特集 アジアの繊維産業(6)/東レの東南アジア戦略/グループ連携で最適化へ/加速する高付加価値品生産

2024年03月21日 (木曜日)

 東レの東南アジア繊維事業の再構築が加速している。新型コロナウイルス禍を経て市場環境が大きく変化する中、タイ、インドネシア、マレーシアの各グループ会社が連携し、生産品種の高付加価値が加速する。アジア地域における開発・生産拠点としての存在感を一段と高めることを目指す。

 コロナ禍が収束し、アジアの経済も正常化へと向かったことで繊維市況も回復基調にある。その一方、市場のキャラクターに大きな変化も生じた。世界的にビジネスウエアのカジュアル化が進み、ドレスシャツの需要が大きく減退している。

 また、世界的なインフレ高進とロシアによるウクライナ侵攻などを背景に原燃料価格の高騰が続き、定番的なテキスタイルの利益率が大きく低下した。さらに、ここにきて中国市場の低迷していることで、アジア市場に安価な中国製糸・わた・生地・製品が流入していることも東南アジアの繊維企業にとって大きな逆風となる。

 こうした影響を東レグループも大きく受けた。このため、今まで以上に生産品種の高付加価値化を推進している。例えば、世界的に要望が高まる環境配慮型素材の拡充が進む。リサイクル繊維ブランド「&+」(アンドプラス)のポリエステル繊維はタイ、インドネシア、マレーシアで生産と供給が可能になっており、販売量も拡大傾向となるなど注目が高まる。

 また、3カ国の関係会社が連携し、原糸・原綿や生機をグループ内で相互活用する取り組みも拡大する。生産や加工を最適化することで競争力を一段と高めることが可能になった。

 近年、米中対立を背景に欧米アパレルなどが繊維素材や製品の調達を中国からASEAN地域にシフトさせる動きも続く。また、自動車など産業資材分野でもASEAN地域は一大生産拠点として大きな存在感を持つ。このため車両向け繊維資材の需要は今後も拡大が期待できる。さらにインドなど新たな市場への参入窓口としてもASEAN拠点の役割は大きい。

 衣料から産業資材まで、グローバルなサプライチェーンの再編に適応し、アジア地域における繊維素材・製品の開発・供給拠点としての存在感を一段と高めることが、東レの東南アジア各社の目指すところとなる。

〈インドネシア/連携強化で苦境打開へ/商材、商流の進化加速〉

 インドネシア東レグループの2024年3月期は減収減益となる見通しだ。中国からアセアンへと価格の安い繊維素材、繊維製品が流入していることが大きな要因となっている。欧州や米国の衣料品市況が芳しくないことも逆風だ。各社での商材の高付加価値化に加え、いかにグループ間の連携を強め、新素材の開発を加速させ、商材だけでなくより品質や機能を必要とする売り先や新市場の開拓も次の課題となる。

 合繊糸・わた製造販売のITSは、汎用品とは異なる機能や原料などで付加価値化した商材の拡大に力を入れる。昨年、新たな複合紡糸フィラメント設備も増設した。

 〝環境〟を付加価値とするリサイクル繊維ブランド「&+」(アンドプラス)の再生ポリエステル、リサイクルナイロン、インナー向けのストレッチ素材、快適機能糸などで今後、アセアンの東レグループとの連携をさらに強化して高付加価値素材の開発を加速させる。

 この1年間で安価な中国製繊維素材の流入を受け、汎用的な商材は苦戦を強いられており、今後も厳しい状況が続くと予想。同社は「短期的に市況が戻ることはないという前提に立ち、徹底的な体質強化を継続しながら、東レグループ一貫での商品開発、高付加価値品の拡大に注力する」方針。

 ポリエステル・レーヨン混紡糸・織布・染色加工のISTEMは、中東民族衣装用生地輸出とアフリカ学童用ユニフォーム地を主力とする。両分野で販売が好調に推移し、今期(24年3月期)は増収増益の見通し。

 同社によると「中東とアフリカのいずれの取引先も色や風合い、品質への要求が高く、当社の技術力の高さを生かしたビジネスができており、中国品の流入による影響が少ない」と言う。

 来期も増収増益を計画する。中東市場も高品質な素材の需要は堅調であることやアフリカは人口も増加しているため、数量の拡大が期待できるという。数量を確保するため、一部の生産ラインの増設も計画する。

 アクリル梳毛紡績と糸染めのACTEMは、日本での防寒・保温靴下市場の拡大を受けて、販売量を増やした。ただ、同社は「近年、この市場が急拡大しており、当社もこの恩恵を受けてきたが今後の市場拡大は不透明」との見方を示し「アクリルと異素材混など複雑な糸がインドネシアでできるという強みを生かし新たな市場を作ることが次の業容拡大には重要」と話す。

 ポリエステル・綿混織物製造・販売のCENTEXは今期、汎用性の高い定番シャツ地市場では、中国製の流入によって苦戦を強いられた。一方、高付加価値素材に関しては底堅く推移した。同社によれば「全体の中で、差別化品の販売数量は変わっていない」という。

