東洋紡せんい/紡績技術の複合材料

2025年06月02日 (月曜日)

 日本の紡績はこれまで、さまざまな複合紡績糸を開発してきた。しかし、大半が衣料用であり、同技術を産業資材へ応用することはほとんどなかった。東洋紡せんいはその未知の領域に挑戦し、熱可塑性炭素繊維複合紡績糸「CfC yarn」を生み出した。独自の紡績技術を生かし産業資材を開拓する試みは日本の紡績の技術開発力の高さを示すもの。そして同社の技術領域はさらに広がっている。

〈熱可塑性で高い含侵性/ナイロンやPC使いで〉

 CfC yarnは炭素繊維と熱可塑性を持つナイロン6繊維の3層構造糸からスタートした。芯部分のナイロン6長繊維を炭素繊維で覆い、さらにナイロン6短繊維を鞘部分に配した上でナイロン6長繊維が再度、糸全体をラップする。衣料用の3層構造糸「フィラシス」の技術を応用して開発した。

 熱可塑性炭素繊維複合材料向けでは他社がコミングルヤーン(混繊糸)を事業化するが、混繊糸よりも樹脂の含侵性が高いのが特徴だ。通常、炭素繊維複合材料は炭素繊維を樹脂など異なる材料で固めて生産する。エポキシ樹脂など熱硬化性樹脂使い(CFRP)が多いが、生産性や環境配慮から長期保存や再成形が可能な熱可塑性樹脂使い(CFRTP)が注目されている。

 しかし、熱可塑性樹脂を使用した際、樹脂含侵性が悪いと強度が上がらず、柔らさがないと複雑な形状に成形しにくいという課題があった。CfC yarnは複合紡績技術によって、これら課題を解消。特殊な糸構造によって樹脂含侵性を向上させ、多彩な形状に成形しやすくした。VF(繊維体積含有率)もコントロールできる。CfC yarn使いの中間基材を成形すると、熱硬化性炭素繊維複合材料と同等の性能がある上、自由度の高い成形品も可能となる。

 熱可塑性樹脂となる合繊はナイロン6だけでない。耐衝撃性・耐候性・低吸収性・寸法安定性・透明性に優れるポリカーボネート(PC)繊維使いも開発した。PC樹脂は粘度が高く炭素繊維への含侵性を高めるのは難しいが、独自の糸構造により高い含侵性を実現。含侵性がより高まり、曲げ強度も約3割向上する。

〈ガラス繊維複合材料も/設備改造で増産対応可〉

 同技術を応用し、熱可塑性ガラス繊維複合紡績糸「GfC yarn」も開発した。炭素繊維よりも安価なガラス繊維を使い、熱可塑性繊維にはポリプロピレンを組み合わせた。

 炭素繊維使いに比べ糸値が大幅に安くなり、炭素繊維ほどの強度が不要な汎用(はんよう)分野を開拓する。通常はガラスとポリプロピレンの組み合わせは含侵性に課題があったが、これもクリアする。現在の主流である熱硬化性ガラス繊維複合材代替を狙う。

 開発はさらに進む。CfC yarnでは熱可塑性繊維として耐熱性に優れたPPS(ポリフェニレンサルファイド)使いを技術確立済み。PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)使いの開発も着手する。

 同社は繊維の独自技術による産業資材を強化しており、その象徴が熱可塑性複合紡績糸だ。炭素繊維使いでは自動車・オートバイや航空宇宙、スポーツ関係で試作が進む。

 東洋紡の富山事業所(富山県射水市)に専用試験機を置くが、既存設備の改造で本格生産が可能なため、大規模な設備投資を必要としない。その面で熱可塑性炭素繊維・ガラス繊維複合紡績糸は、生産・開発面で同社の紡績技術力ならではの素材と言える。

〈マテリアル事業部長 宮嵜 勝浩 氏/独自技術で産資開拓〉

――熱可塑性炭素繊維複合紡績糸の開発に至った経緯は。

 衣料用繊維だけでは国内販路を広げることは難しく、当社の強みを生かせる分野は他にないのかを考えたのが始まりです。かと言って既存分野に同じような製品で参入しても過当競争でコストも厳しい。それならば当社の独自技術、特に長短複合紡績技術を生かした高付加価値品であれば貢献できるのではないかと判断しました。そこから生まれたのが熱可塑性炭素繊維複合糸「CfC yarn」です。先月発表した熱可塑性ガラス繊維複合糸「GfC yarn」も含め独自の紡績技術による産業資材向け商品の象徴でもあります。

――紡績技術を生かした産業資材用繊維は非常に珍しいですね。

 熱可塑性炭素繊維複合材料は強度を左右する樹脂の含侵性がポイントですが、従来手法では含侵性に限界がありました。その弱点を長短複合や混紡などの紡績技術を生かせば、クリアできるのではないかと着目し開発に着手しました。もちろん、熱可塑性樹脂の機能を果たす合繊は何が良いのか、炭素繊維とのマッチングはどうなのかなどノウハウの積み重ねが必要でした。さらに衣料用とは異なり太番手糸が必要なため、設備改造も不可欠です。糸ができても後工程のノウハウがないため、後工程を担う協力企業とも連携しながら、基礎的なスペックを確立し需要家への提案を行いました。本格販売に至っていませんが、需要家段階での試作・開発は進んでいます。

――4月から東洋紡STCの工業材料事業と機能資材事業が移管されました。

 マーケットイン指向の2事業との連携も強化し、今後の相乗効果を生み出していきたいと考えています。