特集 アジアの繊維産業(2)/座談会 アジア戦略の過去、現在、未来/時代に合った進化欠かせぬ/東洋紡せんい/シキボウ/ユニチカトレーディング

2023年09月27日 (水曜日)

出席者

東洋紡せんい 社長 清水 栄一 氏

シキボウ 取締役常務執行役員 繊維部門長 加藤 守 氏

ユニチカトレーディング 常務取締役 事業企画本部長 芦田 直彦 氏

 日本の繊維メーカーがアジアに進出して半世紀以上が経つ。世界情勢がかつてないほど目まぐるしく変化する今、日系企業が生き残るにはどのような戦略が必要か。東洋紡、シキボウ、ユニチカ各グループの東南アジアの拠点でトップを務めた三氏がアジア戦略の過去、現在、未来を語り合う。(文中敬称略)

〈インドネシアが海外の原点〉

――各社のアジアの生産拠点の原点と今をお聞かせ下さい。

 加藤 当社で最も歴史が長いのは2022年に50周年を迎えたインドネシアの紡織加工場、メルテックスです。設立当初はインドネシア国内で消費する衣料繊維を作ることを目的とした会社でした。

 インドネシアの生産拠点が、日本の本社の扱う商材を作る拠点として活用され始めたのは2000年代に入ってからです。プラザ合意が転換点で、それ以降、円高が一気に進み日本の繊維企業は海外に進出して生産拠点を置き、いわゆる“持ち帰りビジネス”を構築していきます。

 清水 海外ではさまざまなトライ&エラーを繰り返してきましたが、今も残っているのはマレーシアの短繊維紡績・織布工場と1970年代にインドネシアに設けたニットの編み立て、染色加工、縫製の拠点、そしてベトナムの縫製工場の3拠点です。いずれも最初は商社との合弁でしたが、残すにあたって全て100%株式を買い取ってグループ化しています。

 東洋紡グループの場合、かつては売ることは商社に任せ、製造の技術部分を私たちが担うという形で役割を分けて工場を経営していましたが、今は100%出資でやるか、撤退かのどちらかという方針を取っています。

 芦田 ユニチカグループもインドネシアのユニテックスが最初の進出でした。1971年に商社との合弁で発足した先染め織物の工場で、この商圏は2014年に設立したスポーツ生地の持ち帰りビジネスを主力とするユニチカトレーディングインドネシアに移管しました。今のユニテックスは二層構造糸「パルパー」に特化した紡績工場になっています。

 発足当初は、パートナーである商社が現地で売るための先染め織物を売っていました。今のように日本のユニチカグループとの連携はありませんでした。

 やがて完全なグループ会社になり、09年からパルパーを製造し、日本のユニフォーム用の生地販売事業との連携を取るようになりました。

 中国には1980年代後半に、ベトナムには2013年に現地法人を作っていますが、これらは現地で糸や生地のサプライチェーンを構築して、スポーツウエアやユニフォーム用の生地など日本で流通する縫製品の持ち帰りビジネスをする前提で設けられています。

〈分散して拠点を持つ時代に〉

――90年代に日系企業の中国進出が全盛期となり、やがて東南アジアへとシフトしていくわけですが、その潮目はいつだったのでしょう。

 芦田 90年代には既に“チャイナ+1”というのは言われていましたが、現実的には日系は中国への依存度が高かったので動けなかったんです。2000年代に入って、中国の人件費がかなり上がって、日系の東南アジア工場を活用できないかという議論になっていきました。

 加藤 私は11~14年にインドネシア法人の社長でしたが、その時は本当に来客が多かったです。チャイナ+1の候補として検討したいという商談を何度もしました。しかし実際に成約につながったという印象はほとんどありません。顧客はトータルコストで考えるとインドネシアで作るメリットを見いだせなかったのでしょう。生産可能な生地の種類、アパレルパーツも含めた調達背景、技術の質などまだまだ中国に代わるだけのものを持っていませんでした。

 清水 東洋紡グループは繊維では戦後、中国へは一切投資せずにきました。いろいろと中国では苦い経験がありますから。中国内販も、私たち自らの手では一切する気はありません。商社などに私たちの商材を担いでもらって、全てお任せしています。私が入社した1986年以降、中国への繊維分野で投資は検討すらされたことがなかったと思います。

 繊維事業で現状の拠点以外への新規投資はないでしょう。ただ、繊維以外も含めた東洋紡の全事業では東南アジアは非常に重要な投資先であり、成長エンジンです。例えば、インドネシアではフィルム事業で100億円単位、タイではエアバッグ事業に10億円単位の投資を行っています。

――2010年代からは東南アジアでも人件費が上がり、今も年々経営環境が変わっています。

 芦田 私が駐在していた頃のインドネシアはとくに賃金上昇が激しかったです。10~13年に倍々ゲームのように上がりましたから、東南アジアでも競争力を失いかけましたよね。その時、ベトナムやタイへのシフトを検討される企業が増えたように記憶しています。

