特集スクールユニフォーム(2)/新社屋紹介/明石スクールユニフォームカンパニー/次の30年に向けた出発点
2026年10月22日 (木曜日)
明石スクールユニフォームカンパニーは、本社移転を機に、企業の過去・現在・未来を表現する空間づくりに取り組んだ。地震への備えや業務効率の向上に加え、縫製技術や主力事業を象徴する展示、従業員の交流を促すスペースなどを設けた。先人から受け継いだ歴史と幅広い世代の思いをつなぎ、新本社を次の30年に向けた新たな出発点とする。
〈世代と世代をつなぐデザイン〉
本社移転には三つの目的があった。一つ目は、地震への備えだ。旧本社隣の物流倉庫は、将来的な人の利用を想定し、十分な耐荷重を確保した設計で1992年に建てられた。この建物を改装し、営業本部、管理本部、商品開発部などが入る新本社とした。
旧本社を構成する三つの建物のうち、正面玄関がある最も古い建物は解体した。残る建物には耐震工事と改装を施し、従業員の安全を確保した。
二つ目は、社内外との連携を強化する設計で、従業員が働きやすい環境を整えることだ。開放的なコミュニティースペースを各所に設けたほか、ウェブ会議に対応した会議室を増設。業務に集中したい場合に利用できる「ソロブース」も設置した。
これまで三つのフロアに分かれていた展示会場は、1フロアに集約した。移動の手間を省き、統一感のある見やすい展示を可能にした。
三つ目は、自社の過去・現在・未来と、会社としての思いを伝える場にすることだ。移転プロジェクトチームでは、幅広い世代の従業員から意見を聞き、「何を残し、何を新たに作るか」を話し合ったという。対外的な情報発信にとどまらず、幅広い世代が働く同社で世代間をつなぐことも意識してデザインした。
〈“思い”を前面に設計〉
1階には、メーカーとしての事業の根幹である縫製を象徴する型紙とミシン、技術の中核を担う「スクール」「スポーツ」「メディカル」の三分野を象徴するウエアを展示したギャラリーを設けた。「それぞれの色に染めてほしい」という思いから、真っ白な素材を使った。
学生服販売の直営店「プラザエー」も移設し、ショールームを兼ねる施設とした。同社が学生服を供給する近隣校へのアフターフォローを担うほか、機能性を追求した自社スポーツブランド「FEEL/D.」(フィール/ディー)やライセンスブランドの「MoveSport」(ムーブスポーツ)、防災用品など、幅広い製品を手に取ることができる。
新本社の各所には、備前焼の作品や岡山県出身の洋画家、阿藤秀一郎の絵画などが飾られている。「業務に忙しい中でも、ほっと一息つけるような空間にしたい」という思いから、先人が収集した品々を展示したという。
階段にも工夫を凝らした。1階から7階までの各階には、イラストレーターに転身した元社員の作品を飾っている。入学式や文化祭、修学旅行、卒業式など、階段を上るにつれて学校行事を順に振り返ることができる。「階段を使うことが楽しくなる」デザインに仕上げた。7色の虹をイメージしたカラーリングを各階に施し、階段の利用を促すことで、従業員の健康増進にもつなげたいという。
〈交流と効率化促す空間〉
7階には、来客対応に使う会議室や商談室などを集約した。100人を収容できる会議室「フジホール」からは、瀬戸内海国立公園の美しい景観を一望できる。年に数回、情報交換のために各拠点から人が集まることから、山頂をイメージして「富士」と名付けた。知識や知見を結集する場所とする狙いだ。
6階には、営業とデリバリーを担う約100人が勤務する。由加山を望む山側と、瀬戸内海を望む海側の双方を見渡せる。ソファーとテーブルを置いた「ファミレス席」を備えるフリースペースも設けた。
管理・システムを担う部署が置かれた4階には、「ヨットホール」を設けた。新入社員研修にも使うことから、社会という大きな海へ出航するヨットに見立てて名付けた。
2階には、商品開発の中核を担う部署を集約した。別の棟にあった型紙の制作と見本の製造を担う部署を一つにまとめ、効率化を図った。5階と3階は倉庫として、出荷日が近い製品を保管する。製品は1階の出荷場から順次出荷している。
別館の入り口横の部屋には、かつて倉庫に使われていた扉を残した。生地を火災などから守るための、金庫のように重厚な金属製の扉で、同社がかつて使用していた社章が施されている。
〈次の30年の出発点に〉
新しい本社の前には、「富士ヨット」の商標を全国に広めた河合稔氏の胸像が置かれている。創業40周年を記念し、全国の代理店から贈られた銅像だ。創業以来の歩みを象徴するこの胸像には、同社の歴史が刻まれている。
河合秀文社長は、「これまでの歴史を受け継ぎながら、新本社を次の30年の出発点としたい」と語る。





