春季総合特集Ⅲ(5)/帝人/社長 内川 哲茂 氏/中心にいることが不可欠/収益性の改善で結果を

2023年04月26日 (水曜日)

 帝人は、2023年度(24年3月期)を収益性改善のための1年に位置付けている。本来は新しい中期経営計画を始動する年だが、外部環境の変化もあって苦しい局面に立たされたため収益性改善を優先する。内川哲茂社長は「未来への投資と悪い部分の立て直しの同時進行ではどっち付かずになる。苦しい状況を変えることが第一」と説明する。改善が認められない事業については売却する可能性もあるが、多くの従業員が「やってやる」という意識を強めていると話す。内川社長自身も「1年間で結果を出し、24年度からやりたいことをやる」と強調するなど、将来に向けて前向きに進んでいく。

――インフレを好機とするには何が必要になりますか。

 多くの変化が起こっていますが、日本の企業や産業がその中心にいられるかどうかにかかっていると思います。厳しい言い方をすると、グリーントランスフォーメーションやデジタルトランスフォーメーションでは後れを取っています。変化に取り残されてしまうと、高インフレと低成長という二つの痛手を一度に被ることもあり得ます。

 日本の企業は高い技術力を誇っていますが、現在の潮流を見ると、伸びているのはシステムを作った企業です。例えば環境ビジネスもそうです。エコシステムを構築した企業が成長しており、技術単体では厳しいのが実情です。変化への対応であれ、システムであれ、中心にいることが重要なのだと考えています。

 ポテンシャルを持つ企業はたくさんあると思います。ただ、技術が高く評価されている間に対応を図らないといけません。幸いにして自動車やエレクトロニクス関連で世界をリードする日本企業が存在しているので、素材を供給する製造会社にもチャンスはあります。世界で戦えるチームジャパンが必要です。

――インフレにどう対応すべきなのでしょうか。

 原材料高によって製造コストが上昇しています。販売価格への転嫁は不可欠ですが、われわれ自身の効率ももっと高めていかなければなりません。従来のままではなく、変化していかなければならないでしょう。これはインフレだからではなく、どのような会社でありたいかを常に意識し、それを従業員やステークホルダーに伝えることが大切です。

――22年度で前中計が終了しました。振り返ると。

 事業環境の変化もあって厳しい3年間になりました。取り組んできたことの全てがうまくいかなかったわけではなく、ヘルスケア事業では、病院の先にいる患者の困りごとを解決するという一つの出口を見いだすことができました。マテリアル事業も同様です。顧客との距離が近づき、コンポジットは北米で高いシェアを誇ります。

 これらの成果を利益に結び付けられなかったことが厳しさや苦しみにつながりました。外的要因に打ち勝つだけのレジリエンスが足りていなかったのではないかと感じています。立てた計画や戦略に軸足を置きすぎたのかもしれないという反省もあります。

――23年度の経済や市場動向をどのように予測していますか。

 米国で起こった銀行の破綻は、深刻な金融危機ではないと信じています。しかし、新興国に金が回らなくなる可能性はあり、これによって新興国の成長が鈍化すれば大きな影響が出ます。リーマン・ショックのような事態になるとは思いませんが、もしかすると瀬戸際なのかもしれません。

 地政学的リスクも残ってます。欧州の天然ガス価格は落ち着きを見せていますが、ウクライナ情勢の先行きは見えません。米国と中国の関係も改善しておらず、高いリスクがあるのも事実でしょう。想定外のことが起こっているので、これからも想定外が起こるという前提で事業を進めないといけません。

――23年度は、新中計の始動ではなく、収益性改善のための改革を実行する年としました。理由を改めて。

 先ほどお話しした通り、当社は苦しい立場にあります。そのような状態で新しい中計を立て、未来への投資と悪い部分の立て直しの両方を進めたとしても結局はどっち付かずになります。今の苦しい状況から抜け出すことが優先事項であると判断しました。現状をしっかりと見つめ直したいと思います。

 これは経営陣だけの考えではなく、多くの従業員との共通の認識です。ヘルスケアやマテリアル事業などの従業員を集めて個別に説明会を開き、アンケートなども実施しました。収益改善策しか出さないことに不安と不満もあったようですが、経営陣と従業員が一緒になって進めます。

――どのような施策を取るのですが。

 収益性の改善を図る事業はヘルスケアとアラミド繊維、複合成形材料の三つ。ヘルスケア事業では、国内トップシェアの在宅医療機器で培った事業基盤を生かし、希少疾患・難病領域などの医薬品に活用します。同時に必要な機能別リソースをゼロベースで見直し、抜本的な固定費削減の実行にめどを付けます。

 アラミド繊維は、販売面で影響を受けた工場火災からの早期回復や既増設ラインの生産安定化、紡糸工程を中心としたさらなる自動化、デジタル化による生産革新などに注力します。

 社内外で最も不安視されているのが、複合成形材料事業でしょう。赤字からの脱却を最優先とし、北米事業は改善が見られない場合は売却なども検討すると発表したからです。ただし、収益改善へのきちんとしたプランはありますし、従業員も「やってやろう」という意識になっています。

――全体の方向性は。

 環境保全が大きなキーワードです。例えば、希少疾患・難病患者にソリューションを提供して人々に貢献しても、地球が汚れていては意味がないからです。繊維・製品事業でも環境にかじを切っています。市場は日本がメインになります。中国も大きな市場ですが、知的財産などさまざままことを念頭に置きながらの販売になります。

〈インフレを実感するとき/夕食後のひと時に〉

 「ケーキのサイズが小さくなっているのを見てインフレを実感する」と話す内川さん。価格は変わらないまま内容量が少なくなるシュリンクフレーションがケーキにまで及んでいるようだ。夕食の後にコーヒーを飲みつつ、ケーキなどを食べることが、内川さんにとってオンとオフが切り替わるスイッチ。このため、甘い物はほぼ毎晩口にし、その中でも特に好きなのがケーキだが、シュリンクフレーションのせいで小さくなっているのを見るのが「悲しい」のだとか。

【略歴】

 うちかわ・あきもと 1990年帝人入社、2017年帝人グループ執行役員マテリアル事業統轄補佐兼繊維・製品事業グループ長付、20年同複合成形材料事業本部長、21年4月帝人グループ常務執行役員兼マテリアル事業統轄、同年6月取締役常務執行役員などを経て、22年4月代表取締役社長執行役員