ジーンズ別冊26SS(6)/ビンテージジーンズブームは本物か?
2026年03月27日 (金曜日)
第2次古着ブームの市場規模拡大に合わせてビンテージウエアの市場も拡大している。これを受けてビンテージジーンズは価格が高騰。普段使いできるレプリカジーンズブームの再燃につながった。一方で、セルビッヂデニムの供給は上限に達し、ブームのさらなる拡大には課題が残る。ブームが本物となるためには、日本の原点といえる広幅デニムを使ったジーンズの拡大が必要になりそうだ。
〈成長する古着市場〉
財務省の貿易統計によると、「中古の衣類その他の物品」の輸入額は2022年以降100億円の大台に乗り、25年には過去最高額を更新する131億円超に達した。1988年の統計開始以降に輸入額が100億円を越えていた第1次古着ブームの95~97年に続く、第2次古着ブームが到来しているといえよう。
矢野経済研究所の調査でもその傾向が明らかになっている。2024年の国内衣料品リユース市場は前年比11.3%増の1兆2800億円に達し、今後も年平均5~10%成長すると予測されている。
古着情報サイトを運営する「#シモフル」によると、「古着の聖地」とされる東京都世田谷区下北沢では21年に約100店舗だった古着販売店の数が、駅周辺の都市開発も相まって25年には200店舗超まで急増した。
下北沢にも店舗を構える、リユースショップ国内最大手の「セカンドストリート」は3月時点で、全国の店舗数が928に達した。今後も出店ペースを緩めず、カテゴリー特化型の専門店、コンセプトショップを増やしながら、1500店舗を目指す方針を明らかにした。
〈古着きっかけにビンテージへ〉
古着が流行する要因は、新型コロナウイルス禍の収束後に加速した物価高による節約志向だけではなさそうだ。古着を支持する層の一つ、1995年~2010年ごろに生まれた「Z世代」は、子供の頃からSDGs(持続可能な開発目標)に沿った教育を受けており、環境配慮への意識が高く、一つの物を長く使い続けることを良しとする価値観が浸透している。
トレンドの後押しもあった。20年ごろからK-POPアイドルが火付け役となってY2Kファッションが流行。当時を知らない若い世代にとって新鮮なファッションとして受け入れられた。00年代に流行したローライズ(浅い股上)でワイドシルエット、着古した風合いのジーンズがコーディネートの一つとして取り入れられた。
増え続ける古着販売店や、コロナ禍以後に浸透したCtoC売買アプリを通じて気軽に古着を“ディグる(深く掘り下げて調べる)”ことが可能になった環境的要因も影響している。古着をディグるうちに、より価値が高く購買意欲をかき立てる古着、いわゆる“ビンテージ”を求めるようになったのは、自然な流れといえる。
中古市場では、ジーンズやバンドTシャツなどの衣料品だけではなく、カセットテープやCDなどもプレミア価格で取引されている。サブスクリプション(定額課金)で容易にデジタルコンテンツが手に入る時代だからこそ、現在では手に入りにくい古き良き時代の有形物に対する所有欲が増している可能性も否定できない。
〈幅広い層に広がる流行〉
ビンテージブームは、第1次古着ブームを実体験した、1970年代中盤~80年前半に生まれた氷河期世代にも親和性を持って受け入れられた。過去の希少な製品への知識を持ち、不安定な雇用条件を経験する中で本当に価値があるものを厳選して買う意識が高い。若い頃に買えなかったアイテムを買うリベンジ消費も活発になった。
ブームは、ジーンズにも波及している。国内での需要増に加えて、海外からのニーズがさらに価格を押し上げる要因となっている。コレクションアイテムや投機の対象となり、海外のオークションで高額落札される事例もでてきた。中古市場価格は上がり続け、普段使いしづらい価格まで高騰した。
〈レプリカジーンズ再燃〉
ビンテージジーンズの価格高騰は、レプリカジーンズの流行が再燃するきっかけとなった。
