高くても売れるハイテク繊維の世界
1999年08月26日 (木曜日)
日本が世界をリードしている繊維がある。PAN系炭素繊維、活性炭素繊維、パラ系アラミド繊維、高強力ポリエチレン、高強力ポリアレリート、PBO繊維などハイテク繊維がそれだ。汎用繊維に比べ微々たる量に過ぎないが、技術を結集したこれらの繊維はその素材特性を生かして成長を続けている。いずれも衣料品に使われることはほとんどないが、意外に身近な商品に入り込んでいる。こうしたハイテク繊維は綿やポリエステルとはケタ違いの高価格だが、それを補うだけの機能を有している。高くても売れる世界がそこにある。ハイテク繊維の世界を探ってみる。
PAN系炭素繊維では日本のメーカーが世界の主導権を握る。東レ、東邦レーヨン、三菱レイヨンの三社は海外拠点を含め約七〇%強の生産シエアを持っており、こうした繊維はほかにはない。
そのPAN系炭素繊維が数年ぶりの需給失調に陥っている。この数年玉不足が続いていたが、大手三社の増設ラッシュなどで供給能力が三〇~四〇%増となったためだ。このため三社ともある程度の混乱は読み込んでいたものの「予想以上の落ち込み」(東レ)となり、平均価格は二〇%近く下落した。
同じ状況は九〇年前半にもあった。当時はコートルズ(英)、BSM(米)、新旭化成カーボンファイバー(日)などの撤収が相次いだが、今回は大手三社ともそれほど悲観的ではない。「まだまだマイナーな存在であって用途がひとつ生まれれば大きく伸びる」(東邦レーヨン)可能性が高いからだ。
同社は将来の需要増に対応するためプリカーサー(アクリル長繊維)の増設に着手。アクリル短繊維「ベスロン」の1ラインを改造して来春完成させる。増設後はプリカーサーに余力が出るので旧設備を改造して品質向上を図る計画だ。
昨年プリカーサー、愛媛工場の焼成設備の増設、今春から米国での焼成を立ち上げるなど供給増で先頭を切った東レは、「来年一杯は現在の状態が続くだろうが、悲観する必要はない。今こそ用途開拓と徹底したコストダウンを図り、顧客との密着度を高めて次への原動力につなげたい」との考えを示す。
二社を追走する三菱レイヨンでも「この一~二年は厳しいだろうが、二〇〇一~二〇〇二年度にはフル稼働に持ち込める」とみる。
大手三社の見通しが比較的強気なのは産業用の広がりによるところが大きい。PAN系炭素繊維はスポーツ(ゴルフ、テニス、釣りが三種の神器)と航空機関係が二大用途であったが、この数年他の産業用途の開拓が実を結び始めている。
とくに、米国におけるCNG(圧縮天然ガス)自動車タンク、風力発電用ブレードなど環境関連資材への期待が大きい。三菱レイヨンはカナダのCNGタンクメーカー「ダイナテック」に資本参加する力の入れようだ。
東邦レーヨンによると産業用途はすでに、PAN系炭素繊維の最大市場に成長した。二〇〇五年には九八年比二倍強の一万六百九十トンに達する見通し(航空機用は四〇・四%増の三千七百二十トン、スポーツ用が一三・五%増の五千三十トン)だが、そこでポイントになるのが現在大手三社が本格事業化を模索するラージトウタイプである。
衣料用などに使われる太いプリカーサーを使用するため、低価格が売り物のラージトウはレギュラートウの玉不足もあって急激に量を拡大してきた。フォータフィル(米)、ゾルテック(米)、SGL(独)のほか、ゴルフシャフトメーカーのアルディラ(米、SGLに吸収される見通し)まで新規参入してきた。
レギュラートウ大手三社の増設が完了した今後も「一定のシエアを占める」(東邦レーヨン)との見方が強い。すでに東レは九八年七月から年産三百トンの規模で生産。三菱レイヨンも五月から米国のグラフィルを通じてサンプルワークを始めている。東邦レーヨンも当然、これを視野に入れている。
また、現在はレース用に限定される自動車部品への期待も大きい。軽量化は自動車にとって重要なポイントだけに、価格次第でPAN系炭素繊維が入り込む余地は十分ありそうだ。
伸びが鈍化しているスポーツ用途も「アジアを含めて考えれば需要は拡大する」(東レ)見通しで、航空機もボーイング社は苦戦しているが、エアバスは絶好調。「受注台数ではボーイングに近づいている」(東邦レーヨン)と言う。
その面ではまだまだ、需要拡大の期待が大きいPAN系炭素繊維だが、大手三社が口をそろえるのは環境問題への対応。スポーツ、航空機から産業用へ、使用量が増えている上、今後の重点用途となる自動車を攻めるためにもリサイクルなど環境問題への対応は必須というわけだ。
こうした中で炭素繊維協会は樹脂との分離方法、二次利用など視野に入れて調査を開始している。
活性炭素繊維という繊維をご存知だろうか。レーヨン、アクリル、フェノール繊維、石炭ピッチなどを原料にしており、簡単に言えば繊維状の活性炭。身近な商品では浄水器に使われている。
