2025年春季総合特集(2)/巻頭対談 大学が導く繊維産業の未来は

2025年04月22日 (火曜日)

京都工芸繊維大学繊維科学センター長教授 博士(工学) 奥林 里子 氏

信州大学繊維学部長 教授 博士(工学) 村上 泰 氏

 グローバルな課題への対応を主導し、国際秩序を維持しようとする国家や国際的な枠組みが存在しない、いわゆる「Gゼロ」時代に突入する中、日本の繊維産業は進むべき方向性を見いだしにくくなっている。繊維が再び活気ある産業へと復権を目指すには産学が連携し、明確な成長戦略を描くことも一つの選択肢となる。今回、信州大学繊維学部長の村上泰教授と京都工芸繊維大学の繊維科学センター長の奥林里子教授に、日本の繊維産業の現状とこれからの針路を語ってもらった。

〈技術と感性が織りなす大学教育〉

――それぞれの大学の特徴を教えてください。

 奥林教授(以下敬称略) 京都工芸繊維大学は単科大学で規模が小さい分、機動力があり、学内で統合が取りやすいのが特徴です。京都には歴史ある技術系企業が集積しており、地域企業との連携も強みです。また、近畿圏内にあり、滋賀や奈良、和歌山、兵庫といった繊維産業の盛んな地域と地理的に近く、連携がしやすい点も利点です。

 もう一つの特色は「デザイン」を軸にした分野融合型の教育研究に力を入れていることです。2014年にはスーパーグローバル大学創成支援事業に採択され、国際的な専門人材の育成にも注力しています。

――繊維科学センターの設立はいつですか?

 奥林 2006年です。

――ちょうど繊維学部がなくなった年ですね。

 奥林 はい。今年度は数えで20年となり、記念イベントも予定しています。現在、学部教育はありませんが、繊維学部復活を望む声は学内外にあります。

――信州大学は国内で繊維学部が残る唯一の大学となります。

 村上教授(以下敬称略) 繊維学部には「先進繊維・感性工学科」「機械・ロボット学科」「化学・材料学科」「応用生物科学科」の4学科があり、必ずしも全てが繊維分野に関わっているわけではありません。繊維に直接関係するのは「先進繊維・感性工学科」ですが、「機械・ロボット学科」は繊維機械、「化学・材料学科」は紡績や化学繊維、「応用生物科学科」は蚕糸の流れをくんでおり、それぞれに繊維とのつながりがあります。

 産学連携にも力を入れており、最先端の試作・評価設備を備えた「ファイバーイノベーション・インキュベーター(Fii)」には、企業との橋渡し役となる経験豊富なコーディネーターが常駐しています。プロジェクトスペース(レンタルラボ)は50室あり、ベンチャー企業を含めさまざまな企業が利用中です。さらに、起業支援に向けたシェアオフィスの整備も進め、ソリューションの提供を目指しています。

〈変革の岐路にある繊維産業〉

――昨年11月、ユニチカが繊維事業からの撤退を表明しました。今年3月にはクラボウが安城工場(愛知県安城市)を6月に閉鎖することを発表しました。繊維産業の縮小はいまだに続いています。

 奥林 現在はまさに変革期だと感じています。海外移転や国内産業の空洞化が背景にありますが、技術を持ち、それを生かせる企業が今後も残っていくと考えています。クラボウさんも安城工場を閉鎖されますが、スマートテキスタイルなど新分野に注力しており、新たな方向に進もうとされている印象です。

 村上 これからはファストファッションではなく、良いものを長く使う方向に進んでいく可能性があります。そこに適応できる企業が生き残るのではないでしょうか。規模は小さくなるかもしれませんが、ベンチャーが増え、中小企業の動きも活発になるとみています。

 奥林 本学と信州大学さんは、欧州繊維系大学連合(AUTEX)と連携し、海外インターンシップや研究者の招へいなどの教育プログラムを実施しています。その中で、コーディネーター校であるベルギーのゲント大学の大学長と一度お話しする機会がありました。

 彼は、ベルギーではベンチャー企業の精神が重要視されていると話していました。日本では大企業が多く、中小企業は系列化されていますが、ベルギーでは小さくても革新的な企業が産業をけん引し、経済に大きな影響を与えていると話されていました。

 日本では少子高齢化が進み、将来的に市場規模が縮小する可能性があります。そうした背景から、小さくても革新的なタイプの企業が今後増えていくかもしれません。大学においても、これからの産業に対応するためにベンチャー精神が重視されつつあります。プロジェクトを立ち上げる際には、科学技術だけでなく、モノ作りの視点も重要だと感じています。

