2026秋季総合特集(2)/対談 中小企業の攻めと守り/どう生き残り、存在感出すか/伴染工社長 伴 昌宗 氏/古橋織布社長 古橋 佳織理 氏

2026年10月26日 (月曜日)

 日本国内の大半を占める中小・零細企業。繊維産業も同様で、小規模の企業が集積し、国内産地を形成している。コスト上昇や人手不足など取り巻く環境は厳しい一方、産地企業ならではの技術力や対応力を武器にさまざまな取り組みを加速。産地で小規模な工場を経営する若き後継者は何を考えるか。綛(かせ)染めを手掛ける伴染工(愛知県一宮市)の伴昌宗社長と、綿織物を製造する古橋織布(浜松市)の古橋佳織理社長に繊維産業の攻守をテーマに、自社が今後をどう生き残り、存在感を高めていくかを語り合ってもらった。

  ――早速ですが、会社を残すために何を「守る」のかを教えてください。

 伴氏(以下、敬称略) モノ作りをする企業ですから、必然的に技術や設備が最も大切な守るべき部分で、当社の生命線と言えます。AI(人工知能)が発達しても、当社の設備は画期的にデジタルに置き換えることはできません。技術=人と言い換えることもできるでしょう。

 古橋氏(以下、敬称略) 代々シャトル織機を使ってモノ作りをしてきましたので、技術と設備、そして職人を守ることが重要です。そこが当社の強みですし、それがなくなったらうちではなくなってしまう。

  ――設備の老朽化も進んでいると思いますが、どのように維持(守る)しますか。

 伴 綛染め機は新品で作っているメーカーはないため、中古を購入して、古くなった設備と入れ替えています。しかし、中古の設備すら世間に出回らなくなってきました。将来を見据えて目ぼしい中古機械が見つかると、今がラストチャンスと思い、必死でかき集めているような状況です。機械のメンテナンスをしてくれる技術者も高齢化しています。繊維製造に携わる職人が高齢化してきていることは周知されつつありますが、実は間接的に携わっている機械設備の技術者の減少や修繕費の高騰も産地ならではの課題です。

 古橋 直せる人がいなくなったらというのは当社も同じです。現状ではフリーランスのメンテナンス職人に週1回のペースで織機を見てもらっています。シャトル織機で使われる部品のうち、鉄製や革製のものは何とかなりますが、問題は木製の部品です。シャトル(杼)だけでなく、シャトルの動きを支えるレースも木でできており、絶妙に湾曲した作りのため、削り出すのに高い技術が必要です。しかも、当社は既存の織機を独自に改造した織機を使っているため、他社メーカーの織機などと部品の互換性が低いのも課題です。

〈適正価格で工場を守る〉

  ――事業を維持するうえで「変えなければならない」と感じていることは。

 古橋 10年、20年先を見据えて、若い人が働きやすい環境を整えることが重要です。会社の雰囲気や休日数、勤務時間などを変えることで、時代に合わせた形にすることが大事です。以前、女性従業員から「男性と同じトイレを使うのはちょっと……」と言われたことがあります。築70年近い建屋なので、気に留めることもありませんでしたが、そうしたことにも配慮が必要だと感じています。

 伴 当社は昨年から今年にかけて生産ロットがさらに細かくなっています。時代の流れに合わせて、染色機などの生産背景を変えていかなければと考えています。ただ、染色加工業は装置産業の側面もありますので、小ロットの受注だけでは会社が成り立ちません。どうしても、ある程度のロットの加工で総合的に設備を回して、採算を合わせていく必要がある。今はこの状況を小ロット化と言っていますが、国内生産量の増加が見込めない現状、これからはこのロット感がスタンダードになるでしょう。そうなると、時代に合わせた自社存続のための加工料金の設定が必要となります。工場を持続可能なものにするための適正価格を得なければいけません。

 前代未聞のコスト高に直面している今だからこそ、最終製品の設定価格はもちろん意識はしますが、自社が「きちんと適正な価格で利益を残す」ということは声を大にして言いたい。これだけ産地が衰退しているのに、我慢している時ではありません。適正な価格を受け入れてくれる顧客と強固な「取り組み」を築いていく。採算度外視で仕事を取りに行く時代は終わりました。

  ――染色加工は受託という立ち位置のため同列には語れませんが、古橋織布は値上げの状況はいかがですか。

 古橋 ここ数年で値上げを進めており、多くの顧客に受け入れてもらっています。適正な価格を理解してくれる顧客と取引ができれば、よいというスタンスです。適正な価格で利益が生まれれば、当社や従業員にとっても良い循環になると思います。