 従来、主力としてきた、バングラデシュなどで縫製され、欧州で流通するシャツ用生地に関しては、今後も中国製生地が席巻し、厳しい市況が続く見通し。このためインドネシアで縫製され、現地で流通する高級衣料品向けの生地の提案に力を入れる。

 インドネシア東レグループでポリエステル・綿混糸および織物を作るETXとの商材開発でも連携を強める。小量多品種に強く、自前の染色工程を持つCENTEXと量産に対応するETX、それぞれの強みを生かして顧客開拓や商材開発、商流の開拓に取り組む。

 ポリエステル・綿混紡績、織布のETXはアセアン東レグループと連携し糸、生地の高付加価値化を加速させる。これまで長短複合糸、特殊紡績糸を開発しており、こうした差別化した糸を従来の主要用途のシャツ地に加え、カジュアル、ユニフォーム用途へも提案を広げる。

 量がある程度まとまった定番品が得意な同社の強みを生かすため、販売状況を東レグループ内で共有しながら、同社で優位性が出る商材に関しては同社工場で生産し数量増を目指す。

 4月から石炭による自家発電を停止し、買電に切り替える。東レグループの二酸化炭素排出量削減策の一環。年間15万㌧の排出量削減が見込めるという。

〈製販で高度化を加速/在インドネシア国東レ代表トーレ・インダストリーズ・インドネシア 社長 塩村 和彦 氏〉

 インドネシアの直近3年の対ドル為替、外貨準備高、株価や金利、貿易収支、インフレ率といった経済指標は目立った不安要素がなく、安定しています。

 この国にとって23年は新型コロナウイルス禍の影響から脱した年だったと言えるでしょう。ビジネスや消費の正常化が顕著に進み、基幹産業になりつつある車や二輪車の製造、販売は、この1年で再び息を吹き返しました。

 ただ、当社の売上高の大半を占める繊維事業の環境は22年下半期(22年10月~)から厳しい状況が続いています。その要因の一つは中国からの非常に安価な繊維素材の流入です。

 現地当局が22年12月に中国に対するセーフガードを解除して以降、中国からの安値攻勢が顕著になり、当社が現地で作る合成繊維わた、それらを原料とした糸・織物関連事業の多くが今も難しいかじ取りを迫られています。

 最近では繊維原料の価格に底打ち感が見られるといった状況の改善がかすかに感じられるものの、全く楽観視はできません。こうした状況を打開するために当社では、高品質や新たな価値を生み出す商材の開発、生産、販売を一層加速させます。日本、中国、アセアンに展開する東レグループとの連携や相乗効果が期待できる取り組みもこれまで以上に重要です。

〈DX推進で競争力高まる/高次加工まで担う体制構築へ/タイ〉

 タイ東レグループは、引き続き工場の体質強化に取り組む。2023年度(24年3月期)は繊維を含めた事業会社全てが営業黒字を維持しており、商品の高度化と品質向上・安定を徹底した成果が表れている。24年度もこうした取り組みを継続し、強みが評価される領域での事業拡大を進める。

 合繊糸製造のタイ・トーレ・シンセティクス(TTS)は、エアバッグ原糸が順調で、収益をリードしている。製造工程での自動モニタリングや品質の日次管理などを導入するなど、デジタル技術で企業を変革するDXを生産管理で進めたことで品質の向上と安定性が高まり、コスト競争力が向上した。

 そのほかの産業資材向けはシートベルト向けや工業用縫い糸向けポリエステル長繊維が悪戦。アジア市場に安価な中国品が流入しており、競争が激化した。このため従来の原糸販売だけでは限界があるとして、高次加工まで担う体制の構築を進めている。既に洋上風力発電設備向け護岸ネットなどで取り組みが進む。

 衣料用途はポリエステル長繊維が前半こそ欧米アパレルの在庫調整で苦戦したが、後半からは荷動きが正常化した。また、タイ国内需要は低迷が続いていることから、現地のニッター・織布企業と連携しながらASEAN域内の市場開拓にも努めている。複合紡糸も新たに導入し、25年には稼働予定。生産品種の一段の高度化を進める。

 紡織加工のトーレ・テキスタイルズ〈タイランド〉(TTT)もエアバッグ基布が順調だ。品質が高まったTTSの原糸使用率を引き上げることで生産ロスなどが減少し、さらに自社での効率化活動も効果を発揮しコストダウンと利益率改善に寄与した。

 ただ、衣料用テキスタイルは収支トントンにとどまる。特にポリエステル・綿混織物が市況低迷で苦戦が続く。ロシアによるウクライナ侵攻以降、欧州向けの受注が大きく減った。安価な中国品との競争激化も逆風だ。

 一方、ポリエステル短繊維織物は5年ぶりに黒字浮上するなど堅調。中東民族衣装用途で高付加価値品開発を進めた成果が出た。力を入れているインド向けも順調に拡大した。ポリエステル長繊維織物はスポーツメガブランドなどが生産をASEANにシフトさせていることが追い風となる。

