2023年秋季総合特集(6)/Topインタビュー/クラレ/取締役兼専務執行役員繊維カンパニー長 佐野 義正 氏/引き続き人材育成に重点/ユーザーの課題解決へ

2023年10月23日 (月曜日)

 「当社の商品は、世の中の仕組みが大きく変わるときに、ユーザーの課題を解決することで大きく伸ばしてきた」――クラレの佐野義正取締役兼専務執行役員は指摘する。アスベスト規制を契機にセメント補強材として普及したビニロンが典型だ。そして現在、世界的にSDGs(持続可能な開発目標)への要請が強まり、再び世の中の仕組みが大きく変わろうとしている。「何十年に一回のチャンスが来ている」と、新たな成長への期待が高まる。評価系まで含めた技術を強みにユーザーの課題を解決するソリューションとアプリケーションの提供に取り組む。

――クラレの繊維事業にとって、いま“最旬”な商品や取り組みは何でしょうか。

 当社の繊維事業は、産業資材向けの原糸・原綿が中心であり、その代表格がビニロンです。この販売が世界的に拡大した背景には世の中の仕組みが大きく変わったことがありました。そこで生まれたユーザーの課題を解決することで大きく伸ばしてきたのです。具体的には約40年前にアスベスト規制が強化され、代替としてセメント補強材としての需要が拡大しました。この際に評価されたのはビニロンの耐アルカリ性、親水性などです。つまり、尖った物性によって用途を拡大してきたわけです。20年ほど前から中国製のビニロンが市場に登場しましたが、それでも当社のビニロンは売れ続けています。

 そして現在はSDGsへの取り組みが求められるようになり、再び世の中の仕組みが大きく変わる可能性があります。これがチャンスになるかもしれません。例えば現在、世界で使用されているセメントはポルトランドセメントが一般的ですが、強度を出すためにオートクレープ処理をすることがあります。このエネルギー使用量が非常に多い。そこでオートクレープ処理をせずに強度を出す強化材としてビニロンが注目されています。また、セメントは製造工程でのエネルギー消費量や二酸化炭素排出量が大きいため、これを削減するために原料の一部に廃棄物を再利用したスラグセメントのニーズが高まってきました。しかし、スラグセメントは製造工程での二酸化炭素排出量が少ない一方、靭(じん)性(粘り強さ)が不足するという課題があります。これを補うために強化材としてビニロンを使うことが考えられます。当社は素材だけでなく、配合率なども含めて提案することでユーザーの課題を解決するところが強みと言えるでしょう。

 もう一つ注目が高まっているのが人工皮革の新製造システム「CATS」(クラリーノ・アドバンスド・テクノロジー・システムズ)です。製造工程で有機溶剤を使用しないためVOC(揮発性有機化合物)を大幅に削減できるほか、製造工程の短縮によって二酸化炭素排出量も削減できます。このため環境負荷低減につながる製法として評価されているのですが、実は従来プロセスで製造する人工皮革と物性面でも少し違いがあります。これを生かして従来とは異なる領域に用途を拡大することを考えています。

 こうしたことができるのは、当社の繊維事業が比較的コンパクトな規模だからです。小回りを利かせることで生き残ってきました。

――2023年(12月期)も終盤です。

 22年度は世界的な物流停滞への警戒感から需要家が発注を前倒したことで業績も好調となりました。ところが今期は反動が生じています。特に1~6月は数字が落ち込みました。流通在庫の増加と欧州経済や中国経済の低迷が影響しています。

 繊維資材事業は欧州向けのビニロンに勢いがありませんが、米国向けは好調です。セメント強化材以外の用途としては工業用ベルトなどがありますが、自動車関連は回復基調です。高強力ポリアリレート繊維「ベクトラン」も販売量が拡大しています。用途に広がりが出てきました。

 生活資材事業は、面ファスナー「マジックテープ」がアパレル向けはいまひとつながら工業用の需要が回復しています。マジックテープはポリエステル100%であり、バックコート剤も不使用のためリサイクル性も良く、環境負荷低減に貢献できる商品です。既に原料の一部に再生ポリエステルを使用したリサイクルタイプも開発しました。この強みを打ち出します。

 一方、不織布はやや苦戦。メルトブロー不織布の設備を増強したタイミングで新型コロナウイルス禍が始まり、マスクを中心に需要が急増しましたが、あくまで既存取引先への安定供給に努めてきました。そうした中、今期はコロナ禍も落ち着き、マスク特需も終わりました。中国などで新規参入が相次いでいたこともあり、不織布の需給バランスが緩んでいます。また、カウンタークロスも得意としてきましたが、コロナ禍を契機に飲食店などでの衛生管理の方法が変化し、使い捨ての紙製品との競合が激化しました。不織布は次の柱となる用途開拓が不可欠になっています。そこで現在、ポリ乳酸繊維を使った開発なども進めています。ポリアリレート不織布「ベクルス」も電子材料などの用途で評価され始めました。

――24年度に向けた重点施策は。

 あらゆる分野でSDGsへの取り組みが進められており、世の中の仕組みが大きく変わる可能性があります。これをチャンスとして生かさなければなりません。当社はアプリケーションの評価系技術まで含めて、他社にない素材を持っています。これを生かして、ユーザーの課題を解決する商品を開発、提案することが重要です。何十年に一度のチャンスになるのではと感じています。

 人材育成も重点課題です。現在、イノベーションネットワーキングセンター(INC)で全社横串での開発やマーケティングに取り組んでいますが、繊維カンパニーからもかなりの人材を送り込んでいます。繊維だけでなく、他分野でも活躍できる人材を育成したい。そもそも繊維はポリマーを制御する精密成型品です。繊維の知見を持つ人材は、どの分野でも活躍できるはずです。

〈私の旬/リフォームに向けて研究中〉

 「普通、知恵が付けば買い物がうまくなる。だから家電でも自動車でも消費者は購入前にスペックや材質などについていろいろと研究する。ところが、そういった勉強をあまりせずに購入されているのが住宅」と指摘する。たしかに住宅購入の際には、ハウスメーカーの言いなりになるケースが少なくない。「それが不思議。そこで自宅のリフォームに向けて建材などについて研究をしている」のだとか。ハウスメーカーにとって手強い消費者となりそう。

【略歴】

 さの・よしまさ 1980年4月クラレ入社、2012年執行役員、16年取締役兼常務執行役員、18年機能材料カンパニー長兼機能材料カンパニー炭素材料事業部長、20年繊維カンパニー長、大阪事業所担当、20年取締役兼専務執行役員