〈製品に込めた「誇り」〉

  ――では、お二人にとっての「攻め」とは何ですか。

 古橋 2024年から始めている製品事業です。「オリヤト」と銘打ち、スペシャリストと協業して独自製品を生み出すプロジェクトで、現在は9弾まで商品化しています。織物事業だけでは売り上げが頭打ちになっていたのと、在庫の生地を循環させたいという狙いがあります。この取り組みで得られた利益は内製化などの新しい投資に充てることを考えています。販売は堅調に推移しており、売り上げは全体の1割を占めるほどになりました。

 オリヤトを通して、日本人として誇れる産業が身近にあることを知ってもらいたいという思いも込めています。遠州産地のさまざまな工程や多くの人の手を経て、一つの製品になっていることを理解し、長く着続けることの幸福度を感じてもらいたい。当社の製品を購入してもらうことが産地を守ることに直結します。

 伴 古橋織布さんと違って、当社は染色という受け身が強いので、立ち位置的に攻めるというのはなかなか難しいのが実情です。あえて言えば工場の建て替えです。年間売り上げの2倍の資金を投じて、23年に工場と事務所を新しくしました。建て直すことで対外的に今後も事業を継続していくというPRにもなりましたし、従業員の労働環境の整備と災害にも強い工場になりました。

 冒頭の「守る」にもつながりますが、現状の設備と技術を駆使して、綛染めならではの風合いを追求していくことが「攻め」でもあると思っています。綛染めはチーズ染めと比べて糸にかかる負荷は低いですし、チーズ染めで染色できない素材にも対応できます。一つのことを継続していくことは今の時代容易ではありませんので、綛染め専業として培った当社の強みを突き詰めていくことが攻めでもあると考えています。

  ――両社とも産地の小規模工場ですが、大手にはない、小規模だからこそ発揮できる強みは何でしょうか。

 古橋 決断が早いことと、従業員の意見を取り入れやすいことでしょうか。工場をオープンにできる点も強みかもしれません。当社では、写真や動画の撮影はもちろん、SNSでの投稿も大歓迎です。むしろ、当社の強みや現場、働いている従業員を実際に見て、現場を知ってもらうことで、後々のトラブル軽減にも役立ちます。他産地の企業はもちろん、同業他社も受け入れています。まねできないでしょうから隠す必要もないかなと(笑)

 伴 小規模だからこそ、顧客との距離が近いことだと思います。良くも悪くもですが、私一人が営業の窓口として、受注管理をこなしています。顧客は私だけに問い合わせたら完結するため、その分迅速に対応できます。従業員との距離が近い点も強みでしょう。現場へは毎日入りますし、コミュニケーションが取りやすい環境になっています。

〈人の手と時間が生む価値〉

  ――国内の製造業として、高くても選ばれる仕事をどのように作りますか。

 伴 古橋さんが先ほど話した、工場をオープンにしているということは大事だと思いました。適正な価格を認めてもらうには、これだけ人の手と労力と時間をかけてモノ作りをしているということを知ってもらうのが最も分かりやすい。繊維製品はスイッチ一つ押せば全てが出来上がるわけではなく、人の思いが詰まった商品です。特に綛染めは染色機に糸の束を出し入れするだけでも多くの人の手と時間を要します。われわれのことをもっと知ってもらいたいし、アパレルなど川下の企業にはわれわれのことをもっと知るべきだとも思います。

  ――今も事業を続けているのは選ばれ続けてきたとも言えます。綛染め専業の工場として伴染工が選ばれ続けてきた要因をどのように分析しますか。

 伴 規模がそこまで大きくなく、小回りが利く体制だったのと、小~中容量の染色釜を保有していたことで、小ロットにも対応できたためです。扱い品目も多彩です。ウールを中心に天然繊維から合繊までのさまざまな素材と、意匠糸からレギュラー糸までの多種多様な形状の糸に対応できたのも大きかったと考えます。

  ――古橋織布は高くても選ばれる仕事をどのように作りますか。

 古橋 当社が作る高密度綿織物はシャトル織機による風合いを生かすことで差別化を図っています。とてもユニークな生地になるため、決して万人受けするものではありませんが、好きな人には刺さると考えています。風合いはもちろんですが、ナチュラルにシワが入るなど、生地としての特徴があります。当社の顧客が生産する衣料はシンプルな形が多く、素材を前面に打ち出しています。それが顧客に選ばれる理由につながっていると考えています。

 そして、伴染工さんと同じように小ロットに対応することも重要です。

〈「繊維だから」通用せず〉

  ――人手不足や技術承継が課題です。若い人にこの会社、この仕事を選びたいと思ってもらうには何が必要でしょうか。

 伴 まずは最低限の給料でしょう。愛知県は自動車産業が盛んなほか、名古屋市という大都市圏もあり、給与水準は高い地域です。今までは「繊維産業だからこの低い水準でも仕方ないよね」という考えがあったかもしれませんが、これからは通用しません。ただでさえ、労働環境が厳しいのに、給与でさえ低い水準だったら人は集まらないでしょう。先ほどの繰り返しになりますが、それにはやはり適正な加工料金を得ることが重要になってきます。

