創刊75周年記念特集(2)/対談「思いを紡ぐ」/日本の企業の強さは現場に/世代間の連携は不可欠/日本繊維産業連盟 会長 日覺 昭廣氏×長谷虎紡績 社長 長谷 享治 氏
2025年04月28日 (月曜日)
日本の経済を支え続けてきた繊維産業。斜陽といわれて久しいが、長年にわたって培われてきた技術力や現場力はまだまだ輝きを失ってはいない。これからも光を放つことができるのか、岐路に立っていることは間違いない。今、日本の繊維産業に何が求められているのか。日本繊維産業連盟(繊産連)の日覺昭廣会長と長谷虎紡績の長谷享治社長に課題や未来について語ってもらった。
――日本経済や繊維産業の現状をどのように見ていますか。
日覺氏(以下敬称略) 繊維産業に限った話ではないのですが、ロシア・ウクライナ問題、中東での紛争をはじめ、地政学リスクの高まりもあって非常に不透明な時代に突入しています。紛争は米国の介入などもあって停戦に向かうでしょうが、時間はかかるかもしれません。
一方で、“トランプリスク”が顕在化しています。いわゆるトランプ関税がその一つです。これによって世界経済にマイナスの影響を与える可能性がありますが、これは米国にとっても歓迎すべきものではないはずです。数カ月すればある程度落ち着くのではないでしょうか。
長谷氏(以下敬称略) 長谷虎紡績のモノ作りのベースは岐阜県羽島市で、尾州産地に立脚しています。日本には幾つも繊維産地がありますが、この数年は非常に厳しい状況が続いています。新型コロナウイルス禍の時もそうでしたが、アフターコロナである現在もさらに厳しさが増しています。
中小企業だけでなく、大手の繊維企業も再編が続き、国内工場の縮小や撤退を明らかにしています。取り巻く環境を言えば本当に厳しいのですが、あくまでも現象の一つにすぎません。厳しさの原因が何であるのかを考えていかないといけません。そこに課題解決のヒントがあると思います。
〈企業は社会課題の解決を〉
――繊維産業の課題についてどのように考えていますか。
日覺 中国は年間約7500万㌧に迫る化学繊維を生産しているとされ、量に関しては日本に太刀打ちするすべはありません。ですが、環境配慮やサステイナビリティー、機能素材への対応は日本の技術力が勝っていると言えます。それが日本の繊維産業が進む方向になります。
デジタル化やAI(人工知能)による組み合わせではなく、単純な技術の基礎から理解して変えていく力が日本の強みであり、息長く取り組んでこそ革新的な変化を生み出すことができます。問題は技術の継承にあります。日本は国民の5人に1人が75歳以上という超高齢化社会を迎え、その強みの次代への継承が課題になります。
――長谷さんは事業を継承した側になります。
長谷 社長に就いたのは2019年12月で、すぐにコロナ禍に見舞われました。数字がどんどん悪化し、何のために事業を受け継いだのかを考えました。その中で日覺会長が登場されている記事を拝見し、感銘を受けたのが「会社は社会の公器。社会課題解決への貢献が一番重要」という言葉です。
当社は製糸会社として創業したのですが、農家救済のための地元産繭玉の適正価格での購入、地域の雇用創出が根本にありました。社会課題の解決なのですが、いつしか会社の永続が優先になっていました。会社が社会課題解決のためにあるという原点に返れたのは大きなことでした。
日覺 コロナ禍は、繊維産業に多大な影響を与え、これまでに経験したことがないような困難な状況に立たされました。そうした苦難に直面した時に、本質や原点に立ち返れたのは素晴らしいことだと思います。企業のサステを考える上でも大切であり、日本の産業全体に通じます。
長谷 会社が順調な成長を遂げていたとすれば気が付かなかったかもしれません。コロナ禍という未曽有の危機が自分たちを見つめ直す機会をくれたと言えます。長谷虎紡績が持っている技術を磨き、生かしていけばもっと社会の役に立てる、社会を幸せにできると信じています。
〈5Sは強みの源泉〉
――日覺会長は産地を訪問されています。どのような感想を持たれていますか。
日覺 衣料品の輸入浸透率が数量ベースで98%を超えるなど、中国をはじめとする海外生産品に押されて、国内産地は壊滅状態にあるという声も聞こえます。
しかし実際に産地を訪問すると、各社が独自の技術を生かしたモノ作りを行い、若い経営者の姿も見ることができました。
産地の変化も感じました。かつて産地の企業はそれぞれがライバル、競争相手でした。今は共創相手として連携しています。その中には、コラボレーションによって海外市場の開拓を図ろうとする取り組みもあります。こうした動きは各産地で見られ、頼もしく思っています。
長谷 日覺会長がおっしゃる通り、連携がキーワードになっています。尾州産地には紡績会社が何社もあるのですが、他社の工場に訪問するのはご法度で、あり得ませんでした。
今はそのような縛りはなく、自由に訪問しています。若い人たちが正しい危機感を持ち、連携や共創ができるようになりました。