 ただ、賃金上昇率の緩急はタイミングの問題で、どの国にも訪れますし、今後、どの国でも上がるのは明らかです。

 清水 バランス良くやるには何カ国か、複数に分けて拠点を持つしかないと思います。本来なら一カ国、一拠点に集約した方がコストは下がりますが、当社の場合は大量に作る工場は要らないので、10ラインぐらいの工場を何カ国かに持っておけば、新型コロナのような不測時のBCP(非常事態時の事業計画)にもなりますからね。

〈現地の市場調査欠かせぬ〉

――東南アジアのマーケットとしての変化について。

 加藤 私が現法にいた時に、東南アジアの今後の売り先としての可能性を調べたのですが、その高い潜在力を事業の成長に取り込まない手はないと感じました。

 ただ、実際に現地での内販を試みてもうまくいかなかったんです。汎用的な素材を売ろうとすると、中国や現地品に価格競争力で劣りますし、日本ならでは品質や高付加価値で勝負すると過剰な機能だったり、客がそこまで良い品質を必要としていなかったりするんです。もう少し現地市場へのマーケティングが必要だったと思います。

 清水 私もインドネシアで内販に取り組んできましたが、汎用的な部分は最初から考えていなかったですね。店頭価格で日本円にして2万円を超えるようなブランドに対して東洋紡の素材を売る戦略をとりました。

 人口で3億人ぐらいいますから仮に5%が富裕層だったとして1500万人はその価格でも買える購買力がある計算です。日本向けの「Zシャツ」は、現地で知名度の高いブランドに採用されていますし、年間10万着単位で売れおり、インドネシアは“地産地消”ができる市場に成長したと実感します。

 消費者の生活水準が高い中国市場に関しても同じで、やはり最高級品のゾーンを狙っています。ただ、販売は商社にお願いしています。欧米市場と同じ手法ですね。当社として数量は追わず、例え少量でも実のある商売を増やすことを内販の鉄則としています。

 ベトナムにも現地法人がありますがここは課題が多いです。マーケットとして成熟しているわけでもないし、今は現地の景気も悪いですからね…。マレーシア同様、まだ生産国であって私たちがモノを売る国ではありません。

 芦田 私たちは中国市場の内販にトライしてきました。中国はもともと日本への持ち帰りビジネスで始まっていますから、日本の特殊な差異化商材を少しでも現地に売ることができないか模索し続けています。ターゲットとなるのはやはり最高級ゾーンです。それでも価格の上位概念が強いですし、現地の競合も力を付けている中でそう簡単にはいかないですね。

 清水 今ある工場で日本向け、現地向け、第三国向けと売り先が異なる商材を作るとなると、やはり売り先、客先で求められる品質が異なるのが当たり前ですから、そうした品質の“目利き役”となる日本人技術者が必ず必要になってきますね。

 加藤 現法にいた頃に、社長1人だけを日本人にして、あとはインドネシア人でマネジメントできないかと試したこともありましたが結果としては難しかったです。現地の方は技術の習得はしっかりできるんですが、経営となるとどうしても課題があります。

 ただ、国内で人材の確保が難しくなる昨今、今のように複数の国の拠点全てに日本から人材を送り込んで技術継承や経営の指導を続けることは、やがて難しくなると思います。

 そうなることを見据えると、海外で集中的に経営管理や技術を継承させる人材を育てて、そこから他の拠点に社長や技術者を出向させる、人材を育てるための拠点も今後必要なのではないでしょうか。

〈コロナで各国リスク鮮明〉

――コロナ禍は各社のアジア戦略にどのような影響を与えましたか。

 加藤 リスク分散を皆、考えるようになったと思います。われわれも同業他社もかなり細かく国や地域ごとにリスク分析をするようになりました。

 清水 顧客のBCPに関する意識はかなり高まりましたね。インドネシア東洋紡グループにはそういう話がたくさんきました。意外と素材のバリエーションが豊富ですし、私たちは生地から縫製まで一貫でやっていますので不測の事態が起きても対応できます。

 社内的な部分では海外拠点で働く日本人駐在員が大幅に減りましたね。財務の部署はかなり少なくなりました。通信ネットワークが充実した昨今、日本からでもできることも多いですから。いい意味で筋肉質になったと思います。

 市場と言う観点では感染症に左右される分野とそれとは関係なく根強く売れる分野とが明確になったと思います。例えば学生服はコロナ禍の影響が少なかった。逆に飲食のユニフォームはそもそも飲食店が閉まるとユニフォームを着ないですから、制服が消耗、消費されず全く生産する必要が無くなってしまうのです。スポーツウエアは室内でする競技と戸外でする競技とで全くモノの動きが違ってきました。今はもうほぼ全ての分野でコロナ禍前の状況に戻ってきていますけど。