粒状や粉状の活性炭に比べ吸着性能が高く、その上スピードも早い。繊維状であるため加工し易いのも特徴で、浄水器に活用した場合製品をコンパクト化できるメリットもある。
浄水器以外でもフィルター機能を生かせる用途に展開されており「環境問題に対応した素材」(東洋紡)でもあり「将来性という意味でポテンシャルは高い」(ユニチカ)素材だ。
現在、繊維(東邦レーヨン、東洋紡、ユニチカ)をはじめ、活性炭(クラレケミカル、二村化学工業)、都市ガス(大阪ガスケミカル)など様々な業種が生産販売しているが、七四年に東洋紡がレーヨンを原料に世界で初めて開発したことはあまり知られていない。
東洋紡は世界初の素材だけに、最終製品にしなければ評価されないと判断して溶剤回収装置など機器システムの販売を志向、今でもその基本方針に変わりはない。
同社で活性炭素繊維をはじめ分離材を事業基盤に展開しているのがAC事業部である。溶剤回収装置など装置関連、各種フィルター、逆浸透膜による海水淡水化装置、自衛隊をはじめ各種防護衣料の四グループで事業を構成する。昨年度は各グループとも増収を達成し、二〇〇一年度には念願である百億円の売り上げを目指すまでになった。
業界最大シエアをもつ溶剤回収装置では、同社のエンジニアリンググループと東洋紡エンジニアリングが共同で、前処理、後処理を含むトータル展開を目指している。フィルターでは自動車のキャビンフィルター(同社がユニットで特許取得)に力を入れていく方針だ。
クラレの子会社であるクラレケミカルは活性炭の大手メーカー。八〇年にフェノール繊維「カイノール」(群栄化学工業が生産、日本カイノールが販売)を原料に活性炭素繊維を事業化した。もとは素材売りを主力としていたが、現在はカートリッジフィルターなどの応用品の生産・販売に力を入れている。この数年は浄水器用カートリッジフィルターを強化してきたが、今年度は気相分野を含めて用途を拡大、売り上げ二〇~三〇%増を計画する。
また日本カイノールも独自用途の電極材への期待が大きく、将来の大型商品としてユーザーとの共同開発を進めている。
大阪ガスの一〇〇%子会社である大阪ガスケミカルとユニチカの合弁会社「アドール」は、石炭ピッチを原料に活性炭素繊維を生産する。両社が折半で引き取り、応用品などにして展開する。
「アドール」八九年に本格設備を導入、九六年には三〇%増に当たる年産四百トンに能力アップした。原料となる石炭ピッチは大阪ガスと上海市ガスとの合弁会社「上海東島炭素化工有限公司」(年産千四百トン)が担っている。
大阪ガスケミカルは浄水器分野に強いのが特徴で、某リース業者に浄水器そのものをOEMで供給しているの最大の強みだ。浄水シャワーにも活性炭素繊維の特徴が生きる分野として力を入れており、国内だけでなく規制の厳しい米国市場にも狙いを定めている。
一方、気相分野は美術館や博物館での脱臭フィルターや親会社である大阪ガスの空気清浄器「エアデュエット」に期待するとともに半導体工場などの希薄ガスを吸着するケミカルフィルターでも、先行するユニチカと住み分けながら商品展開していく考えだ。
また、都市ゴミ焼却場で大問題になっているダイオキシンについても、活性炭素繊維に触媒を付与してこれを吸着・分解する技術を開発、分析採集フィルターも展開している。
ユニチカも材料が同じだけに用途展開は大阪ガスケミカルと似て液相分野の比率が高いが、半導体工場向けのケミカルフィルターでは先行している。今後はコピー機のオゾンフィルターや溶剤回収装置などの拡大に力を入れていく。
また、同社は日本原子力研究所と共同で、核燃料の再処理工場で発生する廃液からプルトニウだけを吸着する技術も開発している。
高強力、高弾性が売り物のハイテク繊維としてはデュポンの「ケブラー」などパラ系アラミド繊維が代表格。世界で年率五~八%の成長が見込まれている。
パラ系アラミド繊維ではデュポン、アコーディストワロンプロダクツ(旧アクゾ)が二大メーカーである。これを帝人が追いかけているが、同社にはパルプ繊維がないためまだ量的な差は大きい。
パルプは世界のパラ系アラミド繊維の生産量のうち四〇~四五%を占める主力になっている。ブレーキパッドやクラッチなどに使われていた石綿の代替素材であり、れっきとした環境素材だ。
世界市場ではデュポンの「ケブラー」とアコーディス(旧アクゾ)の「トワロン」が攻防を繰り広げているが、パルプはまだ市場の広がりが期待できる。
ただしそれも、自動車部品メーカーの世界的な再編とモジュール(複合部品)化への対応がポイントになる。米国のGMから独立したデルファイ・オートモーティブ・システムズ、ドイツのロバート・ボッシュなど巨大メーカーが日本の部品メーカーに資本参加しているが、モジュール化により部品メーカーの権限が強まる中で、いかに販売ルートを維持拡大するかが重要なポイントになる。