情報共有や意見交換のほか、紡績機械の部品などの融通も可能になっています。また、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」の5Sを通じた研修も各社持ち回りで実施しています。幹部社員や若手が他社他工場に足を運んで一緒に学んでいます。
――5Sは日本企業の強さの一つであるといわれています。
日覺 その通りです。5Sの重要性は世界ではなかなか理解されません。例えば、東レがインドに工場を設立した時の話ですが、現地の社長が安全と5Sの重要性を工場スタッフに伝えても、「生産には何の関係もない」という感覚です。「安全と5Sがあってこそのモノ作り」が浸透するには時間がかかりました。
日本人の気質もあるのですが、基本がきっちりできるのは日本の強みです。現場力の高さにもつながっています。5Sは、大企業だけでなく、産地の中小企業の現場にも染み付いています。日本では地場で社会的な責任・役割や期待を果たして地域に密着し、地域に貢献してきたからこそでしょう。この日本なりの良さを生かす支援を政府にもお願いしたいと思っています。
長谷 毎月全社員に対して社長方針を発信しているのですが、社長に就いてから言い続けているのが職場環境の整備です。5Sは一度で終わりではなく、改善の繰り返しです。これを続けることで改善のマインドが生まれ、安全を含めて工場、そして人としてのレベルが向上します。
人材確保にもつながります。良いモノを作っていても働く場所が汚いと若い人は敬遠します。当社は今年、高卒者を含めて10人が入社しました。新入社員に長谷虎紡績を選んだ理由を聞くと、「工場が奇麗だったから」「きちんとあいさつをしてくれたから」と答えました。
〈徹底的に話を聞く〉
――現場、人を大切にするのも日本企業の良いところではないでしょうか。
長谷 人を大切にしない企業には人は集まらないと思っています。休日を増やしたり、初任給や給与を上げたりすることはもちろん重要ですが、それだけではありません。それは繊維産業に限らないでしょう。われわれは技術力が認められていますが、それを継承していく人がいなければ意味がありません。
日覺 東レは米国にビデオテープ用のフィルムを製造する会社を作りましたが、ビデオテープの用途がなくなりました。米国企業なら工場を閉めますが、東レは新用途を模索し、農業用途や産業用途の開拓に成功します。高収益の企業へと成長し、当時の社員が経営幹部になっています。
今は時価総額が重視されていますが、長期的には現場や人を大切にしている企業が勝利します。米国の製造業が疲弊したのは、現場や人に目を向けてこなかったからかもしれません。トランプ大統領は製造業回帰を強調していますが、国民のマインドが変化しており、簡単ではないでしょう。
――人を育てることも不可欠です。人材育成のポイントはありますか。
日覺 管理者やリーダーが新しい部署に異動になった時、「3カ月間は何も言ってはいけない」と伝えてきました。自身の経験だけを基準に物事を運んでしまうとうまくいかないからです。3カ月間は、徹底的に周りの話を聞いて、周りを見ることが重要です。
誰もが何かを考えて行動しています。相手の考えを理解、評価して初めて話し合うことができます。それも単に指示するのではなく、本人が納得して進んで動くようにしないといけません。米国ではトップダウンで問答無用。「嫌ならば辞めろ」では人は育たないでしょう。
〈一番嫌いだった経営者〉
――長谷社長はトップとして指示する立場にあります。
長谷 世代交代はしましたが、先代を含めてベテランの社員が多く残っているのが大きいです。私の経験値はまだまだ少ないため、昔で言う番頭さんのような人にサポートしてもらえるのは非常にありがたいと思っています。
ただ、50、60代は職人かたぎも多く、教えるのが得意ではありません。そこで管理者・管理職ではなく、責任者・責任職としました。部下の仕事に責任を持ち、部下が困っていたら最大限サポートして仕事がうまくいくようにするのが役割です。実際の成果はこれからです。
――若手とベテラン、世代間の連携も重要です。
日覺 若い世代の頑張り、奮闘には頭が下がる思いです。ただ、ベテランの経験を生かすことが評価されていないことは気になります。私の恩師は90歳を超えた今もベンチャー企業に指導に行っています。若い人もベテランの話を聞いて、その上で自分の考えに生かしてほしいと思います。
長谷 若い人の発想は素晴らしいと思います。スパイバーの関山和秀代表の「スパイバーで世界を平和にする」という言葉の意味は、紛争のもとになってきた石油由来から脱却するという社会課題の解決を目指すことでした。その言葉が私の転換点にもなりました。
ただ、社長に就いて分かったこともあります。それまで一番嫌いな経営者は父でしたが、今は父が最も尊敬する経営者です。やはり世代間の連携は不可欠だと思っています。
日覺 日本人のマインド、現場力、技術開発力を継承し、しっかりと活用することで日本の繊維産業は十分世界をリードしていけます。共に力を合わせて前を向いて頑張っていきましょう。