2024年春季総合特集(7)/Topインタビュー/帝人/社長 内川 哲茂 氏/課題解決へ水平・垂直で/地球環境に資する事業を

2024年04月22日 (月曜日)

 帝人は、2023年度(24年3月期)を収益性改善の年に位置付け、アラミド繊維や複合成形材料で施策を進めてきた。課題によって進行度合いにばらつきはあるものの、アラミド繊維で掲げた「生産性の改善」が進展を見せるなど、確実に前に進んだ。24年度以降は、中国や欧米を中心とする世界経済に不透明感は残っているが、ソリューション提供型の企業としての成長を加速する。内川哲茂社長はそのポイントの一つに共創・協働を挙げるが、「自社のためではなく、社会課題を解決するための共創・協働。そのような発想に転換していく必要がある」と強調する。

――帝人の共創・協働について教えてください。

 これからは水平分業と垂直連携の両方に取り組まなければ、残っている社会的課題を解決することはできません。例えばサーキュラーエコノミー(循環型経済)です。文字通り「輪っか」ですが、それぞれの階層に水平分業が存在します。それに参加できるかどうかが、会社の将来を左右すると考えています。

 スーツのリサイクルで例えると分かりやすいでしょう。表地にはウール、裏地にはキュプラ繊維、芯地にはポリエステルが使われ、製品の回収や素材の分別を含めて、一社でのリサイクルは難しいと言えます。循環する輪っかを作るには幾つも水平分業が必要です。これまで以上に連携が不可欠な時代が来ています。

――具体的な取り組みは。

 ヘルスケア関連の話になりますが、創薬ソリューションプロバイダーを傘下に持つアクセリードと研究で水平分業を行っています。「価値を水平分業で作る」という時代に合致した取り組みであると言えます。この水平分業によって帝人が持っている研究所の価値が何倍にも大きくなると考えています。

――共創・協働は最近生まれた概念ではありません。

 いろいろな形がありますが、これまでは自分の価値を高めてくれる人・企業との取り組みが主眼でした。現在は社会課題を解決するための連携です。これが大きな違いであり、出発点や種類が異なります。このため業界の枠を超えた共創・協働が求められますし、業界内の競争相手との連携も必要です。

 ただ、当社内でも「自分たちの素材を売るため」という感覚は残っています。これから洋上風力発電の導入が増えると予想されますが、「帝人は発電翼のリサイクルができる」だけでは前進しません。発電機にはモーターも電線も金属も使用され、チームで対応することが重要なのです。

 「どのようにすれば社会課題解決できるか」を出発点にした共創・協働はこれからです。考え方の転換が帝人にも私自身にも求められています。それを早く達成できた会社が生き残っていくのだと思います。志向してきた「ソリューション提供型」を本物にしたいと思っています。

――そのような考えは航空機や自動車メーカーなどにも広がっているのでしょうか。

 「リサイクルは自分たちも責任を負っている」と考える企業は存在します。一方で「部材や素材のリサイクルはそれを製造したメーカーの責任」という考えを持つ企業もあるでしょう。現在は、理念に共感する企業が集まりつつあるような段階と言え、水平分業で構成する輪っかになるにはもう少し時間が必要かもしれません。

――23年度は収益改善の年でもありました。

 収益改善は全体の話ではなく、アラミド繊維と複合成形材料、ヘルスケアの改善策です。ヘルスケアは、事業構造を変えるための策であり、予定通りに進みました。アラミド繊維と複合成形材料も改善すべき部分をコミットしたのであって、経済環境や原油価格で変わる数値とは切り離して考えています。

 アラミド繊維は、生産性の改善がようやく「できた」と言っても良い水準になりましたが、見込みよりは少し遅れてしまいました。火災事故からの復旧は前倒しで進みましたが、そこからの生産性の安定が予定よりも遅れました。天然ガスや原材料の調達の方法の変更などが影響しました。

 複合成形材料は、故障した工場を助けるために周辺工場の生産性が落ちました。それを元に戻すことに加え、労務費や物流費の上昇に対して新たな施策を取ることに注力しました。労務費と物流費は自動化(効率化)や集中購買といった施策によって対応が進みました。周辺工場の生産性向上はまだ途上です。

――24年度に入っています。事業を取り巻く環境は。

 中国経済は良くない状態が続き、今年度前半のうちは戻らないと予想しています。中国国内の消費が抑えられたことで同国製の製品があふれ、欧米市場に流れています。経済が減速する中でのそうした状況ですので、欧州は良くない状況が固定化してしまう懸念もあります。

 米国は、自動車が一定台数販売できているようですし、経済は維持しています。ただ、労務コストの上昇が続いており、製造業には厳しいと言えます。日本はよく分からないのが実情です。景気が悪くはなっているという感覚はありませんが、報道などで耳にするほど良くなっているという実感も持てません。

――24年度以降の基本的な方針は。

 繰り返しになりますが、ソリューション提供型への変貌を志向してきました。マテリアルではサステイナブル社会に向けた動きが加速し、それを実現するための共創・協働の時代が到来しています。帝人も飛行機や自動車、エネルギーという領域でサステな地球環境を作るに資する事業を重点化します。

 発想の転換は欠かせません。電気自動車を例にすると、われわれは軽量化に貢献する提案を行ってきましたが、顧客は航続距離を伸ばすことを求めています。それには軽量化以外にもできることはあります。「顧客の困り事から入り、一社でできないことは共創・協働で対応する」。その考えが重要だと思います。

〈最近のプチ贅沢/際限なく購入〉

 最近のプチ贅沢は「電子書籍の購入」と話す内川さん。以前は紙の本を購入していたが、増える一方で置き場所に困り、家族によく注意されていたのだとか。電子書籍の場合はかさばることがなく、「家族には内緒にしながら際限なく買って読んでいる」と言う。忙しい毎日を送るが、午前4時から午前6時を読書の時間に充てており、月間20冊は読んでいる。出張時にも本は欠かせないが、「何冊もかばんに入れなくていいのも電子書籍の利点」と語った。

【略歴】

 うちかわ・あきもと 1990年帝人入社、2017年帝人グループ執行役員マテリアル事業統轄補佐兼繊維・製品事業グループ長付、20年同複合成形材料事業本部長、21年4月帝人グループ常務執行役員兼マテリアル事業統轄、同年6月取締役常務執行役員などを経て、22年4月代表取締役社長執行役員