迫る“脱フッ素”への決断/欧米で進むPFAS規制
2026年02月18日 (水曜日)
2026年、繊維・アパレル産業を取り巻く環境は、歴史的な転換点を迎える。欧州および米国で、残留性有機汚染物質であるPFAS(有機フッ素化合物)を対象とした規制が、検討段階から実効段階へと移行するためだ。フランスでは1月1日から衣料品を含む消費者向け製品の販売が原則禁止され、米国でも複数の州で規制が相次いで発効する。環境負荷の低減と健康リスクの回避を目的とした「PFASフリー」への転換は、もはや避けて通れない経営課題となっている。
〈フランスで本格始動〉
フランスで、いわゆる「永遠の化学物質」と呼ばれるPFASを含む衣料品の製造・販売を禁止する法律が1月1日に施行された。健康や環境への影響が指摘されるPFASを、消費者向け製品から段階的に排除する国家レベルの包括的規制となる。AFP通信やAP通信、現地メディアが報じた。
同法は25年2月に議会で可決。PFASを含まない代替品が既に存在する製品について、製造、輸入、輸出、販売を禁止する。対象は化粧品、衣料品、履物、スキーワックス、防水剤など。一方、ろ過・分離工程に用いられる高性能膜や、国家主権上または不可欠とされる一部の高機能産業用繊維は例外とされた。
施行に合わせて公布された政令では、PFAS加工済みの中古衣料品は規制対象外と明確化した。残留PFASの除去が困難な点や、循環型経済との整合性を考慮し、中古市場での取引は継続される。
PFASは1940年代以降、防水・防汚・耐熱用途で広く使用されてきたが、自然環境中で分解されにくく、生体内に蓄積する。慢性的な低濃度暴露でも、肝障害や免疫機能低下、特定のがんとの関連が報告されている。
フランス政府は製品規制に加え、飲料水中のPFASの定期検査を義務化し、環境中へ排出する汚染者に罰則を科す制度も導入する。2030年までに、必須用途などを除き、全ての繊維製品でPFAS使用を原則禁止する方針だ。
〈汚染対策費最大2兆ユーロ〉
欧州連合(EU)全体でも、PFAS規制の動きが急速に強まっている。欧州の政策専門メディア「ポリティコ・ヨーロッパ」が報じた調査結果によると、PFASによる環境汚染や健康被害への対応費用は、50年までに少なくとも4400億ユーロに上り、対策が遅れた場合は最大で約2兆ユーロに達する可能性がある。
調査は、欧州委員会がコンサルタント会社のWSP、リカルド、トリノミクスに委託して実施した。PFASの排出が継続し、環境浄化に依存するシナリオでは、50年までの累計コストが約1兆7千億ユーロに膨らむと試算している。一方、PFASを段階的に全面廃止した場合、関連する年間医療費は24年の約395億ユーロから、40年には約5億ユーロまで減少する見通しを示した。
EUの環境担当委員を務めるジェシカ・ロスウォール氏は「PFASに関する明確な情報提供と消費者用途の禁止は、国民と企業の双方にとって最優先事項だ」と述べ、迅速な対応を求めている。EUは26年にも、消費者向け用途を中心にPFASを広範に禁止する方針だ。
〈米国は州法ベースで〉
米国では、連邦政府に先駆けて各州が独自に規制を強化している。法律事務所のモーガン・ルイスによる分析では、26年からコロラド、コネティカット、メーン、ミネソタ、バーモント、ワシントンの各州で、新たな販売禁止や報告義務が相次いで発効する。
コロラド州では「パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル消費者保護法」に基づき、26年から意図的に添加されたPFASを含む清掃用品、調理器具、生理用品、スキーワックスなどの販売を禁止する。人工芝の設置も規制対象に含まれる。
ミネソタ州では、25年に施行された衣料品や調理器具などの販売禁止措置に続き、26年7月1日から「アマラ法」に基づく新たな報告義務が課される。製造業者は、製品の概要、使用しているPFASの種類や濃度、機能などの情報を州当局に提出しなければならない。
ワシントン州でも26年1月1日から、屋外用家具、アパレル、履物、調理器具などを対象に、総有機フッ素濃度が50ppmを超える場合、州環境局への通知を義務付ける。モーガン・ルイスは、州ごとに異なる「繊維製品」や「子供向け製品」の定義に注意を払い、サプライチェーン全体を見据えたコンプライアンス戦略の構築が不可欠だと指摘している。
〈日本に迫る輸出リスク〉
こうした欧米の規制強化は、日本の繊維・素材メーカー、商社、アパレル各社にとって直近の輸出リスクとなる。フランスの法律や米国の州法は、域内で販売される全ての製品に適用されるため、調達段階からの厳格な化学物質管理が不可欠だ。
企業が取るべき対策は三つある。第一に、サプライチェーンの徹底した精査だ。意図的な添加だけでなく、製造工程での残留や副産物による混入の有無を確認し、分析データによる裏付けを確保する必要がある。
第二に、各規制における定義と例外規定の精査だ。州や国によって「繊維製品」の定義や、規制値の算出方法が微妙に異なるため、輸出先に応じた正確な理解が求められる。
第三に、性能基準の再定義だ。これまでの「高密度・高機能」という目標が、果たして全ての用途に不可欠なのか。PFASフリーを実現するために、必要十分な性能を見極めるオーバースペックの見直しも、開発戦略の選択肢となる。
フランスでの規制発効は、欧州市場における“脱PFAS”が理想論から、法的な順守義務へと転換したことを意味する。日本企業にとっても、環境と健康を最優先するグローバルスタンダードにいち早く適応し、高度な代替技術を確立できるかどうかが、次代の国際競争力を左右する決定的な要素となる。
〈サンフランシスコ消防局/消防服を全面PFASフリーに〉
サンフランシスコ消防局(SFFD)は、消防服を全面的にPFAS不使用製品へ切り替えた。消防服へのPFAS使用を禁止する市条例の可決を受けた対応で、全隊員分をPFASフリーとした消防局としては全米最大規模となる。
近年、米国の消防士を対象とした研究では、防護服や消火活動で用いられる泡消火剤(AFFF)などを通じたPFAS暴露が、がんや内分泌かく乱などの健康リスクと関連することが明らかになっている。特に防護服との接触が暴露要因の一つとされ、現場では化学物質の管理見直しが急務となっていた。
SFFDの導入費用は約300万ドル。米連邦緊急事態管理庁の消防士支援助成金(AFG)235万ドルと同額の局内拠出で賄い、25年12月末までに最前線で活動する約1100人へ配備した。素材はミリケン&カンパニー、防護服はファイアー・デックスが供給。全米防火協会規格にも適合する。
これまで代替が難しかった防湿バリアについても、非PFAS・非ハロゲン系素材の実用化により全面排除が可能となった。SFFDは条例の移行期限を待たず対応を完了。消防士の健康配慮と環境負荷低減を両立する動きとして、消防用防護服市場への波及が注目される。
ことば
PFAS=有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物を総称して「PFAS」と呼び、1万種類以上の物質があるとされる。PFASの中でも、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸)は、幅広い用途で使用されてきた。これらの物質は、難分解性、高蓄積性、長距離移動性といった特性を持つことから、国内でも規制やリスク管理に向けた取り組みが進められている。