 24年度もTTS、TTTともに引き続きエアバッグ用途に力を入れる。また、TTSの原糸、TTTの樹脂加工でブレーキホースなどゴム資材の拡大にも取り組む。日系だけでなく欧州メーカーにも徐々に採用が始まった。

〈ASEANの技術開発拠点に/執行役員 在タイ国東レ代表 トーレ・インダストリーズ〈タイランド〉社長 松村 正英 氏〉

 タイは衣料繊維だけでなく自動車や電機・電子といった産業がASEAN諸国の中でも高レベルで集積している国です。この地で高度なモノ作りを進め、タイ国内だけでなく海外に輸出していくことが基本となります。ASEANにおける技術開発拠点であり、生産拠点となることがタイ東レグループの役割です。

 そのための取り組みや設備投資も進めてきました。2023年度はエアバッグ原糸・基布の収益は順調に改善しましたが、これも品質管理などでDXを積極的に進めた成果。やはり開発と品質こそが重要であり、これで負けなければ、まだまだタイで事業を拡大できると確信しています。このため、さらなる商品高度化に向けて複合紡糸設備も導入を進めます。

 新原糸開発のための部署も新設しました。やはり新たなモノ作りのためには人材が欠かせません。現在、人材を集め、育成を進めています。また、エネルギー効率化などの取り組みも推進し、工場の体質強化に取り組みます。

〈特品活用で市場開拓/東レGの適地生産を主導/マレーシア〉

 マレーシア東レグループは、安価な中国品との競争が激化するアジア市場においてサステイナブル素材や東レの高付加価値原糸・原綿を活用したテキスタイル開発と提案で市場開拓に取り組んでいる。米中貿易摩擦や中印間の政治的摩擦が高まる中、米中印と個別にETFを結んでいるマレーシアにとって商機拡大の可能性があることも追い風になる。

 2022年下半期から続く欧米市場での需要減退や中国品の安値攻勢もあり23年度も依然として市況は低迷した。このため紡織加工のペンファブリック(PAB)、ポリエステル短繊維製造のペンファイバー(PFR)ともに定番品・汎用品が苦戦した。このため両社とも24年度に向けて商品の高付加価値化や新規用途開拓に力を入れる。

 PABは、東レの特品原糸・原綿を活用した高付加価値テキスタイルの開発を進めると同時に、ASEAN域内での東レグループ各社のポリエステル・綿混織物事業のリソースを最大限活用できるようにグループ内での資源再配分、適地生産を主導することを目指す。

 また、主力用途であるシャツやワークウエアに向けて顧客ごとにカスタマイズした商品提案を進めると同時に、カジュアル用途にも東レの特品原糸・原綿を使った高付加価値テキスタイルを投入し、市場開拓に取り組む。

 その際に1995年~2010年ごろに生まれた「Z世代」に向けた動画やSNSなど、デジタル技術で企業を変革するDXを活用した販促ツールを拡充し、効果的な提案に取り組む。

 エネルギーなど用役コストが高止まりしていることに加え、最低賃金引上げが俎上(そじょう)に上るなど人件費が高騰する可能性が高まった。このため省人化・省エネルギー活動だけでなく収率改善などあらゆる領域で聖域なきコスト削減活動を徹底する。

 PFRは中国品との競争激化が続いており、アジア市場でのポリエステル糸・わた価格も低下傾向。この傾向は24年度も変わらないとみている。このためASEANの立地を生かしたオペレーションの構築と高品質・高機能化による差別化を進める。

 特に世界的に需要が高まる環境配慮型素材の拡大を進める。東レの繊維事業本部と連携し、リサイクルやバイオ由来原料の活用した開発を強化する。不織布、衣料、産業資材の各用途でマレーシア版「&+」の販売拡大を目指す。

〈市場開拓でリーダシップ/執行役員 在マレーシア国東レ代表 トーレ・インダストリーズ〈マレーシア〉社長 テー・ホック・スーン 氏〉

 マレーシアは米中印各国と個別に自由貿易協定(FEA)を締結しており、特に中印間の貿易では、マレーシアで加工貿易することで関税フリーの恩恵を享受できるメリットがあります。近年の米中貿易摩擦や中印間の政治的摩擦はマレーシアにとって商機拡大のチャンスとなる可能性があります。

 こうした中、マレーシア東レグループは、ポリエステル短繊維事業で衣料用紡績や不織布に向けてリサイクル品や極細繊度わたなど特品の開発を進め、安定供給する役割を果たしていきます。

 また、ポリエステル・綿混織物の東レグループの主要拠点として、新商品開発や新規市場開拓でのリーダシップを発揮します。新型コロナウイルス禍以降、東レの高付加価値原糸・原綿を活用した差別化商品の開発と上市で実績を上げてきました。縫製拠点として期待されるインドネシアの地産地消の実現に向けて、マレーシアからの品種の移管も進めています。

 原燃料高騰や人件費上昇などコスト構造も大きく変わる中で、マレーシア東レグループ全体として共同購買や設備共有、共通機能の統合などコスト削減プロジェクトを検討・推進しています。