こうした中、パルプを輸入販売する東レ・デュポン「ケブラー」、日本アラミド(アクゾと住友化学工業の合弁会社)「トワロン」とも親会社との連携を一層強化している。
東レ・デュポンでは「グローバルな視点でビジネスを構築する」戦略をとる。デュポンのパルプ担当者が来日してユーザーを訪問するほどの力の入れようで、欧米など世界の情報提供やニーズに応じた商品の試作、日系メーカーの進出時での玉の安定供給をサポートするなどソフト面でのサービスの充実も図っている。
日本アラミドでも「欧米の巨大部品メーカーに供給しているので、アコーディスのトワロンプロダクツとの連絡を密にして共同展開していく」方針を明らかにしている。
こうした両社の攻防によって、未だ石綿を使用するトラックの補修用ブレーキパッド、オートマチック車のトランスミッションなど年間数百トン単位のビジネスが期待される。
また、タイヤコードも二十一世紀の期待用途で、環境ビジネスのひとつでもある。スチールコードの代替として使用すればタイヤの二〇~三〇%軽量化が可能となるからだ。
環境意識の高い欧州ではすでにフォルクスワーゲン(ブリヂストンが供給)、アウディがパラ系アラミド繊維をタイヤコードに採用しており、日本でも開発が進んでいる。
同じパラ系アラミド繊維ながら溶融紡糸で延伸を行う帝人の「テクノーラ」は今年十月に増設を完了、年産八百トンが同千四百トンに増強される。まだ「これからがコマーシャルベース」という通りデュポン(同一万七千トン)、アコーディストワロンプロダクツ(同一万五百トン)との差は大きい。
その「テクノーラ」を使用して盛り土・地盤補強用ジオグリッド「アデム」を展開している前田工繊はそれを主力商品としており、営業マンの八割が「アデム」に係わっている。同社では営業マン全員が図面を描くなど設計サービスの強みを生かして販売量を拡大している。
ハイテク繊維は第二次成長期を迎えている。東洋紡の高強力ポリエチレン繊維「ダイニーマ」、クラレの高強力ポリアレリート繊維「ベクトラン」などパラ系アラミド繊維に続く新素材が軌道に乗り始めた。
代表格である東洋紡の「ダイニーマ」はいち早く事業拡大に着手しており、昨年年産四百十トンに増設し、二〇〇〇年下期には同六百トン、二〇〇五年には千トンクラスの大型設備の導入を目論んでいる。
釣り糸への採用を機に上昇気運に乗った「ダイニーマ」だが、次の狙いは電池セパレータ、コンクリート補強、超伝導部材など。いずれもまだ開発段階だが、大型設備を導入するに際しては欠かせない用途といえる。
クラレの「ベクトラン」も昨年度黒字化を果たた。年産四百トンの設備はフル稼働中で、約一〇%の能力アップに着手、その次のステップの検討にも入った。元の粗原料供給先ヘキストセラニーズ社向けの輸出と水産資材などに主力を置きつつ、新しい用途として絶縁紙でメタ系アラミド、プリント配線基板でパラ系アラミドの市場に触手を伸ばしている。
この二素材に続けて登場したのが次世代のスーパー繊維である東洋紡の「ザイロン」。六月から年産百八十トンの設備がフル稼働に入っている。
国内の耐熱フェルト分野は今ひとつながら米国向けの輸出が活況で、防弾チョッキ、セールクロス、消防服など計画以上の荷動きがあるという。二〇〇〇年度には年産三百トンに増設する計画だが、長繊維が不足するため、新設備も長繊維専用機となる可能性が高い。
プリント配線基板も狙っており、現在日米でテストを進めている。
アラミド繊維はじめスーパー繊維の米国輸出に強い帝人商事では「スーパー繊維はまだまだ伸びる。例えば自動車エンジンのコンパクト化により、Vベルトなどは細く薄くなる方向で、耐熱性と強度アップの要望が強い。高機能でないと今後のニーズには追随できない」とみる。
繊維資材の伝統分野であるロープでもスーパー繊維は着実に浸透し始めている。内外製綱(本社・岸和田市)では東洋紡の「ダイニーマ」使いの曳航用ロープを展開しているが、寺本隆一社長は「潜在需要は大きく、将来的にはもっと多く使ってもらいたい」と期待を寄せている。
繊維ロープ市場は縮小傾向だが、船舶、港湾ロープ分野ではスーパー繊維はまだ導入段階にある。同社は五年前から「ダイニーマ」使いのロープの展開に着手、「東洋紡には商品開発、技術、デリバリーなどの面できめ細かく対応をしてもらっているし、技術スタッフも来られる」と東洋紡の支援体制を高く評価しているようだ。
陸上ロープではアシックスがクラレ「ベクトラン」を使用したテニス、バレーボール用ネットコードに力を入れている。
同社は「『ベクトラン』の素材特性はもちろん、クラレの新用途開拓への積極姿勢と、生産を担う東京製綱繊維ロープの技術力、当社の分析力がかみ合い生まれた商品であり、よほど画期的な新素材が出ない限りこれに代わるものはないだろう」と自信をみせており、将来的には金属製コードをすべて同コードに置き替えたい意向だ。