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ひと/東洋紡エムシーの社長に就いた藤井 尚毅 氏/リーダーは夢を語る

2026年06月02日 (火曜日)

 4月1日付で東洋紡エムシーの社長に就いた。東洋紡と三菱商事の合弁で設立されてから今年で4年目に入った。「〝東洋紡エムシーらしさ〟を作っていきたい。目指すのは、市場や需要家から最初に声を掛けてもらえる〝ファースト・コール・カンパニー〟」と意気込む。

 入社以来、調達畑が長かったが、転機となったのが2015年に岩国事業所長に転じた時。「まったく青天のへきれき。というのも歴代の岩国事業所長はほとんどが技術畑から出ていましたから」と振り返る。

 岩国事業所は東洋紡の主力工場の一つだが、1990年に入ると縮小が続く。折しも藤井さんが着任する1週間前には工場の象徴的存在だったポリエステル連続重合設備を停止。工場全体になんとなく沈滞した雰囲気が漂っていた。

 「新任所長として、なんとかしたい」。そう思い改めて岩国事業所の強みを分析すると、東洋紡の工場で唯一の専用港を持ち、大きな取水設備があること。天災が少なく、アジアともつながる立地など。「これを生かし、ドイツのインダストリアルパークをイメージした『100年事業所計画』を策定した」

 事業所内や周辺に関連する事業や企業を誘致し、自治体や漁協の協力を得て専用港の浚渫(しゅんせつ)も実施するなど、事業所の活性化に力を入れる。

 「最初は『新任の所長は、訳の分からないことを言っている』と思われていたかもしれないが、実際に浚渫を目にすると従業員も本気になっていき、事業所の空気が変わっていった」。トップが率先して動けば組織全体が変わるという経験は、今も貴重な財産。だから「リーダーは〝夢〟を語らなければならない」というのが持論だ。

 中学から大学までバレーボール部・同好会に所属し、セッターとしてならした。現在もプライベートで地元のママさんバレーボールチームの監督を務める。

 東洋紡はかつて実業団バレーボールの強豪であり、2002年まで「東洋紡オーキス」としてⅤリーグにも参加していた。同チームの監督で後に全日本女子代表の監督となる柳本晶一氏とも交流が深く、「柳本さんの薫陶には、今でも公私ともに大きな影響を受けている」。

 現在の夢である〝ファースト・コール・カンパニー〟を実現するために、どんなトスを上げるのか。藤井さんの手腕に期待がかかる。

(宇)

 ふじい・なおき 1987年青山学院大学経済学部卒、東洋紡入社。調達部長、機能材企画管理室長、岩国事業所長、経営企画部長などを経て2021年執行役員、23年東洋紡エムシー取締役兼副社長執行役員、26年4月から東洋紡常務執行役員兼東洋紡エムシー代表取締役兼社長執行役員CEO。福岡県出身。62歳。