 現在、繊維産業は大きな転換期を迎えており、変革を遂げながら生き残りを懸けて進化し続けている企業が多く見られます。

 村上 今、利益を上げなければ生き残れない時代です。単に売るだけでなく、その先を見据えることが重要になっています。

 昨年度の中堅・中核企業の経営力支援事業で丸井織物さんやカジグループさん、サンコロナ小田さんなど北陸産地の有力企業とのつながりができてきました。北陸産地は垂直連携が強い一方で、海外売上比率が低いという課題を抱えています。つまり、アウトプットの方向性こそが、重要なポイントだと考えています。

 また、従来の衣服用途だけでは成長が見込めません。産業資材など、異分野への展開が課題です。例えば、土木分野などで、海外展開と同じくらいの障壁がありますが、異分野に進出しない限り、利益率の向上は難しい。

 奥林 最近、ある世界的なスポーツ用品メーカーの関係者が大学を訪れました。日本で一度展開しましたが、失敗し、再度進出を検討しています。このメーカーは値頃感のあるスポーツウエアを展開していたものの、「日本人はスポーツウエアに高い品質を求めるため、安価だと機能が劣ると感じられ、売れなかった」と話していました。コストパフォーマンスの高いユニクロの商品で十分だと思われたのです。

 そのため、方向転換し、中価格帯と高級品のカテゴリーを作り、売り出すことを決めました。高級品には機能性繊維を使いたいということで、大学に相談に来られたわけです。

 村上先生が言われたように、もうかるモノ作りを増やすことが重要です。「大事に着たい」と思わせる商品を作ることも一つの方法だと思います。日本人の細やかな感性を生かした良いモノ作りが、生き残る道かもしれません。

 村上 日本人は「安くしないと売れない」という考えが強いですが、それが過剰生産や廃棄の原因となっています。今後は、良いものを少量作り、高く売るという商習慣に変えていく必要があります。

――EUでは24年7月に「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」が施行され、繊維製品へのデジタル製品パスポート(DPP)の導入が進められています。日本の繊維産業にも影響が出そうです。

 村上 23年に信州大学と繊維検査機関が協力し、「繊維産業におけるLCA人材育成コンソーシアム」を立ち上げました。LCA(ライフサイクルアセスメント)は、原材料調達から廃棄・リサイクルまでの環境負荷を評価する手法です。この手法を担う人材の育成と、繊維製品におけるLCAのオープンプラットフォームの構築を進めています。

 DPPは製品の環境情報を可視化する仕組みで、LCAの結果も組み込めます。ただ、単に数値を出すだけでは不十分で、どうすれば削減できるかまで理解できる人材を育てることが不可欠です。日本の繊維業界が生き残るには、開発のターゲットを明確にし、LCAの視点を持つことが重要です。

 既に欧州の展示会では、GRS(グローバル・リサイクルド・スタンダード)やGOTS(オーガニック・テキスタイル認証)の取得が求められるようになっており、これがないと出展すら難しくなっています。日本でまだ危機感が薄いのは、輸出が少ないためです。しかし、輸出をしている生地商社などではその重要性を認識しています。

 奥林 LCAの基盤確立に向けた動きは加速していきそうですね。

 村上 手順書のバージョン2も公開を予定しています。ただ、机上の手順書だけでは現場と食い違うことが多い。例えば縫製工場では、ミシンではなくエアコンが一番電力を使っています。染色工場においては乾燥工程が最もエネルギーを消費します。

 こうした現場感覚を持つ人材が各企業に1人でもいれば、業界全体が良い方向に進むのではないかと感じています。

〈共創で描く持続可能なモノ作り〉

――京都工芸繊維大学繊維科学センターと信州大学繊維学部Fiiは、昨年3月に包括連携協定を締結しました。将来的には、繊維産業の持続的発展につながるオープンプラットフォームの構築も視野に入れています。

 村上 経済産業省がまとめた「繊維技術ロードマップ」には、「オープンプラットフォームによる事業化促進」という項目があります。この取り組みを、京都工芸繊維大学さんと共に進められるのは非常に心強いと感じています。

 ただし、こうした取り組みは大学にとって重要であるにもかかわらず、日本の大学制度では“本業”とは見なされにくいのが現状です。そのため、LCAのプロジェクトも、特任教授や検査機関の協力によって支えられています。関わってくださっている方の多くが卒業生であり、このプロジェクトは、まさに卒業生に支えられているとも言えます。