 芦田 感染症の対策を見ても、アジアの国々でカントリーリスクというものがはっきりとしましたよね。拠点を分散することの重要性や各国の強みがどこにあるのかという点も分かってきました。

 市場としてはコロナ禍の期間中に受注が激減したり、逆にそれほど影響がなかったりと、カテゴリーによって影響の差がありました。しかし今、コロナ禍前の状況へと消費者の暮らしが戻りつつある中、劇的な市場構造の変化は感じていません。

 むしろ今の異常な原料高や世界的なインフレの到来のほうがインパクトのある変化です。コロナ明けで受注の回復基調にある中で、非常に経営を難しくする問題です。私たち素材メーカーはまず足元のこのコスト上昇をいかに乗り切るかに集中しているのが実態だと思います。

 清水 同じ品質、同じものでも従来通り供給するにはかつてより値段を上げてもらわないとできません。今はコロナ禍前と同じものを供給すること自体が付加価値なんですね。

 加藤 今後、“グローバル価格”のようなものができてくるんじゃないかと思います。長い目で見ると、原材料もエネルギーコストも世界共通になっていくわけです。国による製造コスト差がどんどんなくなっていく。すると、価格以外の部分をどうとらえるかが重要になります。国ごとの政情、国民性、宗教、供給国への地の利の問題とか、いろんな条件でメリット、デメリットがありますから価格だけで選ぶ時代では既になくなりました。

 自分たちが何を作って、どこで売るのか、そういった商材やカテゴリー、マーケットにマッチした国で作るのが最適な生産地なのではないでしょうか。

〈各国・地域の強み生かせ〉

――各社、サプライチェーンの中でアジア各国をどのように位置付け、最適化を図りますか。

 加藤 各国・各地域で強みがある商材を調達することを考えています。ただ、海外でのリスクを分散することも考えて、各国で協力工場のネットワークを作って、もしどこかで特定の商材が調達できなくなっても柔軟に対応できるようにしたいですね。

 日本の役割としては、量産地ということは到底考えられません。やはり司令塔であり、海外拠点に向けた技術発信の場でもあり、何より今は人材育成の拠点です。

 清水 東洋紡グループは今年、富山工場からマレーシアの工場へと生産移管を発表したわけですが、それでも富山に紡績・織布・加工の工程そのものは残します。やはり規模が小さくても国内に開発拠点は欠かせません。ただ、作る量を増やすことはありません。

 海外拠点で“装置産業”と位置付けている紡績、織布、加工の部分は今あるマレーシア、インドネシアが中心になります。縫製は“組み立て業”ですから、工場の新設や撤退は比較的しやすい業態です。ベトナム、インドネシア以外に今後、さらに増やすか、現状維持なのかは改めて考える必要があると思います。

 タイ、インドはどのようなパートナーと組むかが大事だと思います。自分たちが自らやることと、協力企業にお願いすることの見極めをしっかりしないと実のあるビジネスはできません。それがカントリーリスク対策にもなります。私たちがやるべきことは、売り上げや量を追うのではなく、きっちりとしたサプライチェーンを構築していくことです。環境問題への対応やトレーサビリティも重視される時代です。信頼してもらえる、襟を正したモノ作りをすることが今後不可欠だと思います。

 芦田 われわれとしては今、中国に生地のサプライチェーンがその他のアジア諸国より抜きん出ていますので、これをゆくゆくはインドネシア、ベトナムを主体にするようにし、調達した生地を今度はカンボジアなど縫製での強みがでる国に輸出して組み立てるというような動きになると思います。まだ、試行錯誤しながらやっている段階ですが、徐々にこうした枠組みをよりしっかりしたものに育てていきます。

 生地作りの工場には、日本のマザー工場の技術者を配置して、サプライヤーと協力しながら顧客のニーズに合致したモノ作りをしていきます。日本の顧客、もし可能性があるのなら生産国でも“メード・バイ・ユニチカ”のクオリティーを保ちながら売り先を開拓していければ理想ですね。

〈産業資材分野、成長の鍵〉

――東南アジアで事業を拡大させるためには。

 清水 われわれは繊維を扱っているのであって、別に衣料繊維に限定する必要もないと思います。東洋紡グループは、アジアを自動車用の繊維資材の一大市場と捉えていますし今後も積極的に拡大させる計画です。

 芦田 やはり衣料繊維が当面は土台になるとしても、今後を考えれば産業資材に関しては大いに可能性を感じます。ユニチカ本体が産業資材をやっていますが、ビジネスの仕方、売り先も衣料繊維以上にすそ野が広いように感じます。

 加藤 衣料繊維の既存のビジネスをどうローカライズするかと考えると、固定観念や思い込みが働きがちですが、衣料品以外も含む現地の繊維市場を広く分析して、そこにわれわれの技術、ノウハウがどう生かせるのかという考え方をすることも今後の成長を模索する上では欠かせませんね。   

(おわり)