トップインタビュー/伊藤忠商事副社長・加藤誠氏/個人の提案力強化を目指して
2002年10月31日 (木曜日)
繊維業界は今年の上半期も引き続き原料、実用衣料の単価下落など厳しい市場環境にさらされたが、その中で伊藤忠商事は数々の布石を先行して打ってきた。世界規模での繊維市場の拡大に向けて、ブランドビジネスやアパレル分野で積極投資に踏み切る。ブランドは「提携」から「買収」へシフト、アパレルは知識付加価値を生かしたモノ作り、と自社の独創性・総合力による自社発信のビジネスにこだわる姿勢をみせる。巨大市場、中国へのくさびもすでに打ち始めており、リスクを張って先行する。
総合力・独創性の発揮
――上期の成果と下期の目標達成へ向けた戦略は。
上期は、原料や実用衣料の単価下落で減収ですが、利益は計画通りの見込みです。下期も厳しい環境は続きますが、引き続き中期経営計画達成に向けて着実に戦略を実行していきます。
これまで筋肉質の収益体質作りに向けて機能の無い取引の中止、総資産の圧縮などを実行してきました。「A&P2004」(中期計画)で会社に対して約束した数字を達成するためには、(1)独創性のあるビジネス(2)機能・総合力の発揮(3)市場領域の拡大――の3つを基本に、大型ブランドのM&A(企業の合併・買収)など成長領域であるブランド関連とアパレル分野で積極的な投資に踏み切ります。
自社所有商標からライセンス、インポート、事業会社運営と幅広く展開しているブランドビジネスは、安定的な収益源と位置付けています。今後も「提携」から「買収」へと重心を移し、自社所有商標を増やしたい。
また、ブランドを切り口にこれまで以上に衣食住全体を意識したライフスタイル提案型ビジネスを追求します。ファッションマーケティングを担う事業会社の伊藤忠ファッションシステムには、利益とソフト機能の両面で期待しており、今後はグループのリテールサポートの先導役機能を持たせたい。またその一方で、日本での成功ノウハウをアジア市場に拡大する取り組みにもすでに着手しています。
――独創性のあるビジネスにもこだわっています。
独創性の一つの切り口は素材です。川上の原料からテキスタイル・アパレル・ブランドまで切れ目の無い事業展開をしている強みをもっと生かさねばなりません。
革命的綿糸と呼んでいるコンパクト・ヤーンは早い時期に日本へ紹介でき、大きなシェアを確保しています。今まで綿糸を売ることしか知らなかった営業マンが、どんどんアパレルへの素材提案に同席して、この糸の良さを紹介していく。自分一人ではできないのでアパレルを生産する部門と一緒になって売り込む。コンパクトヤーンで作ったコール天は生地自らが輝いている。こうした素材を組織として取りあげて製品で提案します。
羊毛を中心に取扱う事業会社のIWL(イトチューウール・リミテッド)では、羊毛のプロとして原料産にこだわり独自にブレンド調合して、これを別部門と一緒にセーター等の製品として提案していく。このように差別化され独創性に富んだ素材を最終製品として最も輝く商品にして提案する動きを加速させたいですね。
また、シャツの世界戦略と名付けて、アジアの生産背景を十二分に生かし、糸・生地・縫製をアジア域内で適地生産しお互い融通して、欧米日の3大消費地へ供給するという取り組みで、世界のシャツのシェア10%強を目標にしています。
今年独占輸入権を結んだスペインのジーンズカジュアル「シマロン」の現地ライセンスホルダーは、元々当社と永年に渡って綿布などの取引をやってきた先です。商売の中で培われてきた当社のコーポレートブランドに対する信頼がこの契約に大きなプラスになっています。これも総合力の結晶の一つと言えると思います。
知識価値が付加されたモノ作りを
――この間ランバンやバリーなどの欧州の老舗ブランドとの提携が進んでいますが。
日本の衣料品消費は「世界の工場」中国の影響で価格デフレと定番品への集中が進行しました。しかし元々ファッションとはもっとエモーショナルな産業だと考えます。人と違うモノを着る満足感、自分のお気に入りの服で自己表現をする楽しさ・ブランドへのあこがれなどが、ファッションの根幹をなす要素だと思います。
大型ブランドの導入が難しくなっている中で、ランバンやバリーを長期的に取り組むことができて喜んでいます。本場の伝統と常に革新し続けるという二つの強みをあわせ持ったブランドの導入に今後とも注力したいものです。バリーはインポートのビジネスを続けていくわけですが、ランバンのライセンスビジネスでは当社も担当者を増やして日本での物作りの体制を強化しています。ブランドやファッションを取り込んだ物作りをする事で客先や市場に提案できるようなビジネスを伸ばして行きたいと考えています。