国内では、第1次レプリカジーンズブームとされる80年代後半から90年代にかけて、ビンテージジーンズの忠実な再現を目指した五つのブランド、大阪ファイブ(エヴィス、ドゥニーム、スデュディオ・ダ・ルチザン、フルカウント、ウエアハウス)とジャパンブルーなどの三備産地のテキスタイルコンバーターが協力し、国内に残るシャトル織機の買い取りや修理保全が進められた。これにより、ビンテージジーンズを再現する上で重要なセルビッヂデニムを織るシャトル織機が残存することとなった。
一方、米国では2017年、リーバイスなどにデニムを供給する老舗デニムメーカーのコーンミルズ社がノースカロライナ州のホワイトオーク工場の操業を停止。メキシコや中国の工場は残ったが、ホワイトオーク工場の古いシャトル織機が生み出す、独特なセルビッヂの風合いは、ロストテクノロジーとなった。
日本のジーンズは、日本でなければ作ることができない“ジャパニーズカルチャー”の一つとして、世界で愛される存在となった。
〈ジーンズを日本の文化へ〉
幅広い層に浸透したビンテージジーンズブームは本物になりえるのか。そのためには、一つの課題を乗り越える必要がある。セルビッヂは現在、需要が供給を上回り、発注から長いもので2年かかる。シャトル織機は現在、入手が困難なことに加え、稼働には知識と経験に裏打ちされた調整が必要な織機を扱うことができる職人も高齢化している。
ブームが本物となるためには、供給が上限に達するセルビッヂを使った“米国製品の復刻”としてのジーンズではなく、“日本の文化”としてのジーンズになる必要がありそうだ。そのヒントとなるのが、1970年代初頭に生まれた“純国産ジーンズ”だ。
〈日本のジーンズの原点〉
ビッグジョン(岡山県倉敷市)とクラボウは72年に国産デニムを共同開発、これを用いて73年に純国産ジーンズを開発した。それまでは、米国からセルビッヂを輸入して製造していたが、送られてくるセルビッヂの品質は決して良いものではなかった。そこで、革新織機で織った広幅デニムを使うことで品質を確保した。日本のジーンズの原点は、品質を担保した“工業製品”としてのデニムだった。加えて、日本のジーンズのアイデンティティーを形作る要素の一つが“洗い加工”だ。日本ではこれまで、さまざまな洗い加工の手法や技法が生み出されてきた。技術もさることながら、“感性”に左右される表情を形作る日本の洗い加工は、他国にまねできない独自性を持つ。
Z世代は、全世界で20億人以上と推計され、地球史上最大の人口規模を持つ世代だ。Z世代が消費する経済の規模もまた、地球史上最大となる。この大きな市場に十分な量を供給できる、日本のジーンズの原点といえる広幅デニムを使い、感性豊かな洗い加工を施したジーンズで世界市場に打って出れば、ビンテージジーンズの流行は、本物となる可能性を秘めている。
〈コーンデニムの織機取得/マウントバーノンミルズ〉
米国・サウスカロライナ州に本社を置く老舗テキスタイルメーカーのマウントバーノンミルズはこのほど、2017年に閉鎖したコーンデニム(旧コーンミルズ)のホワイトオーク工場で稼働していたシャトル織機「ドレイパーX3」45台を取得したと発表した。
ノースカロライナ州グリーンズボロにあったホワイトオーク工場は「リーバイス」など、著名なジーンズブランドにデニムを供給する、米国を代表するデニム工場だった。
マウントバーノンミルズは、同織機を現在所有するニューヨークの金融会社、カカコットンLLCと戦略的提携を締結した。ジョージア州トリオンにあるマウントバーノンミルズの旗艦工場に織機を移転。修復した後、高級セルビッヂデニムに特化した専用生産ラインに統合する。
同社ではさらに、シャトル織機「ピカノールプレジデント」45台も導入。需要の高まるセルビッヂデニムの製織能力を拡大する。同社のビル・ロジャーズ社長は「これは単なるビジネス上の決定ではなく、米国の製造業と繊維産業の卓越した揺るぎない精神を守る決意表明だ」とコメントしている。





