ニイハオ!/在中国東レ代表に就いた石井 一 氏/原点・南通から“2050年”へ
2026年06月30日 (火曜日)
今年4月、在中国代表に着任した。その直後に向かったのが江蘇省南通市だった。南通は1994年に同社が中国への本格投資を開始した“原点”である。
南通の東レグループの工業団地内で最も高い10号棟の屋上に立つと、眼下には約100万平方メートルに及ぶグループ最大級の拠点が広がる。「当時はほとんど畑だった」
27年前の記憶が重なる。99年、東レの経営改革を主導した前田勝之助氏(当時会長)秘書として合繊原糸メーカー、東麗合成繊維〈南通〉の開所式に同行した際、屋上から広大な敷地を見渡した前田氏は「この土地を工場で埋めていくのは君たちだ」と語った。
その後、南通はグループ最大級の拠点へと成長し、中国事業は東レの事業利益全体の約3割を占める中核事業に拡大した。
石井氏のキャリアの出発点は83年、大阪織物販売部門にある。百貨店アパレルやDCブランド向けに新素材提案を担い、「0から1をつくる」経験を積んだ。当時、東レの生地は「ファッション性で競合に後れを取っており、北陸の織物業者と連携した新素材開発に奔走した」。
95年にはタイに赴任。バングラデシュの縫製工場向け販売を新規開拓するなどし、原料から縫製までを一体で捉えるサプライチェーン視点を獲得した。
99年以降は前田氏の秘書として、その後の東レの繊維事業を大きく左右する重要案件の調整など、経営の意思決定の現場に関わった。
2004年には、マレーシアの生産拠点改革をナショナルスタッフとともに進めた。部門間の壁を取り払い、次に作業する人を、顧客だと思って仕事をする「次工程はお客さま」の考えを浸透させ、次工程重視の運営を定着させた。
帰国後は、大手SPA向けを中核とするグローバルSCM事業部門の立ち上げを主導。エンドユーザー視線に立ち、企画から縫製までを一気通貫で管理する体制を整備した。円安進行で「安価な中国生産」という前提が崩れる中、特恵関税制度を活用しつつ、中国の有力メーカーとも連携し、ASEANを軸とした分散型生産網を構築。新型コロナウイルス禍では、大手SPA本部のそばに「有明ラボ」を設置するなど、開発現場に密着した体制づくりにも関与した。
現在は中国で、南通を軸とした多拠点を活用し、東レの素材技術と中国の開発・実装スピードを組み合わせることで競争力の強化を図ろうとしている。
「製造業高度化やグリーン化、共同富裕といった中国の政策は、東レが50年に向けて目指す世界『TORAY VISION2050』と重なる」。そうした中、政策と事業の接点を整理し、中長期の事業機会を見極めているところだ。「中国には多くのチャンスがある。優先順位を決めて着実に進めたい」
営業、海外生産、経営、グローバルSCM――国内外の現場から経営までを横断して積み重ねた経験を礎に、中国事業の次なる成長モデルの構築に取り組んでいく。(上海支局)
いしい・はじめ 1983年3月、慶應義塾大学経済学部卒業、同年4月東レ入社。大阪織物販売4課を経て、95年タイ・ラッキーテックス営業部次長、04年マレーシア・ペンファブリック取締役などを歴任し、アジアの現場を経験。99~2004年、前田勝之助氏の秘書を務める。13年GO推進室長、14年グローバルSCM事業部門長に就任し、大手SPAとの戦略的パートナーシップを深化。上席執行役員を経て23年6月常務執行役員。26年4月から在中国東レ代表として繊維事業本部(グローバルSCM事業)を統括するほか、東麗〈中国〉投資董事長や東麗酒伊織染〈南通〉などの董事長を兼務。65歳。趣味はゴルフと読書。





