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書評/平野恭平『日本合成繊維工業確立史』/代替素材から独自素材へ

2026年06月29日 (月曜日)

 今年、東レとクラレが創立100周年を迎えたように、日本で合成繊維産業が生まれてから既に1世紀を超える。その間、日本の合繊産業はいかに発展してきたのか。そうした問題意識に応える好著が、このほど刊行された平野恭平氏(甲南大学経営学部教授)の『日本合成繊維工業確立史―消極的代替から積極的利用へ―』(ミネルヴァ書房)である。

 本書の特徴は、単なる通史ではなく、個別の繊維企業による合繊事業化の成功と失敗を描くことで、日本における合繊産業確立の構造を浮かび上がらせた点にある。

 ポイントとなるのは、合繊を天然繊維の代替となる「エッセンシャル・ファイバー」と捉えるか、天然繊維にはない特徴を付加できる「アディショナル・ファイバー」と捉えるかという素材観の違いである。さらに、それを天然繊維の「消極的代替」とするのか、独自の機能を求めて「積極的利用」を目指すのかという開発・販売戦略の違いも重要な視点となる。

 こうした史観の下、著者はクラレのビニロン工業化と市場確立、鐘紡のカネビヤン開発と撤退、東洋紡のアクリル工業化と市場確立、ニッケの合繊紡績進出、呉羽紡のナイロン参入と挫折を詳説する。同じ合繊を扱いながらも、技術や経営戦略、市場環境のわずかな差によって明暗が分かれていく様を描き、合繊が代替素材から独自の価値を持つ素材へと位置付けを変えることで、確立・発展してきた構造を明らかにした。産業史と企業史を往還する著者の史家としての手さばきは見事だ。

 個人的に印象に残ったのは、補論2として収録された「ビニロンの市場確立をめぐる大原總一郎の理性と感情」である。クラレ社長としてビニロンを「エッセンシャル・ファイバー」として普及させることに並々ならぬ熱意を持ちながら、事業として確立するために「アディショナル・ファイバー」としての積極的活用へ転じる姿を、トップが否応なく負う理性と感情の葛藤として記述する。

 そこには、単なる事象ではなく、人間の営みとして歴史を見る視線がある。ビニロンがクラレにとって単なる一商品ではなく、日本の合繊産業確立史においても特異な地位を占めていることは見逃せない。

 A5判上製本カバー装、438ページ。7150円。ミネルヴァ書房。