特集 アジアの繊維産業(2)/タイ/新たな役割の模索続く/タイ旭化成スパンデックス/旭化成アドバンス/タイ蝶理
2025年09月26日 (金曜日)
日本の繊維産業のASEAN戦略で中核的役割を担い続けてきたタイ。だが近年、中国や他のASEAN諸国との競争によって、その地位低下が鮮明になってきた。タイの国内経済にも勢いがない。こうした中、タイの日系繊維企業は生産品種の高度化や取り扱いアイテムの拡充などによって、新たな役割の模索が不可欠になっている。
〈勢いのないタイ経済〉
タイ経済は2025年に入っても勢いがない。タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)は25年の実質GDP成長率を1・8~2・3%と予想する。これは24年の2・5%から引き続きの減速となる。主な要因として米国の関税措置の影響による輸出の減少に加え、観光産業の勢いが鈍化していることがある。
NESDCの発表によると、第1四半期(1~3月)の実質GDP成長率は3・2%、第2四半期(4~6月)は2・8%となり、比較的堅調に推移したものの、依然として先行きは楽観できない。特に警戒感が高まっているのが自動車分野に勢いがないことだ。
タイの自動車生産台数は24年に146万8997台となり、前年比19・9%減と大幅に落ち込んだ。25年も減少傾向が続いている。タイ工業連盟(FIT)は25年の生産台数を150万台と予想し、うち輸出が100万台、内需が50万台を見込む。
ただ、7月までの累計実勢は前年同期比5・2%減の83万5331台にとどまる。国内向けは同1・4%増の28万6218台だったが、輸出向けが同9・0%減の54万9113台にとどまる。このため年間150万台達成に向けて暗雲が立ち込める。
国内市場のシェア攻勢も変化が続く。中国メーカーの攻勢が続いており、1~7月の乗用車販売シェアは22%となり、前年の18・8%から3・2ポイント上昇している。このため日本メーカーのシェアは61・4%となり、24年の64・8%から3・4ポイント低下している。こうした動向は、日本メーカー向けに資材を販売するタイの日系繊維企業の業績にも大きな影響を与えることになる。
〈生産品種を高度化〉
また、衣料用途を中心に安価な中国品の流入も続いている。このため、もはやタイは汎用(はんよう)素材の生産拠点としては生き残れないという認識が日系繊維企業の間で共有されている。このため生産品種の高度化が不可欠となる。
資材用途に関しても自動車関連を中心とした資材分野も国内販売だけでは先行きが厳しい。タイから第三国への輸出拡大や、新規アイテム・用途の開拓が欠かせない。こうした中、東レや帝人フロンティア、旭化成など大手合繊メーカーはタイでの設備投資も進めながら、生産品種の高度化を進めている。
東レグループはタイをASEAN地域における“開発型拠点”へと転換することを進める。帝人フロンティアグループもポリエステル短繊維や工業用ポリエステル長繊維の高付加価値化に加え、ポリエステルショートカットファイバーの生産能力を増強した。旭化成はポリウレタン弾性糸「ロイカ」の機能糸やサステイナブル原料使いのタイでの生産を拡大している。
紡績では紡織のタイ・クラボウが新規ビジネスの開拓と新商品開発を強化した。染色加工のタイ・テキスタイル・ディベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)が商品開発の強化によって高付加価値化と安定的受注の確保を目指している。
また、ASEAN地域でのサプライチェーン再構築に向けた取り組みも欠かせない。特に成長が見込めるインド市場への足掛かりとしてタイの需要は高い。自動車関連ではメキシコなど北米市場にタイから輸出する動きも加速する。こうした動きも含めて、タイの新たな役割の模索が続けられている。
〈顧客のニーズに応える/スマート工場化を推進/タイ旭化成スパンデックス〉
タイ旭化成スパンデックスは、有力取引先とのコミュニケーションを強化し、ニーズに応えるポリウレタン弾性糸「ロイカ」の開発と供給に力を入れる。サステイナブル原料の活用を進めるほか、デジタル技術で企業を変革するDXによるスマートファクトリー化を推進する。
2025年度上半期はアジア市況全体として勢いがない。米国の関税政策の影響で需要家が様子見の姿勢を強めたことが要因。ただ、下半期には需要が回復に向かうと期待される。
