2025年秋季総合特集(5)/Topインタビュー/クラレ 常務執行役員 繊維カンパニー長 坂本 和繁 氏/独自素材で付加価値/新規用途開拓も重要に
2025年10月27日 (月曜日)
「多様な素材を強みに、独自性で高付加価値分野を狙うしかない」――クラレの坂本和繁常務執行役員繊維カンパニー長は強調する。世界の合繊市場は、中国を中心に一段と競争が激化している。汎用(はんよう)市場で利益を確保することが一段と難しくなっただけに、独自性のある素材や製造プロセスで高付加価値を創出することが不可欠になった。「採算を維持するために、適正価格で販売することも重要になる」。その実現のためにも、代替不可能な独自性が必要だ。「“尖った”商品・素材の開発と提案に一段と力を入れる」ことに取り組む。
――日本の繊維産業が独自性を出すために何を磨き、何を補うべきでしょうか。
当社の場合、かなり多様な素材を製造・販売しています。ビニロン繊維、高強力ポリアリレート繊維「ベクトラン」、人工皮革「クラリーノ」、面ファスナー「マジックテープ」、メルトブロー不織布などです。残念ながら乾式不織布からは撤退し、ポリエステル長繊維も自家生産を停止することになりましたが、それでも各素材が多岐にわたって採用されてきました。そこには高付加価値な領域もあれば、汎用的な分野もあります。
一方、マーケットを見ると、合繊は中国などが国を挙げて支援するような分野があり、これに対して日本の合繊メーカーが競争するのは容易ではありません。そうなると、やはり高付加価値な分野を狙うしかないということになります。目指すところは、独自性による“尖った”商品や素材をどれだけ開発し、打ち出すことができるかというところでしょう。その中で新規用途の開拓も重要になってきます。
例えばベクトランは従来、産業用ロープといった用途が中心でしたが、最近では細繊度糸によるアウトドア用リップストップ生地向けで提案を進めています。また、2成分複合による染色可能なタイプも開発し、新規用途の開拓を進めています。
ビニロン繊維も主力のコンクリート補強材用途に加えて、難燃繊維としての提案に力を入れています。難燃ビニロン繊維は、日本では豊富な実績を持つ用途ですが、海外ではほとんど知られていませんから、逆に新規開拓の可能性があると考えています。そのため原着タイプも用意しました。海外の難燃繊維市場で高いシェアを持つアラミド繊維などと組み合わせて使うこともできます。
クラリーノは、独自の新製法「クラリーノ・アドバンスド・テクノロジー・システムズ」(CATC)があります。製造工程で溶剤を使わないなど環境負荷低減に対応した製法として優位性があるでしょう。原料もポリエステルはリサイクル原料への切り替えを進めるなど環境負荷低減への対応が進みました。
――2025年度(12月期)も終盤に向かいます。
“トランプ関税”の影響もあって1~6月は不透明感が強く、特に外需が低調でしが、全体として現段階では、ほぼ計画通りではないでしょうか。
ビニロン繊維は欧州のセメント補強材用途が依然として勢いがありません。ウクライナ紛争の影響もあって建築需要の伸び悩みが背景にあります。ゴム資材用途もブレーキホース向けなど自動車関連用途が伸び悩みました。こちらも欧州などで自動車の生産台数が伸び悩んでいることが要因でしょう。クラリーノも欧州市場が低調です。高級ブランドの什器(じゅうき)や店舗内装材などラグジュアリー用途は最終消費地である中国の消費減退の影響を受けていますし、自動車内装材は、これまで需要をリードしたEV(電気自動車)の勢いが鈍化しました。ただ、主力のシューズ用途は新規案件を獲得するなど明るい兆しが出ています。
ベクトランは国内、海外市場ともに堅調が続いています。資材分野を中心に代替の利かない用途で採用されていることが安定した販売につながっています。昨年度に生産能力を増強しましたが、増強した部分も順調に稼働し、引き続き供給がタイトな状態となっています。不織布は、メルトブロー不織布で限られた用途に特化していますから、こちらも堅調です。クラレファスニングのマジックテープは北米市場が低調ですが、国内市場は回復基調です。また、環境配慮型商品の販売が欧州向けで伸びました。ウレタンを含むバックコート剤を使用しない独自製法で生産し、原料もポリエステル100%とすることでモノマテリアル化されており、リサイクル性が高い。こうした環境配慮への対応が欧州を中心とした海外市場のニーズにマッチしています。
――26年度に向けた繊維事業の戦略や課題は何でしょうか。
基本的な戦略は現在から大きくは変わりません。課題としては、採算を確保するために適正価格で販売することが一段と重要になります。日本の合繊メーカーが数量で勝負するのは現実問題として難しい状況ですから、やはり量よりも“質”を追求するべきです。また、日本の繊維産業は歴史が古いですから、その分だけ設備の老朽化も進んでいます。そういった設備の改修や更新を実行できるだけの利益が必要となりますから、商品の付加価値を一段と高めなければなりません。適正価格で販売できるだけの付加価値を作ることが重要です。デジタル技術で企業を変革するDXにも積極的に取り組みます。クラレグループ全体で横串連携を進めるイノベーションネットワーキングセンター(INC)での活動に対しても繊維カンパニーとして積極的に参画しています。
――26年度は中期経営計画の最終年度となります。
これまで中計に沿って実行してきたことを徹底します。付加価値が高まるマーケットで事業を展開するというのが基本。最初に述べたように当社には多くの独自素材がありますから、チャンスは大いにあると考えています。
〈ごはんのお供/食わず嫌いを脱して〉
20年以上も単身赴任生活が続いている坂本さん。10年ほど前からは自炊も続けており、「健康のために朝食で納豆を食べ始めた」とか。岡山出身で、実は納豆はそれほど得意な食べ物ではなかったのだが、たまたま奥さんの出身地である九州のメーカーの商品を食べてみたところ「独特のタレの味が良く、おいしく食べることができた」。以来、朝食に納豆を欠かさない。今では本場・関東風の味付けもおいしく食べる。「食わず嫌いを脱したおかげで、今も体調が良いです」と笑う。
【略歴】
さかもと・かずしげ 1988年クラレ入社。クラレ西条社長や岡山事業所ビニロン生産技術部長、繊維カンパニー生産技術統括本部生産技術統括部長、西条事業所長、岡山事業所長などを経て2020年執行役員、25年から常務執行役員繊維カンパニー長





