2025年春季総合特集(7)/Topインタビュー/東洋紡 社長 竹内 郁夫 氏/ワンチームで機動的に/積極投資の成果を出す

2025年04月22日 (火曜日)

 世界経済の先行きが極めて不透明となる中、東洋紡の竹内郁夫社長は「有事には全社が一体となる“ワンチーム経営”で機動的に対処することが求められる」と強調する。米国のトランプ大統領による相互関税発動によってインフレと不況が同時進行するスタグフレーションの懸念も高まったとして「手元資金を厚くするなどディフェンシブな姿勢で経営に臨む必要も出てきた」と話す。一方、これまで成長領域に対して積極投資を進めてきただけに、2025年度(26年3月期)は、その成果を収穫することが大きなテーマとなる。

――トランプ大統領の相互関税で世界経済が混乱するなど、文字通り“Gゼロ時代”を実感するような状況になっています。

 相互関税によって米国の日本に対する関税率も大幅に引き上げられるとされており、Gゼロどころかマイナスになってしまったようなインパクトです。当社の場合、直接に対米輸出している事業はそれほど大きくないので、今回の関税引き上げの直接的影響は限定的でしょうが、自動車分野などを中心に間接的な影響がどこまで大きくなるか現段階ではなかなか予想できません。

 ただ、経済原則から考えれば関税によって米国の物価は上昇し、それが需要の減退につながる可能性があります。つまり、インフレと不況が同時進行するスタグフレーションになることが非常に心配です。また、米国への輸出が難しくなった中国などから米国以外の市場への供給圧力が高まるかもしれません。メーカーからすればデフレ圧力が強まることになります。非常にリスクの高い状態になりますから、経営として当面、手元資金を厚くするなどディフェンシブな姿勢で臨むことが必要になるでしょう。

 もう一つは、有事には組織が一体となって機動的に対処することが重要になるということです。当社も現在、“ワンチーム経営”を掲げて、横断的なテーマに関しては組織横断的に対応する取り組みを進めています。これは元々、24年度(25年3月期)に予定していたフィルム事業の新製造ライン立ち上げが計画に対してやや遅れたことの反省から生まれたものでした。今回の問題でも全社的に取り組む必要があります。

 いずれにせよ今回の問題は、歴史的な大転換の契機になるかもしれません。これまで前提としてきた自由貿易と民主主義の体制が転換期を迎えたと見ることもできます。

――24年度を振り返ると。

 計画に対して少し足りないでしょう。大きな要因はパッケージ用フィルムとメディカル向け商材の新ライン立ち上げが遅れたことです。ただ、これらの需要自体は堅調。特にディスプレー用フィルムやバイオ、メディカル分野の商材は旺盛な引き合いが続いています。繊維も中東民族衣装用織物の輸出が堅調でした。マクロで見れば、原料価格の上昇が一服し、価格改定による転嫁も進めたことで原料価格と商品販売価格のスプレッドが改善した形です。

 当社はここ数年、積極的な投資を続けてきました。設備更新も含めて過去3年で約1500億円を投資していますが、このうち成長投資だけでも約500億円に達します。こうしたチャレンジの成果を24年度から発現させる計画でしたが、それが少し遅れたということです。

――既存のフィルム、エアバッグ原糸・基布、機能繊維、機能材の各事業はいかがですか。

 フィルムは収益が改善しつつあります。エアバッグは18年の工場火災事故以降、厳しい条件での事業運営が続いていましたが、ようやく正常化しつつあります。タイの合弁会社で供給先の認証取得がやや遅れていますが、これが解決すれば出荷も本格化しますから26年度には黒字化する計画です。ただ、ここに来て米国の関税問題の影響が心配ですが。

 機能繊維は、子会社の日本エクスラン工業も含めて収益改善が進みました。しかし、資本効率という面ではまだまだ課題があります。機能材は東洋紡エムシーを中心とする体制になり、きめ細やかな事業運営ができています。設立2年間で従来の東洋紡にはなかったカルチャーが育ちつつあるのでは。

 ただ、東洋紡エムシーを設立した目的は、特徴のある機能材を世界に向けて拡販することでした。この点ではまだまだ十分な成果を上げているとは言えません。

――25年度が始まりましたが、事業環境は波乱含みです。

 変化の中で対応しながら、しっかりと利益を出すしかありません。ですから「安全・防災・品質の徹底」「未来への仕込み」を当然のこととして、“稼ぐ力を取り戻す”という基本方針を継続します。経済情勢が不透明となる中、使用資本をあまり増やさずに守りの経営を心掛けることも必要でしょう。

 その中で、これまで投資してきたフィルム、バイオ、メディカルといった成長領域を拡大させます。フィルム事業はパッケージ用だけでなく工業用でも半導体関連用途で投資を進めています。バイオ、メディカルなどライフサイエンス事業も需要は引き続き堅調ですから、その間に次の成長ドライバーに向けた構想を練ることになります。

 機能繊維・商事事業は、さらに資本効率を高める。4月から東洋紡せんいに東洋紡STCの工業材料事業と機能資材事業を移管しましたが、これによって非衣料分野と衣料分野の研究開発などを一体運用できるようになります。機能材事業は基盤整備の段階は終わりました。クッション材やリチウム回収装置、エンジニアリングプラスチックなど可能性が広がっている事業も多い。東洋紡エムシーはOEMも活用しながら販売拡大に取り組みます。

〈昭和時代の思い出/ピタリと電話が止んだ〉

 1985年(昭和60年)入社の竹内さん。その年の9月にはプラザ合意が成立し、円高時代の幕開けに。「繊維輸出の部署にいたのですが、それまでジャンジャン電話がかかっていたのに、合意が成立した瞬間、ピタリと電話が止んだ」。皆が一瞬、方向性を見失ったためだ。「相互関税問題でも同じことが起こっている」。プラザ合意後、日本の繊維産業は苦難の道を歩むが、自己変革しながら乗り越えてきた。「今回も、そういった“ゲームチェンジ”が起こるのかも」と話す。

【略歴】

 たけうち・いくお 1985年東洋紡績(現東洋紡)入社、経営企画室長、東洋紡チャイナ董事長などを経て2018年執行役員機能膜・環境本部長、20年常務執行役員、同年取締役兼常務執行役員企画部門の統括、カエルプロジェクト推進部の担当、21年から代表取締役社長