繊維マイスター/産地の技能を、伝え継ぐ。/日本遺産認定の繊維産地
2026年06月30日 (火曜日)
400年前まで一面の海だった岡山県倉敷市周辺は干拓によって暮らしの場が広がり、そこで栽培された綿やイ草を使った織物産業が発展した。明治以降、西欧の技術を取り入れて開花した繊維産業は「和」の伝統と「洋」の技術を融合させながら発展を続けた。
「一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~」として日本遺産に認められる倉敷市も、繊維製品が作られる場所が海外へと移行していく時代の流れにあらがうことはできず、産地の縮小を余儀なくされている。
そこで、繊維産業の振興と人材育成を目的に設立された支援機関の倉敷ファッションセンター(FC、岡山県倉敷市)は2019年、産地の存続と技術の継承のため「繊維マイスター」制度を創設した。認定により、職人の技能と仕事ぶりを顕彰するとともに、産地が求める技能水準を示し習得を促すことで、産地の技能継承の実現につなげる。
〈技をつなぐ繊維マイスターとは〉
モノ作りの核となる相当程度の高い技能を持ち、人材育成などで産地の発展に貢献してきた技能伝承者を認定する制度だ。延べ認定者は147人。26年度も第8回目となる認定者を募集している。認定には、次の要件を満たす必要がある。
能力として、①モノ作りの高い技能②技術的課題や品質改善に挑戦し、実現する力③製造ラインの品質保持や安定稼働を実現する力④産地の強みを地域貢献に生かせる力⑤自らの技能を後進に伝える力やチームを目標に導く力――が求められる。
要件として、①職種や階級に応じた対象検定の取得による技能水準を満たしていること②当該職種のあらゆる工程の技能を持ち、具現化力や提案力を備えていること③製造ラインの管理能力を持ち、ラインでの指導や援助ができること④産地特性である一貫生産体制を熟知し、その発信や生産活動への活用などによる地域貢献ができること⑤自身や産地の技能水準向上に強い意欲を持ち、後進育成の指導力やリーダーシップが発揮できること――が求められる。
審査は、①技能検定などの取得事実。検定のない職種は客観的な事実②技能を生かして技術開発や品質改善などを行った実例③製造ラインの急な欠員や工程変更などに対応した実例④産地イメージを高める地域貢献の実例⑤技能継承やチームを目標達成に導いた実例――を基に評価される。
⑤を除く全要件を満たすプレマイスターの制度も定められている。
〈産地企業への就業促進へ〉
25年11月、倉敷FCで、制度普及イベントが開かれ、約200人の小学生と保護者が参加した。繊維マイスターの技能の高さや、マイスターの所属する企業が作る製品の付加価値の高さなどを広く一般に伝え産地企業への就業促進を図った。
イベントでは、明石被服興業と菅公学生服、トンボに所属するマイスターがミシン実演を通じて、技能の迫力を間近で披露した。参加者は、学生服の生地や児島地区のご当地キャラクター「Gパンだ」の顔を用いたサコッシュやブックカバーの制作を体験した。
体験を事前に申し込んだ17人に実施したアンケートの結果によると、14人が「ミシン体験にとても興味を持った」と答え、「服を作る仕事についてどんなイメージに変わったか」との設問に対し、13人が「楽しそう」と答えた。
〈制度の意義広く発信へ〉
倉敷FCは7月10日、ジーンズ製造卸のベティスミス(倉敷市)本社工場で、繊維マイスター技能評価検定を報道機関に向けて公開する。
実施されるのは、「ジーンズ縫製」1、2級で、時間内にジーンズを製作し、技術や正確性を評価する。倉敷FCの川東正武部長は、「今後は、対外的な発信に注力して、マイスター制度の意義を広く知ってもらいたい」と展望を語った。
〈“憧れ”持って繊維業界へ〉
諮問機関として連携する岡山県アパレル工業組合の尾﨑茂理事長(菅公学生服社長)は、繊維マイスターの取り組みについて、「子供たちが将来、“憧れ”を持って繊維業界に足を踏み入れることにつながれば」と思いを語った。
〈技を未来へ 繊維マイスターのいま/1本の糸に思いを込めて/菅公学生服 生産本部 生産技術部長 楠藤 英介 さん〉
モノ作りの核となる相当程度の高い技能を持ち、人材育成などで産地の発展に貢献してきた技能伝承者を認定する繊維マイスター。彼らが見つめる産地の未来とは。2021年にパターンメーキングでマイスターの認定を受けた、菅公学生服の楠藤英介生産技術部長に話を聞いた。
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――これまでの職務経歴は。
大学で経営工学を学び、1997年に入社しました。入社後は、CAD室に配属となりました。働く上で「何か一つ強みを作りたい」と考えていたところ、働きながら夜間に学べる専門学校へ通わせてもらえることになり、一からパターンの勉強をしました。
倉敷ファッションセンター(岡山県倉敷市)で開かれていた、パターンやモノ作りに関わる短期講習にも積極的に参加して研鑽(けんさん)に努めました。
繊維マイスターとなるための要件である技能評価検定は、20代にパターンメーキング1級と縫製2級を取っています。30代になったときに、設計開発課長になりました。
40歳から7年間、スラックスの製造を主力とする都城工場(宮崎県都城市)へ家族帯同で転勤しました。製造技術の担当として製造現場に立ったことで、ミシンを使って服は作られるとしても、“人の手によるモノ作り”と“指先の大切さ”を実感しました。
現在は、倉敷市に戻り、生産技術部長として技術開発研究所に所属しています。主にセル生産での、効率的な縫製仕様の切り替えや小ロットへの対応、機器の効率的な活用法を研究しています。
――さまざまな職務を経験されています。
これまでの職務を通じて感じたことは、「服は1着ごとに多くの人の思いが込められた作品だ」ということです。服を製造する上で今後、人工知能(AI)や(あらゆるモノをネットにつなぐ)IoTの活用が進むと考えられます。
しかし、服としての本質、学生服でいえば外観の美しさや耐久性、取り扱いの容易さは、人の力なくして実現できないのではないでしょうか。
――繊維マイスターとして今後目指すことは。
技術者が日の目を浴びることはそれほど多くありませんが、作り手の思いがなければ良い服は生まれません。今後は、縫製技術研究所でのモノ作りを通じて、“1本の糸に気持ちを込めて思いを伝えられる人”を育成していきたいと思います。





