春季総合特集Ⅳ(12)/Topインタビュー/セロリー 社長 太宰 幹夫 氏/枠組み超えた協業を/復旧に全力を注ぐ
2025年04月25日 (金曜日)
セロリー(岡山市)は、2024年11月期に売上高約49億円を達成する好調な業績だったものの、期末に本社「エストレア」敷地内で発生した物流倉庫の火災によって甚大な被害を受けた。復旧に向けて全力を注ぎ、備蓄と出荷体制ともに復旧しつつある。社内全員が結束して、顧客とさらに強いパートナーシップを構築していく。
――リーダー不在のGゼロ時代において、求められることとは。
当社も加入するレディースユニフォーム協議会(LU協)として初めて、5月13、14日にアクセスサッポロ(札幌市)で開かれる25秋冬新商品合同展示会の札幌展「わくワーク北海道フェスタ」に出展します。
レディースユニフォームメーカーとワークウエアメーカーが一堂に会する展示会は、久しぶりです。1988年に日本被服工業組合連合会(日被連)が主導して初めて開き、その後定期的に開催されていたユニフォームの総合見本市「ユニフォームメッセ」以来の出来事です。
先行き不透明な時代だからこそ、このような枠組みを超えた協業が大切となってくるのではないでしょうか。
――前期の業績を教えてください。
24年11月期は、前期比2桁%増の売上高約49億円でした。大型の別注案件を受注するなど別注が好調だったほか、英国のフラワーデザイナーによるロンドン発祥のブランド「ジェーン・パッカー」が増収に寄与しました。なにより、販売店との信頼関係を構築できたことや社員の成長が大きく影響しました。
――24年11月末に流通センターで火災が発生しました。
顧客や取引先をはじめ多くの皆さまに多大なるご心配、ご迷惑をおかけしたこと、深くおわび申し上げます。販売店やエンドユーザーから頂いた激励のお言葉に感謝いたします。このご恩を返せるよう精進していきたい。
今回の流通センターが全焼する火災によって、オフィスウエアを中心に23万点の製品が消失したほか、サーバー5台のうち1台が破損して型紙や仕様書が消えました。出荷不能となり、完全復旧にはまだ時間を要します。人的被害はなかったことが不幸中の幸いです。元の状態に戻すことに全力を注いでいきます。
備蓄の復旧に向けて、仕入れ先の商社が航空便を往復させる対応で、生地在庫のあった商品を2カ月間で納品してくれました。業種の異なる菅公学生服にも生産を手伝っていただきました。皆さまのご協力のおかげで、一部商品は既に備蓄が回復しています。待ってくれている顧客のために遅くとも6月までに秋冬商品の備蓄を復旧させたい。
――出荷体制をどのように再構築しますか。
本社で仕上げアイロンをした後、児島の拠点から出荷することで24年12月末に断続的な出荷ができるようになりました。現在は、一日当たり5千点超を出荷できる体制まで回復できました。
6月から仮の流通センターを稼働させるため、間もなく引っ越しに取り掛かります。従業員には負担をかけることになりますが、協力を仰ぎたいです。
焼失した建屋はこのほど解体が完了しました。27年をめどに建て直す計画です。新しい物流倉庫では、今より皆が働きやすくなるように新しい設備の導入も検討しています。
――復旧に向けて動きだしています。
LU協として出展する5月の札幌展のほか、7月に東京、大阪、名古屋、岡山、博多の5カ所で展示会を開催します。展示会を開くことは、当社として復旧を目指すという強いメッセージです。来場される皆さまは、新商品もさることながら、当社従業員の顔を見に来てくださるはずです。とにかく笑顔で迎えたいですね。
――今期の見込みは。
2カ月超にわたり出荷が滞ったことや、現状では別注の提案が困難な状況にあることから、25年11月期売上高は前期比30%減の35億円の確保も難しい状況です。当初の予測よりは早く復旧に向かっていますが、元に戻るまでには4~5年かかりそうです。
〈昭和時代の思い出/1970年の大阪万博〉
「1970年に日本万国博覧会(大阪万博)が開かれた時は、京都の友人宅に泊まり3日連続で足を運んだ」と太宰さん。当時のレディースユニフォームといえば、汚れを防ぐために洋服の上から着用する、ゆったりとした丸首の作業着「スモック」が主流だった。万博を機にレディースユニフォームが大きく変わったことを入社後に知り、カルチャーショックを受けたと言う。今年開かれている大阪・関西万博は、はたしてユニフォームに大きな変化をもたらすだろうか。
【略歴】
だざい・みきお 1974年ハワード入社。77年2月セロリー入社。88年取締役、94年常務、98年副社長、2004年から社長