こうした中、ロイカの販売はアパレル用途の勢いがない。タイ国内需要が鈍化していることに加え、輸出も中国品との競争が激化した。一方、紙おむつ向けを中心とした衛材用途は有力取引先との取り組みを重視することで安定的に推移した。
このため今後も衛材用途は有力取引先とのコミュニケーションを強化し、顧客のニーズに応える糸の開発と供給を担うことで業容の維持・拡大を図る。アパレル用途はサステ商材の拡大を進める。リサイクル原料を使用した「ロイカEF」の販売も拡大が続く。日本で生産している機能糸も消臭機能糸など一部をタイ生産に移管することでタイでの販売量を拡大する戦略だ。
現在、旭化成が進めているDXによるスマートファクトリー化をタイでも推進する。データドリブン経営をタイでも進めており、製造工程の改善や歩留まり率改善によってコストダウンと品質向上を実現する。
また、再生可能エネルギーの活用も進めている。オフセット制度も導入することで将来的には使用電力を全て再生可能エネルギーに転換することを検討する。商品のライフサイクルアセスメント(LCA)算出も行っており、需要家への環境情報提供も始めた。
〈ポートフォリオを改革/フェースマスクもスタート/旭化成アドバンス〉
旭化成アドバンス〈タイランド〉は、主力のエアバッグ包材やカーシート用撚糸など資材用途、カバーリング糸やテキスタイルコンバーティングなどに加えて、新規商材・事業の開拓を進めることで事業ポートフォリオの改革に取り組む。
2025年度上半期(1~6月)は売上高、利益ともに前年同期を上回るなど堅調に推移した。エアバッグ包材は需要拡大が続いているインド市場向けの販売が拡大した。新たに設立したインド子会社が今年度末から稼働しており、そこを通じての販売が順調。カーシート用撚糸は、タイ国内販売が減少しているものの、メキシコへの輸出が伸びている。
衣料分野はカバーリング糸が堅調。主力のソックス向けは大手ソックスメーカーが地産地消の動きを強めていることが追い風となる。一方、テキスタイルコンバーティングは厳しい市況が続いている。中国に加えて他のASEAN諸国との競争でタイの競争力が低下していることが背景にある。ミャンマーやバングラデシュなどの縫製に向けて生地供給を目指しているが、大きな成果にはつながっていない。
今後は新規取引や新規開発を強化し、事業ポートフォリオの改革に取り組む。そのために営業開発グループも新設した。また、旭化成のキュプラ長繊維不織布「ベンリーゼ」を使ったフェースマスクの取り扱いも24年からスタートした。25年度に入って販売量が大きく伸びている。打ち抜きなど加工を自社でやれることが強みとなる。そのほか、織物向け仮撚りなど糸加工もトライアル中だ。こうした取り組みの成果に期待を寄せる。
〈アイテムを拡充/中東向けはブランド力強化/タイ蝶理〉
タイ蝶理は、資材分野を中心に取り扱いアイテムの拡充を進めることで、繊維市況が低迷するタイでの業容維持・拡大を目指す。中東民族衣装用織物もブランド力の一段の向上に向けて品質の強化などに取り組む。
2025年12月期は売上高、利益ともに前年実績を上回る水準で推移しているが、大幅改善にまでは至っていない。原料事業は衛材向けやカーシート原糸・生地がともに微増収で推移する。特にカーシート原糸・生地はタイ国内での需要が伸び悩む中、メキシコへの輸出が拡大した。
一方、テキスタイル事業は主力の中東民族衣装用織物が健闘している。コストダウンを進めた成果が出ており、価格競争力を高めたことが奏功した。ただ、中東市場は流通在庫が増加しており、需要にやや一服感が出ていると言う。また、中国品の安値攻勢が激しくなっており、タイ品やインドネシア品、韓国品のシェアを奪う構図が一段と鮮明になっている。
このため今後、原料事業は資材分野を中心にアイテムの幅出しが欠かせないとの考えだ。特にカーシート関連でポリエステル系の原料に実績があることを生かし、需要が増えている合成皮革向けの部材開発などに取り組む。メキシコなど北米市場への輸出拡大にも力を入れる。また、衛材用途はコストを含めた競争力強化でシェア拡大を目指す。
テキスタイル事業は中東市場の市況回復に向けてブランド力の一段の強化に取り組む。品質を高めることに加え、ポリエステル紡績糸100%品だけでなくセルロース混紡品など中国が生産できない高付加価値品をタイでも生産することを視野に入れる。