――ブランド関連事業が安定して稼ぐ一方で、他の事業領域の利益貢献度は。
多少のでこぼこが出ています。製品を例に挙げると、まだまだ満足のいくレベルでの総合力・独創性を発揮したビジネスを展開しているとは言えません。手掛ける規模が大きくても単なる製造業者にとどまっていては機能がないし、評価されません。他社が作れないような商品を供給できる力が必要です。
――具体的に何が必要でしょうか。
現状をみていると、何かしら優れた加工技術があったとしても、それを素材作りに十分には生かせていないし、良い素材があったとしても製品の組み立てに上手く落とし込めていないという印象を受けます。さらに言えば、これからは製造面でのノウハウだけではなく、できた商品のマーケティングにも十分注力したモノ作りを目指すようでないと。高い付加価値を加えられなければ収益力の向上は難しい。
また、具体策とは言えませんが、個々人がもっと高い理想があっていいと思います。世界の最先端のファッションを自分たちが先取りして発信するくらいの気構えが欲しいし、そのためにはもっと思想を磨く必要があります。
個人がもてる知恵を十分発揮し、寝る間も惜しんで取引先に役に立つ情報を収集・編集して商売に生かす、自分の提案で取引先にも利益を生む。一人一人の提案力を強化して行かねばなりません。こうした個人の能力開発の為に色々な教育プログラムを充実させています。
中国流通に先行して布石
――中国での新ビジネス展開で積極的です。
ダウンウエアメーカーの中国最大手企業、波司登グループと海外のスポーツブランド導入を視野に入れた合弁企業を設立します。合弁事業の詳細をこれから詰めていく段階ですが、伊藤忠のブランドビジネスのノウハウを供与し、中国内販の一つの橋頭堡を築くつもりです。
――イタリアのSPA(製造小売り)「サッシュ」の展開は。
「サッシュ」ブランドの婦人・紳士カジュアルウエアの中国展開として、9月下旬に直営1号店を上海華亭伊勢丹内にオープンしました。
サッシュ社は欧米、ロシア、中近東などに約250の直営店を持っていますが、アジアでの販売は今春夏から日本で始まったばかりです。市場開拓を狙って伊藤忠に要請があり、中国国内に直営・FCで約2000の販売拠点を持つ杉杉にパートナーになってもらいました。
また、杉杉・伊フォーラル社と製造販売合弁を設立し、フ社の「マルコ・アザーリ」紳士服の内販もすでに始めています。
中国の国内販売はまだ色々障害があると考えられています。関税の段階的引き下げも将来的な可能性ですし、また中国国内流通業はまだ外資に対して本格的に開放されたとは言えません。
代金回収の問題や法律・労務問題、また中国という国土の広さなどは日本人のスケールではなかなか理解も活用もしづらいと思います。こうした中、中国で販売するにはどうしても現地の中国企業の協力が必要だとの判断で、昨年より現地の有力企業との取り組みを増やして来ました。
5月下旬に上海で、6月初旬にバンコクでそれぞれ開いた中国繊維会議、アジア繊維会議で、中国繊維産業の力は世界を凌駕(りょうが)しているとの認識で一致しました。地域戦略の中で中国は最重点地域ということです。04年度に向けて、染色、織布、紡績に投資する一方、流通でもリスクを張り先行して布石を打ちます。伊藤忠として中国生産での精度を更に上げる一方で日本品を中心にした差別化素材の中国内需向け輸出にも力を入れます。沿海部を中心に購買力が高まっている消費市場に向けては、ブランドを切り口にした製品ビジネスに取り組みます。
今年1月1日付けで発足した伊藤忠繊維〈上海〉(ITS)の課題に、既存の対日に加えて、中国内でのアパレルビジネスの本格的な構築、欧米向けを中心とする3国間取引の拡大を掲げています。着実に増えている内販の中でとくにアパレルは、定番品卸売りを必要最小限にとどめ、小売りを視野に入れたブランド展開を積極的に進めます。
中国における投資案件は、この戦略課題に集中する方針です。これまでのように日本の繊維カンパニーからの出資だけにとどまらず、ITSとして出資に踏み切ることも辞さない考えです。
コラム/故郷の思い出/泣く泣く川に返した魚
「多摩川のどこで何が釣れるか、何でも知っていた」。生まれは東京・神田。両親は染物業と出版業の家庭の出身で“神田”を地で行く。疎開で世田谷に移り住んだ。子供のころは清流だった多摩川でよく釣りをし、河原でとんぼを追いかけた。夕暮れどき、バケツ一杯の魚を釣ったものの、門限が気になる。帰り道の坂を急いで駆けるには重すぎる。捕った魚は持ち返って庭に掘った池に放していたが、そんな時は「泣く泣く川に戻した」。自称「とんぼ捕りの名人」。学校から帰るなり外に飛び出し、川を隔てた向こう岸や上流にも足を伸ばす。そんな時代を振り返る余裕もない時間をいま過ごしている。