春季総合特集Ⅲ(1)/社会課題へのメソッド/ピエクレックス「ピーファクツ」/オンワード樫山/トヨタケ工業
2025年04月24日 (木曜日)
〈ピエクレックス「ピーファクツ」/繊維を堆肥へ再生/参加しやすさ重視〉
結晶体などの物質に力を加えると、力の大きさに応じて電圧(電位差)が生じ、逆に物質に電圧をかけると力が生じてひずみが現れる――このような現象を圧電性(圧電効果)という。
村田製作所は2000年ごろから、ポリ乳酸(PLA)繊維が持つ圧電性を生かし、まず液晶ディスプレーのスピーカーに用いる技術開発に取り組んだ。
スピーカーでは採用されなかったものの、圧力センサーとして「ピコリーフ」の名称で製品化、携帯電話や健康器具に採用された。
16年ごろに、フィルムだけでなく糸にすることで、繊維製品での需要拡大を模索し、特にウエアラブル機器での採用を目指した。その中で、抗菌機能へのニーズがあり、それを契機に圧電性を応用した電気による抗菌の研究に着手する。全く新しい取り組みだったが、繊維製品にした場合の性能評価と実証手段も確立していった。
帝人フロンティアと村田製作所の出資により、ピエクレックス社が20年に設立され、「でんきの繊維ピエクレックス」として展開を開始。マスクや靴下などで抗菌機能繊維として採用された。
さらに、「ピエクレックス」が植物由来の素材であることを生かし、繊維製品を回収、堆肥化する循環インフラ「P―FACTS」(ピーファクツ)の構築を23年から始めた。
ピーファクツでは「気軽に環境貢献」をテーマとして掲げる。繊維関連業だけでない幅広い事業体が参加できることが差別化ポイントとなる。
これまでも自治体や学校法人と連携し、イベントで使用した衣料品を回収・堆肥化する取り組みを進めている。
現在、ピエクレックス社は村田製作所の完全子会社として運営されている。PLA繊維の調達を担う帝人フロンティアをはじめ、繊維業界との関わりはさらに深まっている。
今年2月、東京都内で開いた「第1回ピエクレックスカンファレンス」には、スポーツ製品製造のエスエスケイ、シャツ製造業のメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)、タオルメーカーの成願(大阪府泉南市)などが参加した。各社が活動状況や今後の展望を発表し、情報交換や製品展示も行った。
将来的にはピエクレックス社が堆肥にできると認定すれば、一般的な天然素材や生分解ポリエステルなどを使った繊維製品も「循環の輪」に加われるよう、枠組みを広げていく。
〈オンワード樫山/「カエル会議」で働き方改革/販売職は平均年収10%増〉
オンワード樫山は、従業員が働きやすい環境の整備を進めている。思いを率直に話せる場を普段一緒に仕事をするチームで作り、理想的な働き方の最適解を見つける「カエル会議」を継続的に実施。一方、販売職では従来より高い給与水準を目指せる仕組みを整え、平均年収が10%上がった。人材確保・定着へさまざまな手を打つ。
働き方改革のけん引役を担うのが、2019年に始めたカエル会議だ。「自分たちがより良い働き方をするためには何をすべきか」――。10人弱の課単位で週1回30分ほど、現場レベルで話し合う。
重視しているのは、役職や年次に関係なく自由に発言できる「心理的安全性」の確保だ。「否定しない」などのルールのもと、職場での不安やモヤモヤなども共有。解消につながる方法や、効率よい働き方をチームで考える。
例えば「好きな時期に連続休暇を取れるようにしよう」と目標を設定。実現に向け課題を抽出する。業務やノウハウが特定の担当者に集中する「属人化」の問題を抱えている場合は、マニュアルを作ったり休暇時期から逆算して計画的に引き継ぎを行ったりする。1人が休んでもカバーできる体制を敷くと同時に、引き継ぐことで後輩の成長機会にもなる。
カエル会議の継続でうれしい変化も起きた。オンワードホールディングスの青木莉奈ダイバーシティ推進Sec.課長代理は指摘する。「職場での心理的安全性が向上し、業務中も上司の顔色をうかがわずに自由に意見が言える風通しの良い職場になってきた」
一方、人事制度を改定し販売職として働く社員が従来より高い給与水準を目指せる仕組みも、24年春に整備した。仕事内容や成果をより重視して、給与に反映させる。
背景の一つに、ブランド複合型店舗「オンワード・クローゼットセレクト」の出店拡大がある。幅広い商品知識や接客スキルが求められるほか、1店舗当たりの従業員数も膨らみ、店長以外のスタッフもマネジメント業務を担う必要が出てきた。
このため販売員に求められる能力や要件を新たに定義し、それに応じた給与を付与する仕組みを導入。24年度の販売員の平均年収は前年度比10%上がった。
オンワード樫山の永富優里販売人財第二Sec.課長代理は「店舗形態や働き方の多様化が進む中で販売員のモチベーションを高めるには、広い視野での対応が今後必要になる」と話す。
〈トヨタケ工業/山間部の縫製工場に若者呼び込む/マウンテンバイクを発信の材料に〉
トヨタケ工業(愛知県豊田市)は、自動車用シートカバーを製造している。2024年11月には創業60周年を迎えた〝還暦企業〟であり、時代の変化を乗り越え自動車生産の一翼を担い続ける。
近年は業容拡大を推進しており、その一環として自動車用シートの試作も請け負い始めた。この試作事業の中心を担うのが、同社が人材確保と移住促進の施策を通じて初めて採用した遠藤颯さんだ。
主に縫製を手掛ける本社工場が立地する豊田市稲武地区は、市中心部から自動車で約1時間の距離にある中山間地。地域の過疎化が進む中、同社も社員の高齢化という課題に直面していた。
転機は10年前にスタートした「オープン・イナブ」事業。05年の市町村合併で豊田市に編入された旧稲武町が、市と連携して活性化に取り組むという同事業に携わったことがきっかけとなった。
その際、横田幸史朗社長は自身の趣味であるマウンテンバイクを使うイベントを企画した。山間部ならではの遊びを通じ、自然に囲まれた生活の魅力を伝えて人を呼び込もうとした。やがて自転車店やマウンテンバイク愛好家といった協力者も現れ、走行を楽しめるコースも作った。
こうした取り組みをインスタグラムで発信すると、イベントに移住希望者が訪れるようになった。その流れで同社への就職に至ったのが遠藤さんだった。続けて2人の移住希望者が入社し、〝初期メンバー〟が形成された。
横田社長は新しい人材を生かし、マウンテンバイクを体験する「ツアー」を事業化。遠藤さんらが縫製業と兼任する形で「ツアーガイド」を務めた。ユニークな取り組みと環境に引かれ、断続的に入社希望者が現れた。
しかし、10年が経過した現在、同社の「移住と働く・遊ぶ・住む」をパッケージにした事業は曲がり角に立たされている。同事業を通じて採用した社員で残っているのは、遠藤さんら初期メンバーのみ。本業との兼ね合いの問題もあり、マウンテンバイクのツアー事業も休止状態だ。
それでも横田社長は「一度ともした灯は消したくない」と、オープン・イナブの再開を模索する。遠藤さんが入社以降、縫製やモノ作りに興味を抱き始め、後に試作事業を取り仕切るまでになったというマッチングの成功事例があるためだ。「会社は地域資源の一つという意識を持ち続ける」と決意を示す。