誕生物語~モノの裏に人あり(40)/ダイワボウ「デオメタフィ」(上)
2002年08月09日 (金曜日)
フタロシアニンに魅了され
東海道新幹線の車両の青帯には、銅フタロシアニンを原料とした塗料が使われている。東北・上越新幹線の緑色は、塩素で置換した銅フタロシアニンが原料だ。光や熱などに強い銅フタロシアニンが発見されたのは、1907年の英国。以来、染料や顔料の代表的な色素として使われるこのフタロシアニンに、今も魅了され続ける男たちがいる。
ダイワボウ生活資材部・檜垣誠吾主任部員。現在、長野県の上田市産学官連携支援施設で、フタロシアニンの研究を行う。檜垣氏が都城工専5年のとき、「フタロシアニンの電気物性について」という卒論を書いてから彼の人生は変わった。当時、信州大学繊維学部にいた「白井汪芳先生から編入しないか、と声がかかり、2年生の編入試験を受けた」のである。繊維学部として初めての編入試験であった。
大学院に入り、「白井先生の助手をしていたとき、鉄フタロシアニンと臭いの問題にかかわった」。
当時、上田市では地元の中小企業の社長や医師が白井教授のもとで「アースクリーン」という研究会を作っていた。その中で、バキュームカーの運転手が偏頭痛に悩まされているという話を聞く。
原因は硫化水素にあるのではないか。天然の悪臭は、タンパク質などが微生物などに分解されて生ずる揮発性分子の複合体。酸化酵素はこれを容易に酸化し、臭いを消す。鉄フタロシアニンの酵素酸化で臭いを取り除くことができるかもしれない――と研究に着手した。
し尿臭の実験を行うために、バキュームカーに乗り込む日々。鉄フタロシアニンの水溶液を粘土に混ぜたもので、ようやくこの悪臭を消臭することができた。
しかし、当時はまだ活性炭の脱臭くらいしか世間になかった。消臭の評価方法もなく、商業化は危ぶまれていた。それでも染料・顔料用途で古くから使われてきたフタロシアニンが、消臭という新しい用途を見つけ出したのである。
そうしたころ、ダイワボウの美川工場長が消臭の研究で信州大学にやって来る。これを手伝ったのが縁で、ダイワボウに入社することになる。金属フタロシアニンによる消臭加工の開発が始まる。
「最初から播磨研究所へ。そこで1日おきに徹夜し、Fe(Ⅲ)―オクタカルボキシフタロシアニンを日に300~500グラム製造した。だが、繊維に加工できないと事業にならない。非結晶レーヨンを水溶液につけて担持させ ス」。生体の酵素に学ぶ消臭方法ということで、バイオミメティック消臭法と命名。「デオメタフィ」の誕生である。