 先生方も、自身の業績より「繊維業界を何とかしたい」という強い思いで取り組んでいます。熱意にあふれたプロジェクトです。

 奥林 大学教員の本業は論文執筆などが中心なので、現場に近い実践的なプロジェクトにはなかなか関わりにくいという実情があります。

 村上 実際、こうした取り組みは大学内で評価されにくいのが現状です。欧州では実務的な活動も評価される方向に進んでいるようですが、日本ではまだその意識が浸透していません。私たちは「繊維学部」と名乗っている以上、「繊維に何も取り組んでいない」と言われるのが怖いんです。それが実は、一番のモチベーションだったりします(笑)。

 繊維学部が工学部と何が違うのかと問われたとき、独自性を持たないと生き残れません。だからこそ、とがった取り組みが必要だと思っています。

――22年に両校で社会人向け教育公開講座「連携リカレント教育コース」をスタートさせるなど、元々連携を強めていました。

 村上 その講座は今年4回目に入りました。デジタル技術で企業を変革するDXやサステイナビリティーに加え、人権についても講義を増やします。

 リカレント教育を互いに別々でやっても、つぶし合いになってしまいます。それよりは協力して一緒にやりましょうということで始めました。

 奥林 「サステ」と「テキスタイル」を軸に、ドイツや米国の大学のプログラムを参考にしています。ただ、テーマに沿って教えられる講師を見つけるのが一番苦労しましたね。村上先生にご協力いただき、優れた講師陣をそろえることができました。

 村上 大学の先生では実例を詳しく説明できないこともあります。そういう場合は、実際に企業で経験を積んだ方が講師を務めたほうが、受講者にとっても実践的で有意義だと思います。

 奥林 本学には「KYOTO Design Lab(D―lab)」があり、ここではサーキュラーデザインや行動変容学に取り組む先生が活躍しています。

 一方、信州大学さんはLCAに基づく仕組み作りに力を入れており、私たちはその成果を社会に広め、行動の変化を促す役割を担いたいと考えています。LCAを活用した社会変革には連携が不可欠です。

 京都は人口も産業も集まる地域で、うまく機能すれば国内外のモデルケースにもなり得ます。例えば地域単位でのLCA計算の導入にも取り組む可能性があります。信州大学さんの手法を活用しながら、地域全体で持続可能なモノ作りを推進するモデルケースを築いていければと考えています。

〈世界の企業との架け橋に〉

――大学としてこれからどのような役割が果たせるのでしょうか。

 村上 繊維企業は商社経由で販売することが多く、最終顧客のニーズが見えにくいのが課題です。だからこそ、直接販売によるダイレクトマーケティングで、顧客の声を吸い上げる必要があります。これができなければ、高付加価値化は難しい。

 海外市場では日本のやり方がそのまま通用するとは限らない。現地企業と連携し、市場に合った製品開発が重要です。3月に本学で開いた「グローバルサミット」は、日本と欧州の中小企業同士の連携促進が目的で、これまでの大企業中心の業界の構造を見直そうとしています。

 2月にはドイツのアーヘン工科大学や、フランスの繊維業界の競争力強化を目的とした拠点「テクテラ」を訪問しました。海外では、防衛や医療など日本で展開しにくい分野で連携ができる可能性も感じました。

 欧州では企業同士のマッチング支援が専門的に行われています。大学が企業をサポートし、目的や分野を明確にして欧州の企業と橋渡しすることもしていければと考えています。成功事例が出てくれば、次々といろいろな声が上がってくると思います。

 特に海外では、経営者自身が直接交渉に当たることが求められます。現地では即断即決が求められ、社長が前に出ることが成功の鍵になります。言語の壁があっても、熱意があれば相手に伝わります。大学はこうした海外展開のサポート役として大きな役割を果たせると感じています。

 奥林 大学としては、将来の人材育成だけでなく、社会人向けリカレント教育にも力を入れていきたいと考えています。

 京都の企業を回っていると、独自技術を持つ中小企業が多くありますが、それを十分に生かせていないケースも見受けられます。大学としては、そうした技術を次の展開につなげる提案や支援を構想しています。

 京都には、創業から4代目・5代目の若い経営者が増えており、デジタル化にも柔軟に対応しています。大学がタイミングよく関わることができれば、大きな可能性があると思います。現在、京都市産業技術研究所から毎月1社ずつ紹介を受け、チャレンジ意欲のある企業を訪問しています。そこから連携を広げ、プラットフォーム作りと人材育成を進めていければと考えています。

 例えば、炭素繊維の高度な織り技術を持つ企業があり、社長は情熱をもってさまざまな織り方に挑戦されています。しかし、価格が高く販売につながらないという現実もあります。そうした“もったいない技術”を社会に生かす仕組み作りが求められています。

