ダイワボウ「ベンタイル」/進化する高密度織物

2003年05月29日 (木曜日)

 冷たい海中でも生命が守られる英国空軍パイロットの耐水服をルーツに誕生したダイワボウの「ベンタイル」。蒸れるようなラミネートなどに頼らない綿100%素材だ。極限まで糸を打ち込み、高密度織物にすることで防水・撥水効果を引き出した。すでに37年の歴史というロングセラー商品でありながら、現在もコートやタウンカジュアル素材として第一線で活躍する。

織機さえ破壊した/他社の追随を許さず

 ダイワボウが高密度織物「ベンタイル」を商標登録したのは66年。日本の総人口が1億人を突破、ビートルズが来日し、武道館でコンサートが開催されたころである。

 当時はテキスタイル輸出を目的にしたが、その4年後には日米繊維交渉・沖縄返還、さらにニクソンショック(71年)による円高と、輸出の道が急激に閉ざされていった。「ベンタイル」輸出もその例外ではない。

 その一方で、国内においては、自衛隊が耐水服の開発を進め、業界から適合素材を調達しようとした。多くの候補の中から選ばれたのが、ダイワボウ「ベンタイル」である。「ベンタイル」の販売は、官需からスタートしたといってよい。

 なぜ、「ベンタイル」が選ばれたのか。それは織機さえも破壊する高密度の追求にある。当時、重布を製織するのに使った織機は、最も堅固なピカノール織機であった。だが、超高密度による衝撃で、織機のフレームは割れる、筬(おさ)を支えるパーツは折れるの連続である。織機の補強を含めた数々の改良を加えた。同社独自の高密度織物技術が蓄積されていく。

 また、織ることはできても、染色が難しかった。連続加工でスタートしたが、染料の浸透性とシワが最大の問題となる。水が染み込まないということ。内部まで染色できないということであり、第1世代の「ベンタイル」の染色は、表面だけの中白である。シワ問題は、マシンの入り口、出口に人員を配置して人海戦術で対応した。

 官需としての販売が、民需へと転換した。あるアパレルがコート素材として注目したのがきっかけである。当時の営業担当者は、6月に新社長に就任予定の菅野肇(現常務)氏。コート向けに決まった77年当時はまだ野原工場(埼玉)の生産量に限りがあり、納期に追われる日々であった。

 アパレル側の担当者は、データを見たり、素材を触って決めるといった人物ではなかった。オートバイが好きで、「ベンタイル」生地を自分でライダー服に仕立てた。これを着て風雨の中を走り回り、実体験で決めたという逸話が残る。

 草創期の問題は、縫製面にもあった。綿は縮むが、高密度織物になると伸びるという現象も起きた。このため、織るだけではなく、縫製絡みでデータ管理しないと商品化が難しかった。こうしたデータ・ノウハウの積み重ね、アパレルとの取り組みで、他社が追随しにくい領域を構築していく。

 アイテムもコートだけではなく、スポーツメーカーがマウンテンパーカーとして活用するようになり、生産は右肩上がりで伸びていった。

周辺商品も充実/高感度素材へと進む

 第2世代の「ベンタイル」は、高圧釜の開発で素材の内部まで染色できるようになった85年である。同時に素材のソフト化も進み、カジュアル分野への市場展開が一気に進んだ。

 さらに第3世代へと進化する。96年。単糸使いの「ベンタイルギア」の登場である。それまでの「ベンタイル」はすべて双糸使いだった。これは単糸にすると防水性が落ちたためだ。

 「ベンタイルギア」は、30、40単糸を高密度織物にし、高機能性と独特のハリコシ感を持つ。素材設計のバリエーションを広げることで、価格面での対応もしやすくなり、ヤングのタウンカジュアル素材としての道を広げたといえる。新世代ベンタイルがここから広がっていく。第4世代「ベンタイル」が現在である。

 00年に登場したのがストレッチ「ベンタイル」。ストレッチ素材が衣料に不可欠となり、レディスのパンツにもストレッチ性が求められた。同社はストレッチシリーズ「キューロン」を展開しており、このストレッチ技術と高密度織物技術を組み合わせて開発した。

 さらに高密度織物技術を活用して周辺商品も増えていく。

 技術的に難しいとされた経フィラメントの高密度織物を「ベントーネ」として上市。ハイカウント合繊フィラメントと高級細番手綿糸との融合で、軽く、防水、通気性に優れた素材となった。

 また、二重織りストレッチ「ミックスキューブ」もその流れである。異素材同士のボンディングや二重織りの総称で、タウンカジュアルとして拡大している。

 「ベンタイル」そのものも、防水性・透湿性・通気性を進化させてきた。現在、耐水性は1200ミリ以上と700ミリ以上の2タイプ。洋傘で250ミリ、トラックの綿帆布で500ミリである。

 番手構成、肉厚、加工を進化させ、最近では洗い加工商品も充実。機能はあくまでベースで、揉み込むことでハリコシ・ソフト感を訴求する。高機能で生まれた素材だが、風合い・タッチといった感度の世界でも高い評価を得るようになった。

原糸の差別化に注力/佐藤祐次郎開発原材部長

 「ベンタイル」とかかわって22年。来春夏向けでも「ベンタイルギア」はパンツ、コート向けに好評だ。今後も原糸の差別化に注力し、得意分野において国内でしかできないモノ作りを推進する。コートやタウンカジュアルでOEM(相手先ブランドによる生産)も拡大していく。

 また、アジアでの販売も強化する。韓国では年2回の内見会を行っているが、中国展開では上海事務所を設立する予定だ。欧米向け輸出でも商社やニューヨーク事務所を活用していく。

 「ベンタイル」はロングセラー素材だが、時代とともに進化してきた。その高密度織物技術は現在でも新商品開発に欠かせない。糸、織り、加工、縫製までの技術ノウハウは、国際競争にも負けないと自負する。

ベンタイルのルーツ/パイロットを救った耐水服

 第2次世界大戦の最中。北極海を横断する英国の輸送船はドイツ潜水艦の標的となった。襲撃地は遠く、空軍の援護も得られない。このため、チャーチル首相は、商業船のデッキから出動するハリケーン特攻隊を編成して支援にあたった。

 しかし、一度飛び立てば、着艦できないという過酷な業務でもあった。パイロットは飛行機を海上に不時着させるか、パラシュート脱出するしかなかった。パイロットが波間で信号やライトを付ければ、船は見つけてくれる。だが、問題は水の冷たさだ。海中での平均寿命は2、3分。ほとんどのパイロットが死んだ。

 このため、パイロットがコクピット内でも不自由なく動け、水の中でも暖かくドライな防護服の生地開発が急務となった。英国マンチェスターのシャーリーインスティテュートの科学者が「ベンタイル」と呼ばれる生地の開発に成功した。

 この耐水服はパイロットの寿命を20分延ばした。救助の可能性を飛躍的に高めたことで、パイロットの生存率は80%になったのである。英国空軍は43年からこの生地の量産に入った。