになると思っています。ただし、これらは次の中経でスタートするのではなく、既に取り組みを始めています。カーボンニュートラルについてはグリーンイノベーション事業を通じて温室効果ガス削減を図っています。サーキュラーエコノミーも事業ブランド「&+」(アンドプラス)などを軸に進めます。
〈略歴〉
にっかく・あきひろ 1973年東レ入社。2004年常務エンジニアリング部門長、06年専務水処理事業本部長兼エンジニアリング部門長、09年代表取締役副社長水処理・環境事業本部全般担当兼経営企画室長、10年代表取締役社長COO、11年代表取締役社長CEO兼COO、20年代表取締役社長兼社長執行役員CEO兼COO