 AIが発達する中で働き方も大きく変化するでしょうが、手を動かし、汗をかいて働くという労働の本質を見いだしてもらうことも重要です。「モノ作りはかっこいい」「モノ作りをする会社はかっこいい」と思ってもらいたいですね。そのためにはSNSでの発信も必要になります。

 古橋 伴さんと同じで、かっこいい、誇りに思える仕事にすることが大切です。そのためにはモノ作りの楽しさを伝えることが大事と考えています。以前、現場で働く職人の作業を発信していたところ、「職人の仕事はこんなに大変なんだ」というマイナスに受け止められていたことがありました。その反省を踏まえて、楽しさをPRすることに注力しています。当社で今、働いている従業員は「地場産業を守りたい」「モノ作りに興味がある」という人ばかりです。

 伴 やはり、産地企業で働く上では何かしらの思い入れがないと長続きしないでしょうね。

〈早急な他産地連携を〉

  ――尾州と遠州という産地に在籍するお二人ですが、国内産地の存在感とは何でしょうか。

 伴 尾州はまだある程度の規模感があり、各工程は残っています。しかし、今後、尾州で作りたくても作れなくなるという状況が急速に訪れるでしょう。産地のサプライチェーン(供給網)を守っていくことを意識しながら、産地内で志のある人たちとタッグを組んでいくことが重要です。適正な価格で利益を生み出しつつ、お互いにとって将来性のある供給網を作るのが理想です。産地内で協力体制を作ることが最優先です。

 ただ、近い将来、尾州や遠州という産地のくくりがなくなり、「日本」という一つの産地でないと成り立たない時代が来ることも考えなければいけません。そうした状況に備え、他産地との連携や情報共有の体制を構築することがすぐにでも必要です。

 古橋 遠州では、自販型の織布工場は10年、20年先を見据えて先行投資をしています。ただ、遠州の9割を占めるとされる受託型の織布工場は70~80代の高齢夫婦が経営しているところが多く、5~10年もすれば織布工場の数は激減することになるでしょう。そうなると、織布の準備工程に携わる会社の採算が悪化し、廃業が加速、産地として成り立たなくなっていきます。

 産地単位で考えるより、自社がどのように生き残っていくかを考えなければならない状況です。将来性のある企業同士がつながり、情報共有などを進め、他産地との連携も同時に進行していく。国内の繊維産地は基本的に同じ状況にあるため、どういったやり方があるのか情報交換をしたいです。

 その産地でしかできないものは残して、そうでないものは他産地でまかなっていくという考えも必要になるでしょう。

〈地域に誇れる会社目指す〉

  ――10年後、自社をどんな会社にしていと思いますか。

 伴 存続させていることがまず最低限の目標です。産地が自社を守ってくれるわけではありませんが、自社には産地を守る責任があると考えています。尾州には紡績や撚糸から製織、染色整理加工まで高いレベルの工場が残っています。さまざまな工程が身近にあるからこそ、それぞれの会社が成り立っている理由が必ずあるはずです。尾州だけでなく、国内の繊維産業を守っていく。綛染めで日本のモノ作りを支える受け皿となれればいいですね。

 古橋 地元の人にとって身近な存在でありたいです。浜松では織布工場のことを、地元の人から親しみを込めて「織り屋さん」と呼ばれています。しかし、繊維に携わる人が減ったがゆえに、織り屋さんという言葉を聞くことが少なくなりました。当社がある雄踏町ではかつて40社の織り屋さんがあったそうですが、今ではうちしかありません。若い世代が知る産業、そして地域に誇れる企業でありたいです。

  ――本日はありがとうございました。

〈会社紹介〉

伴染工

 1961年創業。綛染め専業の染色工場で、ウールを中心に綿や麻、シルクなどの天然繊維から、ナイロンやキュプラといった合繊にまで対応する。意匠糸からストレート糸まであらゆる糸への加工を得意とする。綛染め機は15台保有しており、小ロットから大ロットまでの注文を請け負う。パート含めた従業員は12人。

 伴氏は関西外国語大学卒業後、旭化成アドバンス(現TAフロンティア)を経て、2017年に入社。25年に3代目の社長に就任した。尾州産地の後継者などで作る「ひつじサミット尾州」の実行委員も務める。43歳。

古橋織布

 1928年創業。高密度綿織物を手掛ける織布工場で、素材は綿だけでなく、麻やウール、シルクなども扱う。織機はシャトル20台、レピア1台保有する。遠州では産地内で先駆けて自販を展開しており、シャトルによる風合いの良い生地への評価は高く、国内外に多数の顧客を抱える。パート含めた従業員は14人。

 古橋氏は関西外国語大学卒業後、金属加工メーカーを経て、10年に入社。21年に4代目社長に就任した。遠州産地の若手や後継者などで作る「エントランス」に参画。39歳。