06新年特集号・新春インタビュー/日本繊維産業連盟会長・前田勝之助氏
2006年01月01日 (日曜日)
“攻め”の活動で繊維産業の再活性化を
昨年はクオータ制度廃止後の中国の輸出攻勢やASEAN諸国とのFTA(自由貿易協定)/EPA(経済連携協定)の進展など、日本と世界の繊維産業を巡る環境が大きく変ぼうした1年だった。日本では「中小繊維製造事業者自立事業」や輸出振興、取引改善のなど「繊維ビジョン」で示された施策が徐々に実を結びつつある。また「東京発 日本ファッションウイーク」のような新たな官民の取り組みも始まった。2006年、こうした流れを加速させ、日本繊維産業を再活性化させるための課題は何か。日本繊維産業連盟の前田勝之助会長(東レ名誉会長)に聞いた。
「繊維ビジョン」具体化進む
――昨年の繊維産業と繊産連の活動を振り返ってください。
世界経済は昨年、米国や中国の好況に引っ張られ、上昇傾向にありました。日本経済も一昨年の今頃は踊り場でしたが、昨年は企業の好業績に示されるように回復基調が鮮明になり、設備投資も拡大、個人消費も堅調でした。今年は脱デフレを宣言できる年になるのではないでしょうか。
そのなかで繊維産業は、03年7月に策定した「繊維ビジョン」で示された諸課題に取り組んできました。中小繊維製造業者自立化事業は、3年目の昨年、88件採択されました。これまでと比べて、現実を把握した、地に足をつけた案件が目立っていたように思います。
輸出拡大は日本繊維輸出機構が日本のテキスタイルの中国市場開拓を目指して、様々な活動を展開しました。そうした努力の結果、展示会や実商談の機会は増えています。今後は衣料用だけでなく、インテリアや産業用途の機能繊維分野にも広げてほしいと思います。
輸出拡大とも大きく関係する新素材、新商品の開発については、各社がこれまで以上に産学連携を重要視し、いわゆるクラスターのような形の垂直連携、水平連携といったお互いの関係を密接にした取り組みが増えています。また、SCM推進協議会が中心となって、テキスタイル・アパレル間の取引慣行の是正を進めています。
さらに、10月には官民の協力で「東京発 日本ファッションウイーク」(JFW)が開催されました。1回目なのでいろいろ難しいこともあったが、よく開催できたと思います。繊維業界はこれまで、個々の動きは活発でしたが、統一的な動きが弱かった。今回のJFWのような取り組みは繊維産業として必要なことだったと思います。
今後の運営は日本ファッション協会が中心になって進めるべきです。成功のカギは事務局が握りますので、体制強化のために、各社から人を派遣してもらうことも必要です。事務局が責任を持ち、ファッション協会と協力して、海外から人を呼べるような発信型の展示会になるよう発展させてほしいですね。
「ポスト自立化事業」を意識
―繊産連の06年活動の方向性は。
この間、日本の繊維産業を巡る環境は大きく変化しています。その変化の本質を把握し、そのうえで繊維産業全体を再活性化させるためには何をしなければならないかを明確にする必要があります。今まで以上に“攻め”の活動を時代に適合させて推進します。「繊維ビジョン」そのものの見直しを意識して活動する年になるでしょう。
まずは「中小繊維製造事業者自立事業」終了後の「ポスト自立化事業」について、多くの方の意見を頂だいしながら、今年から検討していきます。自立事業を通じて、川中の事業者の間には、自助努力、自己責任で自立化を図っていくことが重要であるという意識が強くなっています。07年にこの事業が終わったあとも、この動きをどうすれば継続できるのか、新たな対策を考える必要があります。そのときには、家庭・インテリア、産業用途の重点化も後押しします。
新素材、新商品の開発については、産学連携を強化する必要があります。そのひとつの手法がクラスター形成による垂直連携ですが、たとえば、中国とクラスターを組むこともひとつの手法としてある。日本の技術力と中国の生産力を組み合わせ、世界市場への発信を目指した政府レベルのグローバルな取り組みを視野に入れるべきです。
ただ、どういう支援をするのか、目的は何なのかを明確にしないと、国内の産地から誤解を受けてしまう。
日本と中国の目指すものは違っている。だからこそ、それぞれの地域性を尊重したクラスターを形成していくことが必要です。日本の繊維産業のアイデンティティーは、優れた技術力であることを忘れてはいけません。
環境とリサイクルという問題では、従来の地球環境保全という面だけでなく、昨年のように「クールビズ」、「ウォームビズ」などといったマーケティング的な切り口で行っていくことも大切でしょう。
中国へクラスターを提起
――昨年のクオータフリーと中国・欧米の通商摩擦、その決着についてどう見ますか。
中国から欧米向けの繊維製品輸出が急増し、セーフガード発動などの摩擦が生じました。個別交渉の結果、輸出増を抑制するための枠を設けることで合意しました。この一連の流れは想定の範囲内です。
――ASEAN諸国とのFTAは進みましたが、最大の貿易相手国である中国ととは交渉日程すら上がっていません。
最終的には中国ともFTA/EPAが求められますが、政府レベルで交渉に入るのを待つのではなく、先行して民間レベルで意見交換することが大事です。
3月20日、北京で予定されているの第2回日中繊維産業発展・協力会議でも話が出ると思います。繊維産業はASEAN諸国との交渉でも他業界に先駆けて合意を形成した実績があります。
また、この会議では先に触れたクラスター形成の問題も提起したいと考えています。
5月に韓国で開催される第6回アジア化繊産業会議ではアジア化繊産業ビジョンを作り上げる予定です。多国間で策定する初めての繊維産業ビジョンですので期待しています。
――一方、中国の大増設・大増産を主因にポリエステルの需給失調が続いています。
供給過剰について、作っている側が自覚しないといけません。過去の歴史を振り返ってみても、何回も同じことを繰り返しています。これを教訓にしないとね。それぞれが額に汗をかき苦労して生産しても、利益が上がらないのではお互いに不幸です。もちろん、この呼びかけに、すぐに「はい、そうですね」というわけにはいかないでしょう。ただ、言わないよりは繰り返し言い続けたほうが効果もある。そして、作ったら輸出だけに依存するのではなく、内需にも目を向けようとアドバイスしています。
――政府系金融機関の再編は産地の中小企業に不安を与えています。
まだ具体的な案が見えてこないので、動きようがないのですが、繊産連として、十分目配りをして、中小企業にとって重要な金融機能を、統合して新しく設立される政府系機関のなかに確保するよう働きかけていくつもりです。
記者メモ/企業は社会のために
IT企業などによるM&Aが世間をにぎわした昨年。その度に、「企業とは誰のもの」というテーマが注目を集めた。そんななか、前田会長は「企業は株主や従業員のためのあるのではなく、社会のためにある」と断言する。証券会社の誤発注に伴い、ミスにつけこみ巨額の利益を上げた企業が批判を受けた。カネ儲けのためには何をしてもよいかのような風潮がはびこっている。それだけに前田会長のまっすぐで明確な言葉が胸に響いた。この揺らぎのない明確な意思が日本の繊維産業を未来へと導く。