特集 2025年夏季総合Ⅱ(2)/新規ビジネスへの情熱/ファッションビジネス変革へ/国内にモノ作りを取り戻す/ムーンレイカーズ・テクノロジーズ

2025年07月29日 (火曜日)

 東レ発のベンチャー、ムーンレイカーズ・テクノロジーズ(東京都中央区、以下MT)は、東レをはじめとした日本が誇る先端素材を使ったアパレル製品を企画販売するとともに、繊維・ファッション産業の変革を目指して事業展開する。地域の縫製工場をクラスター化して国内にモノ作りを取り戻すプロジェクト「ムーン・クラスター」も立ち上げ、モノ作りの新たな在り方を追求する。

〈国の出向起業制度活用/先端素材でヒット商品〉

 MTは、東レに所属していた西田誠氏が経済産業省の「出向起業」制度を活用し、2023年11月にスピンオフベンチャーとしてスタートした。

 西田氏は東レに入社後、20代でユニクロに飛び込み営業して大型受注を獲得。同社に2年出向し、フリース商品の開発や「ヒートテック」の初期開発に加わった実績を持つ。04年には素材開発型の縫製品事業を社内ベンチャーで立ち上げ、世界中のメーカーや有力アパレル・小売との取り組みを行い、わずか7年で年間売上高50億円規模に事業を拡大させた。

 20年からは東レの先端素材を生かしたクラウドファンディングやDtoCビジネスを模索し、MTの独立起業へつなげた。

 MTが掲げるパーパス(企業の社会的な存在意義)が、「テクノロジーフューチャー、オルタナティブファッション」。先端技術による未来の生活の創造と、既存の繊維・ファッション産業が抱える問題を解決して新たなモデルを提示することを目指している。

 先端技術の活用では、JAXAと東レが宇宙ステーションで活動する宇宙飛行士のために共同開発した高レベル消臭技術など12の機能を搭載した「ムーンテック」素材を使用したTシャツなどを企画販売。大量の汗に悩む人や過酷な環境で働く人から「どんなに汗をかいてもべたつかず、数日間着続けても臭わない」などと支持され、年間1万枚超(24年)を販売するヒット商品になった。さらに今年は主販路である自社電子商取引(EC)での売り上げが前年同期比5倍に迫る水準となっており、拡大が加速している。

 西田社長は「国内ファッションビジネスでは、最新の先端素材に挑戦しづらい環境が続いてきた」と指摘する。デフレで価格を重視する傾向が強まり、「素晴らしい機能を持つ素材でも、高いからという理由だけで買ってもらえなかった」ことへの疑問が、社内ベンチャー挑戦への動機になった。

 自らクラウドファンディングやDtoCで販売し、先端素材使いの商品が消費者に支持される実績を示すことで、アパレルなどとのコラボレーションにもつなげている。

〈国内で高速生産/縫製工場利益1.5倍に〉

 西田氏は「ファッションビジネスがもうけにくくなっている」点も課題に挙げる。アパレルではシーズンごとに販売する商品を期初に仕入れて在庫することが一般的だが、売れ残りの在庫調整はセール頼みとなり、利益を圧迫してきた。

 低収益のためにコスト削減意識が一段と強まり、素材は汎用(はんよう)品を安く仕入れ、縫製も加工料金がより安い海外へシフトしてリードタイムが長くなり、結果同質性と不確実性の高まりから収益性が悪化するという悪循環となった。商品の出口となるアパレルが低収益では、モノ作りを担う工場に十分な加工料金を支払うことも難しさがある。それらの結果、1990年代初めまで50%以上あった国内衣料生産が、現在は1.5%水準にまで減少している。

 MTは国内にもう一度モノ作りを戻すため、新しいビジネスモデルを追求。高速生産と受注販売を組み合わせ、在庫を持たず必要数だけ生産するモノ作りに挑戦している。在庫を持たないことで、セールなどは不要となり高収益につながる。その高収益をベースに、国内の協力工場に通常より高い加工料金を支払い、高速生産体制を構築することで、リードタイムを1カ月に短縮。期中での追加生産が可能になり、「需要拡大に対応した急速な成長」を実現している。

 さらに同社は取引先工場の収益拡大に向けた実験検証にも着手。24年には同社商品を生産する国内縫製工場3社に、月数千枚の平準化した数量を、年間を通してコンスタントに発注。工場経営への効果を検証した。結果として、MTからの受注比率が3割程度入ると、縫製工場の稼働が安定し、受託加工料金の上昇のみならず稼働率も上がったことから、工場全体の利益が1.5倍に増えた。こうした効果を踏まえ、取引先の1社であるサトウ繊維(熊本県天草市)などでは、従業員の待遇改善と、それを踏まえた日本人の若者のモノ作り現場への復帰を目指し、日本の縫製工場では異例の、完全週休2日制を10月から導入するという。

〈国内縫製クラスター化/ラボ設けて連携促進〉

 MTは、地域の縫製工場のクラスター化にも取り組む。縫製工場間の連携を後押して一定の固まりになることで柔軟な生産ができる受け皿を作るとともに、知の共有化を図る。

 まず縫製産地としての基盤が残る九州地区での縫製工場のクラスター化に取り組み、4月に第1回集会を開催。福岡、熊本、長崎の12社が参加を表明し、次のクラスター化を目指す四国の縫製企業1社もオブザーバーとして参加した。参加企業を合算すると、従業員数は400人に迫り、年間の生産能力は200万枚規模となる。現在、参加希望企業が続出しており、今後の拡大は確実な情勢だ。

 ムーン・クラスター構想のハブになるのが、福岡市西区に今春設けた「ムーンレイカーズ福岡今宿リンクラボ」。最速1日の高速サンプルラボで、コラボレーション企業を含めた事業の加速と連携工場の負担軽減を図るとともに、素材メーカーやアパレル、小売り、消費者との連携促進にも活用する。ラボにはMTの社員が常駐している。

 西田社長は「われわれの事業を媒介として、これまで横の連携が薄かった縫製工場をつなげるとともに、東レ合繊クラスターなど素材企業との連携や、日本のモノ作りを大切に考えるアパレル、小売りのクラスター化も進め、最終的には商品の使い手となる消費者までその輪を広げていく。作り手と使い手をダイレクトにつなぎ、日本の繊維・ファッション産業を一つの水平分業体として活性化させていきたい」と話す。