 村上 ぜひその企業を紹介していただければ。

 奥林 その先には、やはり「世界」があると思います。先ほど村上先生も話されていましたが、日本では建築基準法などの規制が厳しく、テキスタイルを壁紙に使うことができません。しかし、海外ではそれが高級品として評価され、販売されている事例もあります。

 村上 サステイナブルな製品は、正直なところ日本では売れにくい。私が知っているあるベンチャー企業の社長は日本とはまったく反応が違って、欧州の展示会では高く評価され、結局日本市場での販売を止めました。現在は欧州に拠点を設けて活動しています。時代がそうなりつつあるのかもしれません。

 大学としても、AUTEXなど海外とのネットワークを生かし、企業同士をつなぐような取り組みができればと考えています。例えば、奥林先生が関わる企業と海外企業の連携を進めることも可能でしょう。さらに、現地と日本双方にオフィスを設け、相互に活用する形も有効なのではないでしょうか。

〈実は重要な繊維機械〉

――グローバルサミットで、ドイツでは学生が企業での実務経験を通じて博士号を取得できる仕組みがあると聞きました。日本でもそのような仕組みを導入できないのでしょうか。

 村上 日本では論文数が重視されるため、制度として導入するのは難しく、時間もかかるでしょう。ドイツでは企業に入った博士学生が実務を通してLCAを広めるなど、産業界と学術の連携が進んでいます。

 奥林 実際にドイツでは博士学生が現場で働きながら論文を書き、給与も得ています。日本にはそうした仕組みがほとんどありません。

 村上 博士号の評価基準が違うのです。日本は「数」、ドイツは「中身と貢献」が重視されています。

――ドイツには特定分野で世界トップシェアを持つ「ヒドゥン(隠れた)・チャンピオン」の企業が約1300社あるのに対し、日本は220社ほどです。なぜこの差があるのでしょうか。

 村上 最大の違いは中小企業への支援制度です。ドイツでは企業同士が対等にネットワークを組み、その活動を国が支援し、成果も共有されます。一方日本では、補助金が個別企業に向けられ、成果もその企業のものになってしまう。これでは全体の発展につながりません。

 特に深刻なのが「機械分野」です。本来、機械は皆で共有しながら開発を進めるべきですが、日本ではその仕組みがなく、結果としてドイツに遅れを取ってしまっている。開発の在り方と予算の構造を見直す必要があります。

 繊維機械では、独自性やブレイクスルーがあれば大きな可能性がありますが、予算がなく開発が進められないのが現実です。

 奥林 私もその課題を感じています。サーキュラーラボのようなものを立ち上げたくても、古い機械の導入には補助金が出ず、現場は困っています。

 村上 旧型機械でも活用次第で可能性がありますが、「古い」から支援の対象外になることが多い。さらに、最先端技術はコストがかかりすぎて商業化が難しい現実もあります。むしろ、コストが低く、付加価値の高いシンプルな技術こそが産業を救う鍵になる。コロンブスの卵的な開発をしないと産業は救われないと思います。

 奥林 その考えには共感します。

 村上 日本では「材料分野」には予算が出るが、「機械分野」には出ないため、機械の研究者が材料にシフトする事例もあります。これは制度的なバランスの悪さを示しています。

〈まずは行動する勇気を〉

――日本の繊維産業が歩むべき道とはどのようなものでしょうか。

 奥林 繊維産業は高付加価値のモノ作りに活路があります。そのためには、独自技術に対応した機械開発が不可欠です。私の専門である超臨界無水染色も、装置の開発に時間がかかっています。企業単体では負担が大きく、国の支援が必要です。また、異分野との連携による新しいモノ作りも重要で、そこに大学の役割があると感じています。

 村上 業界の大きな課題は、マーケティング力の弱さです。多くの企業が「作れば誰かが売ってくれる」という意識にとどまり、市場や顧客を見る姿勢が乏しい。商社任せの構造もあり、製造側の利益率は低く抑えられています。

 例えばネスレはコーヒーだけでなく、コーヒーを入れる機械まで自社で展開し、15%の利益率を確保しています。そういう発想が繊維企業にもあるかどうかが問われています。

 カモ井加工紙(岡山県倉敷市)のマスキングテープもそうです。おしゃれな図柄のマスキングテープ「mt」になって、市場が開けました。柔軟な発想で市場へ訴える力が必要です。

 海外市場で勝つためには、「売ってもらう」ではなく、「自分たちで売る」姿勢への転換が不可欠です。そうでなければ永遠に変わることはありません。言葉の壁などは協力すれば乗り越えられます。必要なのは、まず行動する勇気です。

――本日はどうもありがとうございました。